――といっても、いくら特別扱いされてても、すぐに殿下に話が出来るわけがないのだ。
そのため、身の回りの世話をしてくれる人に声をかけた。
「あ、ヘルガさん」
「なんでしょう、リア様」
ちょうど傍にいたのは、ヘルガ=リュンクベリという女性で、侍女としてもう数年働いているんだって。ベテランに入るらしい。それでなくてもお城で侍女として働ける人って、貴族なのよね。
……あたし、庶民だけど、ヘルガさんはそんなの気にせず、きちんと様付けで呼んでくれる。
ちなみに、マリアが二人だとややこしいので、マリはマリアと呼ばれているけど、あたしはリアと呼ばれている。
話それた。
「あの、ヘルベルト殿下にお願いしたいことがあるんですが……」
「なんでございましょう?」
さすがに『お願い』というと、ヘルガさんの目があたしを警戒するようなものに変わる。
まあ、わかるにはわかるよ。殿下のお嫁さん(予定)のマリじゃなくて、おまけのあたしが『お願い』なんて言えば、警戒されるのは当たり前。
余計なことだけど、さすがに貴族でお城に勤めているだけあって、もちろん美形。そんな人がすごめば結構なもの。
でもこっちも負けてない。というか、これくらい平気だし。
「マリの食事についてです」
「マリ様の……ですか?」
「はい。元の世界ではもっとあっさりとしたもの通常の食事だったので、もう少し味付けを替えて欲しいな……と」
「そうですか。たしかにマリ様は最近お痩せになったようで、ドレスを着付ける時に緩くなった気がしますわ」
さすがにマリのことになると話が早いわ。
しかもお金のかかることじゃないから、ヘルガさんの警戒も解けたよう。
「まあ、ちょっと食事量も減っちゃったし。でも今の状態であの食事はちょっときついと思うから、今のうちにどうにかしないと」
「そういうことでしたら、すぐにお伝えしますわ」
「お願いします」
***
ヘルガさんにお願いしたことはすぐに聞きどけられた。
それはいい。
けど……
なぜ、ヘルベルト殿下と二人でお茶をする羽目になってるわけ!?
「お茶の時間に、お呼びしてしまい済みませんでした」
「いえ、こちらこそ、あたしの分までありがとうございます」
どうも食事をあっさりといっても、どのようなものにしていいのかわからないから直接話をしたいということらしい。
んなもん、マリに直接聞けばいいのに……と思うけど、まあ、そこは突っ込まないでおく。
あたしから言い出したことだし、マリも食欲不振で体力も落ちてるから、あまり負担かけたくないもの。
「そうですね、こちらでメインに使う調味料や調理方法をお聞きしてもいいですか?」
「調味料に調理方法……ですか?」
「ええ、主食の米はなさそうなんでそれは諦めます。となると、メイン料理をどうやってあっさり風味にするか……だと思うんで」
しかし、殿下、言葉遣いがとても丁寧。あたしにまでですます調で話してる。やはり育ちのせいだろうか。
逆にあたしもなるべく丁寧な言葉づかいを心がけるけど、一人称が『あたし』だもんなぁ。お里が知れるってもの。
ま、育ちは変えられないんでそれは置いとこう。
……さすがにマリは礼儀作法は逃げられそうにないだろうけど。
でもマリは頑張り屋だからきっと大丈夫。
とりあえず、この世界の調味料や香辛料なんかを聞いてから……と思ったんだけど、結構いろいろあるらしくて、現物を見たほうがわかるんじゃないかって話になった。
「でも、あたしもそんなに料理は得意じゃないんだけど……」
「申し訳ありません。こちらではあれが普通なので、マリやあなたがどのようなものを好まれるのか、直接見て頂いたほうがいいかと」
「それはそうだけど」
「なるべくマリやあなたが居心地良く過ごせてもらえたら……と思いますので」
「わかりました。じゃあ、手配お願いします」
本当は見知らぬ人が厨房に入るなんて快く思わないだろう。
それでも、殿下はマリとあたしのために――というか、主にマリに――食べやすいものをと気遣ってくれるのだ。
それにしても……この会話からマリのことを認めているんだろうけど、刷り込み……じゃないよね? ずーっと言われ続けてたみたいだし。
じーっと、殿下を見てると、その視線に気づいた殿下は「他にも何か気になることがありますか?」と聞いてきた。
「そうじゃなくて……いや、気になるといえば気になるんだけど……」
「なんでしょう?」
「殿下はマリと話をしていますか?」
「え……?」
本当ならこんな風にお茶をするのも、マリの方がいいだろうに。
「は……話してますよ」
「それって、夕食時のことを言っているんじゃありませんよね?」
「それは……」
「ラルスさんとあたしがいる状態では、話してるとは言えませんよ?」
あれれ……あまり関係が進んでない……?
No―――!!
なんてこと! 計算違いもいいところだわ。
というか、召喚した女性なら何もなくそのままゴールインでも出来るというのか? それでなくてもマリはその手に関して疎いのに……大丈夫なのかな?
心配になってきたよ……
「あの、それでは男女の親睦が取れないのでは?」
「しかし、未婚の女性と二人で過ごすなど……」
「今、あたしと過ごしてますよね?」
「わ、私としたことが……」
あたしと――と言うと、殿下の顔色が急に悪くなった。
気づいてなかったのか……。
まあ、マリのためということで、ノーカウントにしてもらう。
ってか、そうして。あたしも殿下をたぶらかした女にされるのはご免だし……