軽い頭痛を感じつつ、それでも知りたいという気持ちのほうが勝つ。
そのため私にしては辛抱強く、チェティーネ様の話を聞いたと思う。
半分は愚痴だったけれど。
「本当に失礼しちゃうわ。初恋の相手はどう考えても無理そうだから、その人と違う人を選んだ、だなんて」
「あの、はつこい、って……」
「あら、聞いてないの? シェル様のことよ」
「えええええっ!?」
「あなたのお父様から聞いただけだったみたいだけれど……会ってみたかったんですって。でもあなたのお父様が陛下に後宮に入るような性格じゃないって先に言われて、諦めていたんですって」
チェティーネ様は一気に語ると、肩を竦める。
「……な、」
なんなのよ、それは? 確かにお父様がそう言っていた……と、それらしきものは昨日聞いたけれど。
それに私はこういう窮屈な所は好きじゃない。それに、あの当時でも一応婚約者というのがいたから、それを盾にぜったい拒否しそう。
そう思うと、お父様は私のことをよく分かっているような……でも、なんでまたそれを素直に信じるのかしら。王という立場なら、そんなのを気にせず、後宮に入れることなんて簡単なのに。
いまいち王の性格は分からないわ。更に一番が駄目ならまったく逆の……ってのも理解できない。極端すぎるわ。
はあ、と深いため息をつく。それにつられてチェティーネ様もため息をついた。
「私、自惚れていたのかもしれないわ。陛下の寵はずっと移らなかった。だからいずれ……なんて思い込んでいたの。だってそれだけの間、私は『寵姫』と呼ばれて、ミセス・ムーアからも他の人たちと扱いが違ったんですもの」
それは確かにいえているわ。彼女の話はここに入る前から聞いていたもの。
「でも、それは自分の思い通りにならないから、いっそ思い切り違う人を選んだ、って言うんですもの。頭にくると思わない!?」
「そんなこと言ったんですか?」
「ええ、昨日言われたのよ。私ならあなたを思い出すこともないだろうって。すごい徹底振りでしょう?」
「ええと……」
なんて返していいのかしら?
確かにチェティーネ様は私とぜんぜん違う。似ているというか、共通点は髪の毛が天然でくるくるしているというところかしら。
それ以外、目の色、髪の色、顔立ち、雰囲気――確かに共通点はない。
「そのくせ、あなたの味方をしてやってくれ、なんて頼まれるんですもの。しかもこれから何をするのかまで言って。もう怒りを通り越して呆れちゃったわ」
「……って、じゃあ、私の所に来る前に、チェティーネ様の所に行ったんですか?」
「ええ、それにしてもあなたも大変ね。あの陛下にこんなにも想われているんですもの」
う……またもや返事に困るようなことを……だってそんな気は全くなかったんですもの。私って本当に自分のことばかり考えていたんだわ。
もうどうしていいのか分からないでいると、扉が開いた。
スサナが戻ってきてくれたのかと思って、ほっとしながら視線を移すと、そこには問題の人が立っていた。その後ろには物見高い後宮の女性たちの姿もある。
……ああ、なんか嫌な予感がする……。
「チェティーネ、説明は終わったか?」
「ええ、陛下。だいたい終わったと思いますわ」
立ち上がって礼をしながらチェティーネ様はすかさず答える。こういうところが貴族令嬢の見本のような人だと感じる。
でも、ね。私はそういう性格じゃあないのよ。
「では、シェルも自分の立場を……」
入り口に立っていた王に対して、私はすかさず近づいて、昨日、剣を向けた場所に握った手を伸ばした。
刺した場所は左脇腹で、すぐ治療すれば致命傷にはなりえない程度。でもそれなりに痛いはず。そして、そこに触れればどうなるか、一目瞭然だろう。
「……いきなり何をする?」
「それはこっちの台詞よ。確かに何か企んでいるように見えたけど……それよりも聞いたわよ、ここ四年間のあんたの素行を!」
「それがどうした?」
「どうした、ですって? ふざけるのも程があるわ!」
握った拳は寸前で止められて、それ以上進むことができない。
でもチェティーネ様に聞いた話から、どうしても怒りが止められなかった。
「説明を聞いて、更に頭にきたって言ってるのよっ!!」
そう宣言してから、今度は右足を前に出して、王の脛を蹴る。
一応転んで傷に響かない程度の軽さにしたけど、場所が場所だけに王の顔が少しだけ痛みに歪む。
その表情に満足して笑みを浮かべた。
「ふんっ、何でも思い通りになるなんて思わないでね!」
「ホントにじゃじゃ馬だな。アルバートの言っていたことが嘘じゃないってよく分かる」
「うるさいわね! どうせ私はこういう性格よ!」
「ん? だから面白くていいんだけど?」
「あんたを楽しませるためにいるわけじゃないわっ!」
怒って怒鳴って、そして蹴りを入れる様子さえも、王を楽しませているようで、ざまあみろ、と思った気持ちもすぐに失せてしまう。
