二人の花嫁 6

 さんざん二人の展開の愚痴をこぼした後、すっきりして部屋に戻った。
 あー、思いきり騒ぐとストレス発散になるわ、なんて気楽な考えでドアを開けると、

「リア! どこ行っていたの?」

 と、いきなり飛びつかれた。
 マリ……もうちょっと加減ってものを考えて頂戴な。もうちょっとで後ろにマリごと倒れそうになったよ……

「どこまで行ったのかと心配しましたわ、リア様」
「ははは……まあ、若い者には色々あるのですよ、いろいろー……」

 なに年寄めいたことを言ってるんだと思いつつも、ラルスと愚痴ってたなんて言えないので、笑いながらも黒いオーラを漂わせているヘルガさんに適当に誤魔化した。

「全く……おかげでマリ様が心配して落ち着きがなくて困りましたわ」
「マリ、ヘルガさんたちに迷惑かけちゃいけないよ」
「う、だって……」
「そもそも、リア様がこんなに長い時間出ていなければ、マリ様もこれほど心配はしなかったと思いますが?」
「そ、それはですねー……だから、色々あったのですよ、いろいろー」

 マリはあたしが戻ってこないので落ち着きなく困ったそうで、マリに思いきり抱きつかれている状態で、ヘルガさんからお叱りを受けた。
 宥めるのに苦労しました――と言われ、「すみません」と謝る。
 そういや、マリにあたしが殿下の所に一人で行ったとは言えないものね。ヘルガさん、済みません。きっとどこに行っているのか詳しく言えなくて困ったんだろうな。
 殿下の所はそれほど長くはなかったけど、ラルスと熱く語ってしまったのよ……

 だけど!
 だけどね、ヘルガさん!
 あたしたちは夕食時に何かと理由をつけて、なるべく二人にして進展させよう! とか、色々考えてたんだよ!

 もちろんそんなことは言えない。だってマリがすぐ傍にいるんだもの。
 なのでひたすら謝って終わりにした。

 

 ***

 

 夕食は一通り食事が終わると、少し酔ったといって席を外した。
 ここは特に飲酒に関して制限がないので、普通に飲み物としてアルコールが出る。
 ……で、気づいたことがある。

 マリはかなりの酒豪だった。

 すごいよ。笑いながらごくごく飲んでるんだよ? 食欲ないっていうのに、お酒だけは美味しそうに飲んでるんだよ? もう信じられない。
 それに比べて……あたしはあまり強くない。最初の一杯で顔が熱くなって、ふわふわした感じがしてくる。
 それがわかっているので、なるべくアルコールは控えていたんだけど、今日は席を外すために飲んだ。そしたら本当に酔っぱらった。
 席から立つと立ちくらみを起こしたので、治るまで動かないでいると、ラルスが立ち上がって「大丈夫か?」と聞いてくる。

「ん……、ちょっと立ちくらみ……」
「そうか、少し風に当たって冷やすか?」

 尋ねるふりをしながらもラルスはしっかりあたしの腕をとって、ゆっくりだけどしっかりと掴んで歩き出す。
 なかなか強引なところがあるのね、ラルス。まああの二人きりにするチャンスだけど。
 酔ってふらつくので逆にラルスにしがみついて窓のほうへ向かう。
 その時、マリから「素敵……」という呟きが聞こえたが気にしなーい。

 そういえば、ラルスは割とかっこいいほうだ。ただ、口調が荒っぽいので気安い人だという印象のほうが先にくるけど。
 で、マリはといえば、童顔がコンプレックス――日本じゃ普通だったんだけど、ここじゃあ、あたしと比べてどうしても十八に見えないらしくて――になっているので、二人でくっ付いているのを見てそう思ったんだろうね。
 ……って。

 あたしが羨ましがられてどーする!?

