さんざん二人の展開の愚痴をこぼした後、すっきりして部屋に戻った。
あー、思いきり騒ぐとストレス発散になるわ、なんて気楽な考えでドアを開けると、
「リア! どこ行っていたの?」
と、いきなり飛びつかれた。
マリ……もうちょっと加減ってものを考えて頂戴な。もうちょっとで後ろにマリごと倒れそうになったよ……
「どこまで行ったのかと心配しましたわ、リア様」
「ははは……まあ、若い者には色々あるのですよ、いろいろー……」
なに年寄めいたことを言ってるんだと思いつつも、ラルスと愚痴ってたなんて言えないので、笑いながらも黒いオーラを漂わせているヘルガさんに適当に誤魔化した。
「全く……おかげでマリ様が心配して落ち着きがなくて困りましたわ」
「マリ、ヘルガさんたちに迷惑かけちゃいけないよ」
「う、だって……」
「そもそも、リア様がこんなに長い時間出ていなければ、マリ様もこれほど心配はしなかったと思いますが?」
「そ、それはですねー……だから、色々あったのですよ、いろいろー」
マリはあたしが戻ってこないので落ち着きなく困ったそうで、マリに思いきり抱きつかれている状態で、ヘルガさんからお叱りを受けた。
宥めるのに苦労しました――と言われ、「すみません」と謝る。
そういや、マリにあたしが殿下の所に一人で行ったとは言えないものね。ヘルガさん、済みません。きっとどこに行っているのか詳しく言えなくて困ったんだろうな。
殿下の所はそれほど長くはなかったけど、ラルスと熱く語ってしまったのよ……
だけど!
だけどね、ヘルガさん!
あたしたちは夕食時に何かと理由をつけて、なるべく二人にして進展させよう! とか、色々考えてたんだよ!
もちろんそんなことは言えない。だってマリがすぐ傍にいるんだもの。
なのでひたすら謝って終わりにした。
***
夕食は一通り食事が終わると、少し酔ったといって席を外した。
ここは特に飲酒に関して制限がないので、普通に飲み物としてアルコールが出る。
……で、気づいたことがある。
マリはかなりの酒豪だった。
すごいよ。笑いながらごくごく飲んでるんだよ? 食欲ないっていうのに、お酒だけは美味しそうに飲んでるんだよ? もう信じられない。
それに比べて……あたしはあまり強くない。最初の一杯で顔が熱くなって、ふわふわした感じがしてくる。
それがわかっているので、なるべくアルコールは控えていたんだけど、今日は席を外すために飲んだ。そしたら本当に酔っぱらった。
席から立つと立ちくらみを起こしたので、治るまで動かないでいると、ラルスが立ち上がって「大丈夫か?」と聞いてくる。
「ん……、ちょっと立ちくらみ……」
「そうか、少し風に当たって冷やすか?」
尋ねるふりをしながらもラルスはしっかりあたしの腕をとって、ゆっくりだけどしっかりと掴んで歩き出す。
なかなか強引なところがあるのね、ラルス。まああの二人きりにするチャンスだけど。
酔ってふらつくので逆にラルスにしがみついて窓のほうへ向かう。
その時、マリから「素敵……」という呟きが聞こえたが気にしなーい。
そういえば、ラルスは割とかっこいいほうだ。ただ、口調が荒っぽいので気安い人だという印象のほうが先にくるけど。
で、マリはといえば、童顔がコンプレックス――日本じゃ普通だったんだけど、ここじゃあ、あたしと比べてどうしても十八に見えないらしくて――になっているので、二人でくっ付いているのを見てそう思ったんだろうね。
……って。
あたしが羨ましがられてどーする!?