そして怒りが更に増して、また怒鳴ってしまうのよ。相手を楽しませると分かっても。
「まあまあ、あんまり怒るとお腹の子にもよくないぞ」
「あんたはっ……!」
どうやら私が妊娠している、というのは本当らしい。
あのあと、王の傷の手当し、そして私の体を調べたらしい。王の思惑通りに進んだらしく、満足気だったとか。確かに、私が妊娠しなければこのタイミングですべてを片付けることはできなかっただろう。
……って、そうじゃなくて。
チェティーネ様から聞いた時、次に会ったら絶対引っ叩いてやるって思ったのよね。そりゃ場所が場所だし、別におかしくはないんだけど――他の人たちにしていたことを考えると納得いかなくて。
けれど、どうやら場所が悪かったらしい。王とのやり取りを周囲に見られているのを忘れていた。みんな信じられない表情の中、いち早く我に戻ったチェティーネ様がくすくすと笑う。
「先程から、シェル様は前とずいぶん印象が違うと思っていたけれど……想像以上の方なのね」
「う……」
チェティーネ様に突っ込まれて黙る。
でも話がそれで終わったわけでなく、今度は王のほうに視線を向けて。
「そして陛下のそのような姿も、初めて拝見しますわ」
「そうか?」
「ええ、僅かでも笑ったお顔は拝見したことが御座いませんでしたもの。違いを見せつけられているようで、少し癪でしたわ」
「お前がそんなことを言うなんてな」
「あら、私だって少しくらいそういうことを考えたり、たまには言ってみたくなりますわ。特にシェル様のように、素直に自分の気持ちを相手にぶつける様を見てしまった後では」
いやいやいや、そこで私のせいにしないでくださいって。
なんか、王とチェティーネ様の間で見えない何かが行きかっている。
寵姫と呼ばれていたのは伊達ではないらしい。あのしかめっ面の王をよく知っているくせに、それでも普通に話ができるんだもの。
でも気づくと、私は蚊帳の外で、馬鹿らしくなってきた。ふう、とため息をつくと、またチェティーネ様に笑われる。
「もう……何がそんなにおかしいのか分かりませんが……」
「あら、別にシェル様がおかしいから笑ったわけではなくてよ?」
「そーですか」
「ええ、陛下にこのような一面……いいえ、違うわ。本当の陛下を知って、今までの差が激しかったから、つい……ねえ、皆さん?」
だから、余りフォローになっていない気がするんだけど。
でも様子を窺っていた他の人たちも賛同するような声を上げる。そして一人が笑い出したら、他の人たちまでくすくすと笑い始めた。
本当に、何がそんなに可笑しいって言うのよーと、愚痴をこぼそうと思ったら。
「後宮で、心からこんな風に笑えるとは思わなかったわ」
と、チェティーネ様が私のほうを見て、作り笑いじゃない、本物の笑みを浮かべた。
「チェティーネ様?」
「ここに来た時、とても寒く感じたの。それは四年の間ずっと変わらなかった。でも急に暖かくなった気がするわ。そうね、例えるなら長い長い冬は終わったよう。もう……春なんだわ」
確かに季節は春になろうとしている。でも、それだけじゃない。
それにチェティーネ様の言いたいことは分かった気がする。いつもここはピリピリとしていて、みんな心から笑っている感じではなかった。互いにけん制し合っていたから。
なのに、今はそんなのを気にしないで笑っている。
「確かにそんな感じだな」
王も今までと違う、まるで憑き物でもとれたかのような穏やかな笑みを浮かべている。
でもそうね。私の中もそんな感じだわ。今まで心の中に蟠っていたものが消えて、妙にすっきりしているところもあるもの。
そう思うと、影で私を助けるために、いろいろ動いていた王――エイラートを改めて見た。
彼が助けてくれなければ、私は真実の欠片も知ることなく、散るだけだっただろう。
「そうね、でも、それもあなたのおかげだわ、エイラート」
教えてくれてありがとう。
知る機会をくれてありがとう。
素直な気持ちを伝えると、エイラートは私を見て、今までにないほど嬉しそうな笑顔を返してくれた。
えーと、結局23話まで行きました。最後はなんとなく微妙な終わり方で締め。
そのあとはシェルは王妃となってエイラートの側にいるんだろうという感じで。
でもシェルは傷つけてしまったこととか、目的のために人を利用しようとしたこととか、ふと悩むときがあるんだろうな、と思います。
エイラートのほうも過去の数々のことでいろいろ…以下略。
なので、タイトルどおり、春を告げる風が吹いた、というところで締めました。
思ったより長くなってしまった話ですが、最後までお付き合いくださりありがとうございます。
2009.6.7 ひろね
【2010.7.18 加筆修正】
サイト再構築に伴い、あちこち加筆修正をしました。
話の筋は変わっていませんが、見直していておかしいかな思ったところや、もうちょっと説明あったほうがいいかな、と思うところが入ってます。