 でもいきなり離れたら意識してるみたいだし、何より倒れるかもしれないので、我慢してそのまま窓のほうに向かった。
 窓といってもバルコニーになっているので、外に出て手すりに体を預けながら夜風にあたる。強すぎず、涼しい風は気持ちよかった。

「それにしてもマリは……」

 思わずぼやきながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
 あまりあからさまに見ると変なので、姿を見たと同時にまた外に視線を向ける。

「どうした?」
「自分が『特別』だって自覚してないなぁって。まあ、そこがマリのいいところなんだろうけど」

 ラルスとあたしが一緒なのを見て「素敵」と言ったけど、ここではラルスとあたしの組み合わせなんて、ごく普通のカップリングなのに。(注:ラルスとは付き合ってるわけじゃない。断じて)
 本来は、ここにあまりない色を持つ二人――殿下とマリの二人の方がみんな注目するのに、マリにはその自覚がないのだった。
 ――と説明すると、ラルスも「そうだなー」と頷く。
 ラルスはといえば、どこからか煙草を取り出し、それをふかしている。

けむい。吸うのやめるか風下行って」
「はいよ」

 返事はするけど煙草を吸うのをやめず、風下へと移動する。その動きを追いながら、ちらちらと室内を見ると、頬を赤く染めながらも、なんとか会話を続けようとしている二人の姿が目に入った。
 しかし……

 小学生の初恋じゃあるまいし……

 そう思ってしまうほど、二人のやり取りは微笑ましいものの、年齢を考えると、微笑ましさが消え妙にむず痒い気持ちになる。

「……ったく、やってられないわ」
「全くだぜ。四代に一度はこういう苦労が周りにあるのかね?」
「嫌な苦労ねー。あまり厳格にしないで、多少は女慣れでもさせといたほうが良かったんじゃないの?」
「確かにその通りだが、王子とつくのが他にいなければ良かったんだがな」

 どういうこと? と聞いてみると、四代に一度異界から花嫁を迎える。が、基本的に王位継承権というものがあるが、この代に限ってそれが通用しない。
 異界からの女性の意見が上回るらしい。
 そのために呼び出すのだから、異界の女性の意見を尊重するということで、他の王子が気に入ればそちらに王位が移ることがあるそうで。

「なにそれ?」
「ま、こちらの都合で勝手に連れてくるんだから、それくらいの配慮は当然ってことだ。今はヘルベルトだけしか会ってないが、もう少しすれば、他の奴らも騒ぎ出す。今があいつにとって最大のチャンスなんだがなぁ」

 この分じゃ、どうなることやら……とラルスがぼやく。
 ラルスがぼやくのわかるわ。他に王子が何人いるかわからないけど、彼らと会うようになったら、いきなり倍率が上がるのよね。今みたいな微笑ましい雰囲気で進めるの、あの二人?
 あくまで第一王位継承権を持つ第一王子――ヘルベルト殿下が優先だけど、選ぶのはマリとなると……どうなんだろう? 女慣れしているちょっと強引な人相手に出来るのかしら。
 ラルスは殿下の押しの弱さに、あたしはマリの対応について考え込んでしまった。

 だいぶ時間がたったのか、夜風で体が冷えているのに体が震えたので気づいた。

「そろそろ戻るわ」
「そうだな」

 中では未だに二人は会話を続けていた。
 なんだ、頑張れば出来るじゃない、二人とも。これなら間に入ってあれこれ詮索しなくても大丈夫かも? と、思っていると、ふと、あることに思いつく。

「ねえ、もう少ししたら他の王子も参戦するのよね?」
「ああ」
「その時、あたしはどうすればいいの?」

 今回の召喚された女性の名前はマリア=サトー。これは周知の事実らしい。
 日本語にすれば違いは分かるけど、これでは名前に違いがない。
 マリア=サトーが二人いるわけで……これって、ヤバくない?
 この世界、黒い色は珍しいらしいけど、必ずそれでなくてはならないというわけじゃない。なら、あたしもマリア=サトーで、どちらでもいいというか、本物はどっちか微妙なところで……

「あー…悪いが、これからはずっと『リア』と名乗ってくれるか? 今回異例ということで、二人召喚されたが、あくまで本物はマリ様ということにしてほしい」
「らじゃ。」

 うん。そうすれば面倒なことはなくなるはず……
 あたし、面倒なことは嫌いなんで、ラルスの言葉どおりにするわ。

 

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