教室を出たら、彼女にそっくりな後ろ姿の女子生徒を見つけた。思わず追って、肩に手をかけてみるものの、振り返った顔は、彼女と似ているけど彼女ではなくて。どうしようと戸惑っていると、張り付けた笑みで「説明しろ」と言われてしまった。
仕方なく、別棟の人気のない場所でいいかと問うと、目の前の女生徒は構わないと言う。まあ、ここは学校。俺だって変な事をする気はない。
別棟に着くと、付いてきた女子生徒は「どこまで行く気?」と問う。まあ、別に奥まで行く必要もないか。教室がある棟と違って、別棟は特別室が多いので人気はない。振り返って。
「俺は、近江――」
「ああ、名前はいいの。あなた有名だから、私だって知ってるから」
「……そうか」
なんというか、話の取っ掛かりが見つからない。
目の前の女子生徒は、昨日会った彼女と顔立ちが似ている。ただ、怒っているせいか、雰囲気がこちらのほうが刺々しい。間違って肩を触ったのが悪かったのか。
「とりあえず、間違って触れたのは悪かった。済まない」
「それはさっき謝ってもらったからいいわよ。で、あなたは誰と間違えたの?」
目の前の女子生徒に問いかけられて、しまったと思う。昨日は自分の名は名乗ったけど、彼女に会えた嬉しさに、今の名前を訊くのを忘れてしまっていた。
「名前は……訊いていない。昨日、図書室で会った……」
「図書室?」
更に剣呑な雰囲気を纏わせながら、女子生徒は呟いた。
「君に……似ている。もしかして、姉妹がいないか?」
言葉を探しながら、彼女に繋がる可能性を探る。
本当に、俺は馬鹿だ。逢えた事に喜んで、彼女の名前さえ訊こうとしなかった。いや、出来なかった、という方が正しいのかもしれない。彼女は俺の事を覚えていなくて、俺の事を不審に思っていたから。
「……いたとして、どうする気?」
「どうって、会いたいだけだけど」
首を軽く傾げ、目を眇めて「ふーん」と値踏みするように睨みつけてくる。……俺、なんて間が悪いんだろう? 図書室で待っていれば、会えたのかもしれないのに、似た格好の女子生徒を目にした途端、衝動が抑えられなかった。
「じゃあ、質問を変えるけど、その子はあなたにとって何?」
俺にとって――もちろん決まっている。
「自分の命より大事な女性だ」
これは即答できる。
前の俺にしても、今の俺にしても、どちらにとっても大事な彼女。彼女が危険に晒されるのなら、代わりに自分が危険に遭った方がいいと思えるくらい、大事で大切な、唯一の彼女。
「名前さえ知らないのに、どうしてそこまで思えるのよ?」
「それは、」
女子生徒は引き気味な表情で質問してくる。
それに対して、俺は何処まで話せばいいのか、悩んで口籠った。
――前世の事など、信じてくれるだろうか?
しかも、似ているけど、他人に話すなど……。
でも、この感じは、何か知っているような……自分の直感を信じるしかないけど、信じるかどうかは別だ。
「話せないなら、もしあなたが探している子を知っているとしても、答える気にはなれないけど?」
「それは……言っても信じてもらえない話かもしれないけど」
「そう。でも、話してくれなければ、信じようとする気も起きないけどね?」
そう言われて、俺は小さくため息をついた。
でも、女子生徒のガードが硬いという事は、目の前の子は彼女の事を知っている。それに、俺に対して何も思わない事も。自分で言うのもなんだが、俺はモテる方で、昨日もクラスメイトから告白された。もし、目の前の子にそういう気持ちがあれば、彼女の事より自分の事を話すはずだ。
……ここは、一か八か話してみようか。用心深いこの子を味方に付ければ、頼もしいかもしれない。
「分かった。話すよ。君は――前世というものを信じるか?」
「は? 前世?」
流石にきょとんとした顔をする。
普通に考えれば、前世なとオカルトかスピリチュアル系か、どちらにしろ簡単に信じてもらえない可能性が高い。
けれど、話さなければ始まらない。彼女へと繋がる道を、俺は手放す気はない。
「信じられないかもしれないが、俺には前世の記憶があるんだ」
「はあ」
「詳しい話は省くけど、間違えた子は、俺の前世に深く関わっている。どうしても会いたいんだ」
こうして説明しているだけで、思い出して胸が苦しくなる。会いたくて、女神に頼んで同じ世界の同じ時間に転生させてもらえた。
でも、島国といえど、日本は広くて。ましてや義務教育という期間もあり、探したくても身動きが取れなかった。本格的に動けるのは、早くて大学か、社会人になってからかと思っていたけど……。
「前世ねぇ? 今を生きているのに、昔を引きずってどうすんのよ?」
「それは、」
「相手だって、覚えてないかもしれないじゃない」
女子生徒に図星を刺されて、すぐに言葉が出てこない。だって、昨日会った彼女は、覚えていなさそうだったから。
それでも、それがどうした、と思う。俺はそのためだけに、ここに居るのだから。
「そうかもしれない。でも、俺は諦められないんだ」
――ハルト様、来てくれてありがとう――
そう言って、春の日差しのような笑みを浮かべる彼女を。
忘れられていてもいい。会いたい。会ってまた、抱きしめたいんだ。