でもいきなり離れたら意識してるみたいだし、何より倒れるかもしれないので、我慢してそのまま窓のほうに向かった。
窓といってもバルコニーになっているので、外に出て手すりに体を預けながら夜風にあたる。強すぎず、涼しい風は気持ちよかった。
「それにしてもマリは……」
思わずぼやきながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
あまりあからさまに見ると変なので、姿を見たと同時にまた外に視線を向ける。
「どうした?」
「自分が『特別』だって自覚してないなぁって。まあ、そこがマリのいいところなんだろうけど」
ラルスとあたしが一緒なのを見て「素敵」と言ったけど、ここではラルスとあたしの組み合わせなんて、ごく普通のカップリングなのに。(注:ラルスとは付き合ってるわけじゃない。断じて)
本来は、ここにあまりない色を持つ二人――殿下とマリの二人の方がみんな注目するのに、マリにはその自覚がないのだった。
――と説明すると、ラルスも「そうだなー」と頷く。
ラルスはといえば、どこからか煙草を取り出し、それをふかしている。
「煙い。吸うのやめるか風下行って」
「はいよ」
返事はするけど煙草を吸うのをやめず、風下へと移動する。その動きを追いながら、ちらちらと室内を見ると、頬を赤く染めながらも、なんとか会話を続けようとしている二人の姿が目に入った。
しかし……
小学生の初恋じゃあるまいし……
そう思ってしまうほど、二人のやり取りは微笑ましいものの、年齢を考えると、微笑ましさが消え妙にむず痒い気持ちになる。
「……ったく、やってられないわ」
「全くだぜ。四代に一度はこういう苦労が周りにあるのかね?」
「嫌な苦労ねー。あまり厳格にしないで、多少は女慣れでもさせといたほうが良かったんじゃないの?」
「確かにその通りだが、王子とつくのが他にいなければ良かったんだがな」
どういうこと? と聞いてみると、四代に一度異界から花嫁を迎える。が、基本的に王位継承権というものがあるが、この代に限ってそれが通用しない。
異界からの女性の意見が上回るらしい。
そのために呼び出すのだから、異界の女性の意見を尊重するということで、他の王子が気に入ればそちらに王位が移ることがあるそうで。
「なにそれ?」
「ま、こちらの都合で勝手に連れてくるんだから、それくらいの配慮は当然ってことだ。今はヘルベルトだけしか会ってないが、もう少しすれば、他の奴らも騒ぎ出す。今があいつにとって最大のチャンスなんだがなぁ」
この分じゃ、どうなることやら……とラルスがぼやく。
ラルスがぼやくのわかるわ。他に王子が何人いるかわからないけど、彼らと会うようになったら、いきなり倍率が上がるのよね。今みたいな微笑ましい雰囲気で進めるの、あの二人?
あくまで第一王位継承権を持つ第一王子――ヘルベルト殿下が優先だけど、選ぶのはマリとなると……どうなんだろう? 女慣れしているちょっと強引な人相手に出来るのかしら。
ラルスは殿下の押しの弱さに、あたしはマリの対応について考え込んでしまった。
だいぶ時間がたったのか、夜風で体が冷えているのに体が震えたので気づいた。
「そろそろ戻るわ」
「そうだな」
中では未だに二人は会話を続けていた。
なんだ、頑張れば出来るじゃない、二人とも。これなら間に入ってあれこれ詮索しなくても大丈夫かも? と、思っていると、ふと、あることに思いつく。
「ねえ、もう少ししたら他の王子も参戦するのよね?」
「ああ」
「その時、あたしはどうすればいいの?」
今回の召喚された女性の名前はマリア=サトー。これは周知の事実らしい。
日本語にすれば違いは分かるけど、これでは名前に違いがない。
マリア=サトーが二人いるわけで……これって、ヤバくない?
この世界、黒い色は珍しいらしいけど、必ずそれでなくてはならないというわけじゃない。なら、あたしもマリア=サトーで、どちらでもいいというか、本物はどっちか微妙なところで……
「あー…悪いが、これからはずっと『リア』と名乗ってくれるか? 今回異例ということで、二人召喚されたが、あくまで本物はマリ様ということにしてほしい」
「らじゃ。」
うん。そうすれば面倒なことはなくなるはず……
あたし、面倒なことは嫌いなんで、ラルスの言葉どおりにするわ。