朝起きて、夢は見なかったことに少しだけ落胆した。
おそらく過去を思い出すためには、無意識にならなければならない。そうなると、やっぱり眠っているのが1番いいと思うのだけど、無意識だから上手いタイミングで思い出せるものでもない。
遥斗さんに懐かしさを感じて、このまま思い出せるかな――なんて、ちょっとばかり期待しけど、虫が良すぎる話だった。
仕方なく布団をめくってベッドから降りて、学校へ行く準備を始めた。
階下に降りると、朝ご飯を支度しているお母さんがいた。(お母さんは朝は遅めなので、朝ご飯は支度してくれる)
「おはよう、お母さん」
「おはよう、梨世。あんた、ちょっと元気ないね?」
「え、そう? そんな事ないと思うけど」
お母さん、鋭い。夢で前世の事を見られなかったので、ちょっとだけ凹んでいるのよね。
ただ、必要な事――とも言い難いし、身体的には問題ないから、笑って誤魔化すしかなかった。
「ま、言いたくないならいいよ。あまり無理しているわけじゃないみたいだしね」
「……ぅぅ」
「それより、莉里を起してきてちょうだい。あの子、しっかり者で頼もしいんだけど、朝だけは弱いからね」
「はーい」
お姉ちゃん、まだ起きてなかったんだ。
わたしはもう一度2階に戻って、お姉ちゃんの部屋のドアをノックした。
軽く叩いても返事はない。まあ、これくらいで起きるなら、スマートフォンのアラームで起きるんだろうけどね。お姉ちゃんには悪いけど、一応ノックはしたのでそっとドアを開ける。「お姉ちゃん?」と訊ねるけど、返事はない。
遮光カーテンで暗い部屋の中を進んでいって、ベッドの上を見ると、お姉ちゃんは布団を抱えて熟睡していた。横でアラームが控えめに起床時間をお知らせしている。もう、それでなくても朝起きるのが苦手なのに、遮光カーテンに音の小さなアラームじゃ、絶対に起きないでしょ?
「お姉ちゃん、朝だよ!」
声をかけながら、遮光カーテンをさーっと開ける。すると眩しかったのか、目を隠すようにしながら「ううん……」と呟いた。
「お姉ちゃん、起きて!」
「…………梨世?」
「そうだよ。朝だよ。おはよう」
「………………おはよー」
お姉ちゃんは眠そうな顔でゆっくりと体を起こして、背伸びをした。
「はぁ、またあんたに起こされる羽目になるとは……」
「お姉ちゃん、スマホのアラーム音小さすぎるよ? あれじゃあ、聞こえないでしょ?」
「でも、枕の横に置いてあるからー、あまり大音量でもびっくりするのよねー。……いちおう、スヌーズにしてあるしー」
と、スマホを手に持つと、アラームをストップさせた。
うん、でもアラームの意味なしてないよね、お姉ちゃん。
「昨日は何時まで起きてたの?」
「ん? えーと、12時かな?」
「あと1時間早く寝たら?」
「うーん……もっと、ぐっすり眠れるねー、きっと」
「……」
まだ半分寝ているようで目を細めて、語尾を伸ばして答える。
駄目だ。結局、早く寝ても早く起きるわけじゃないって事で。
まあ、それなりに目が覚めたのか、布団から出て準備を始めるべく動き始めたのを見て、わたしは「先に下に行ってるね」と声をかけた。
「うん、ありがとー、梨世」
わたしはお姉ちゃんに軽く手を振って部屋から出た。
それからしばらくしてお姉ちゃんが支度を終えて朝ご飯を食べに来る。自分の席に座ると、お母さんがご飯をよそってお姉ちゃんの前に置いた。
「もう、もう少し普通に起きれないの、莉里?」
「無理ー。なんていうか、朝はぼーっとしちゃって」
「もう。まあ、それ以外はホント出来た子なんだよねぇ。1つくらい欠点があってもいいのかね」
お母さんは、もう諦めた――というような表情で、自分のご飯茶碗をテーブルに置くと、わたしの向かいに座った。
「でも、お姉ちゃんが一人暮らしするようになったら、心配だよ。大学とか、就職とか、色々あるし」
「まあ、それまではもうちょっとあるし。あんたには迷惑かけるけどね」
「それはいいけど。わたしもお姉ちゃんに色々してもらってるし」
「ありがと。さすが、私の目覚まし時計!」
お姉ちゃんは親指を立てて、いい笑顔で言い切った。
ガクリと項垂れて、つい「他に言い方……」とぼやいてしまう。
そんなわたしの様子を、お母さんは「ぶっ」と噴き出していた。
「いやいや、とっても役に立って、とっても可愛い自慢の妹よ?」
お姉ちゃんの言葉に、顔に熱が広がり、つい「……お姉ちゃん、不意打ちはズルいよ」とぼやいた。
そして、またもやお母さんは、そんなわたしを見て、ケラケラ笑った。
「ああ、あんた達ってホンっと仲が良くていいねぇ」
「お母さんっ!」
「当然よ、可愛い妹だもの。多少の言い合いはするけど、絶対に嫌いにならないから。好き前提」
「お姉ちゃんまで!? ……嬉しいけど。お姉ちゃん、大好きだし」
仲が良いとか、好きだと言われるのは嬉しいけど、面と向かって言われるのは恥ずかしい。
特に、昨日、遥斗さんに何回も言われたばかりで、「好き」という言葉に過剰に反応してしまう。
でも、自分の気持ち――特に好意的なものは、口に出したほうがいいのかもしれない。
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