彼女――理世と2人で話す事が出来ただけでも、嬉しいのに、つい名前で呼び合うようにして浮かれてしまい、更に理世の手を取って、昔のように口付けてしまった。
ヤバい。やり過ぎた、と思ったけれど、真っ赤になった理世を見て、「ああ、やっぱり彼女だ」と思い、笑ってしまった。昔も手の甲へのキスは、あの世界では普通だったのに、彼女はなかなか慣れなくて、いつも顔を真っ赤に染めていた。
「簡単に話すよ。君の名前は『リーゼロッテ』俺は『ラインハルト』という名前だった。俺が10歳、彼女が8歳の時に出会った。君の婚約者候補として」
「わたしの?」
「そう、君は――分かりやすく、日本語に直して説明するよ。君はある国の貴族――伯爵位に相当する位の家に生まれ、ある理由で8歳の時に神籍に入り、神殿で暮らしていたんだ――」
俺は昔を懐かしみながら、梨世に前世の話を始めた。
***
俺はある国の王とその第2夫人の間に生まれた、第1王子だった。そして、1年後に正妃との間に第2王子が生まれた。
俺の母は産後の肥立ちが悪く、俺を産んですくに亡くなった。そのせいで、俺の立場は芳しくないものだった。それに、このままいけば弟と王太子の座を競う事になる。けど、俺には後ろ盾が居ない。そもそも、その歳まで生きていられるかも危うい。それを理解してからは、俺は目立たないよう心がけた。
そんな時だった。『女神の愛し子』が見つかったという。
『女神の愛し子』は、言葉通りその魂が女神に愛され、体に印を持って生まれる子供の事だ。聞けば、その子は8歳だと言う。どうして今まで見つからなかったのか不明だが、胸に印を持った紛れもない『女神の愛し子』だと言う。
その『女神の愛し子』は女の子で、今は神殿に身を置いているらしい。
そして、この国で産まれた『女神の愛し子』に最大の敬意を見せると共に、この国の神殿に身を置くために、王族の男子がその子の婚約者となる事となった。
初の顔合わせの時、彼女――リーゼロッテを見た時、俺はきっと一目惚れをしたのだろう。弟は顔立ちは整っているが華がないと、彼女に対し興味を持つ事はなかった。
確かにはでではないが挨拶の時の笑顔が柔らかで、あたたかな雰囲気をまとった少女だった。王宮には居ない素朴で純真な少女。俺は一目でそんな彼女に惹かれた。
弟が降りたため、俺は問題なく彼女の婚約者という立場を手に入れた。成人(あの国では16歳)になるまでは、王族として王宮に身を置かなければならないが、その後は神籍に入り、彼女が16歳になる歳に婚姻の儀を交わす事になった。
彼女は『女神の愛し子』という立場に奢ることなく、身の回りを世話する侍女にも気安く礼を言うような、穏やかで優しい性格の持ち主だった。やはり第一印象は間違いなかったと実感した。
俺は一目惚れに加えて、彼女のその性格や穏やかな笑みを浮かべる彼女に、どんどん好きになり、婚約者になれた事を喜んでいた。
しかも、神殿で彼女に会う時は、王宮での息苦しさから逃れられる。早く成人して彼女と共に暮らしたいと、強く願うようになっていた。
それも、いずれ叶うと思いながら。
***
昔を懐かしみながら、俺は話せる程度を掻い摘んで話したのだが――
「梨世?」
「う〜〜っ、どうしてそう好きって簡単に言えるの⁉」
またもや耳まで真っ赤に染めた梨世が、頬を押さえて俯き加減で呟く。
「そんなに恥ずかしいか?」
「恥ずかしいよっ! もうっ、もうっ、どうしてしれっと真顔で言えるのよぉ」
あうあうとぼやく理世が可愛い。本当に、こういう所は変わらないんだな。
そんな理世の様子を見ると、つい笑みを浮かべてしまう。が、それを理世に見られて「笑うなぁ」と情けない抗議が来た。
「ごめん。本当に変わらないんだな、って」
「変わらない?」
「うん。素朴で、小さな事にも喜んで、そして、可愛い」
あ、ヤバい。つい「可愛い」と言ってしまったら、またもや顔を赤らめて、もはや湯気が出そうなほどになっていた。
その姿が本当に可愛くて、懐かしくて、表情が引き締まらない。本当に、懐かしい。君が君のまま、変わらないでいてくれて良かった。
「――話を戻して、俺たちの出会いとかはそんな感じだった」
「……分かった。話してくれてありがとう。でも、その後はどうなったの?」
「うーん……、今は説明できないかな」
「どうして?」
「言っただろう。人1人の人生――いい事も悪い事もある。それに、1日で語れることでもないんだ。聞いても、理世も整理できないと思う」
それに、これ以上語るのは、女神の制約に引っかかる。
理世が自分で記憶を取り戻したのなら、別なのだが。記憶を取り戻して欲しい気持ちと、忘れていたままのほうがいいと思う気持ちが綯い交ぜになる。
昔は昔だ。思い出しても変えられるものではない。それなら、今を大事にした方がいいのだろう。だから、これ以上は女神による制約がなくても、自分から語る事はしたくない。
「あの、1つ聞いてもいい?」
「『女神の愛し子』って何ですか?」
「『女神の愛し子』とは、巡る魂の中で、女神が惹かれた魂に、女神が印を付けるんだ。リーゼロッテの時には、胸にその印があった」
そう言うと、理世は制服の上から左胸の上に手を添えた。
やはり、今も愛し子としての印があるのだろう。あれは体に現れるものの、魂に刻み込まれるものだから。巡って次の世界に移った時に、前の世界の創造主が気にかけていた魂だと分かるように。
「愛し子は『聖女』達と違って、特に何をしなければならないという事はない。ただ、愛し子に選ばれた者のほとんどは、普通の人間と変わらないんだ」
「聖女? 普通の人間?」
「前世での世界は、この世界から言えばファンタジーな世界と言えるだろう。魔法があり、何より女神だけが唯一絶対の神だった」
「魔法……確かにファンタジーかも。わたしも魔法を使えたの?」
「少しばかりな」
「じゃあ、『女神の愛し子』って――」
「言葉通り、女神に愛された魂の持ち主の事だよ」
女神の他にも従属神は居たが、あの世界では女神が最高神であり、創造主の世界だった。
そして、愛し子はその魂の在り方を女神に愛された存在――だから、その魂が歪まないように、余計な力を持たせない。一言で言うならチートというような、強大な力を持つ事を好まない。その力によって、その魂が歪んでしまう可能性があるからだ。
どれだけ好ましく思っても、優遇することはない。その魂の生き様さえ、女神は愛しいと思うから『女神の愛し子』と呼ばれるのだ。