自分には一人の人の思いをすべて抱え込むなんて無理だと思っている。だからネレウスのことも逃げたと言っていい。
彼は自分のしたことを悔いていたけど、だからといってしたことが帳消しになるわけではない。勝手に許した後のエリナたちの気持ちを考えたら、怖くて言えなかっただけ。
ただ単に保身に走っただけなのに、どうしてここまで珍しがられるのか。少しため息をつく。
そして――
「ねえ、ベルさん」
「なんだ?」
しかめっ面のまま、それでも話しかける優花に言葉を返す。
「あのね、さっき言ったのは全部本当。生き方ではベルさんと重なることってとっても少ないと思う」
「……」
「だから、きっとこれからも意見が合わないことが出てくると思うの」
「それは……私を受け入れられないという答えなのか?」
暗く沈んだ表情で感情を入れずに問われる。
(ああっ暗い! 暗いってば! どうしてそう極端なの!?)
意見が合わないから受け入れられないわけではない。
受け入れるために話し合いたいのに。
「あのねえ、誰がそんな心の狭いこと言ってるわけ!? わたしは、そういうことがこれからもあるかもしれないけど、そのたびに話し合って理解して行こうよ、って意味で言っているの!」
「ユウカ?」
優花はベルディータと視線を合わせるために、彼の顔を手で挟んで自分のほうを向かせる。
「口に出して言わなきゃ分からないことってあるでしょ? だからそういう時はちゃんと話をしようよ。でなきゃお互い何を考えているのかなんて分からないでしょ?」
「そうかもしれないが……どうしてそこまで思える? 先ほどの医者のこともそうだ。痛い思いをして、どうしてそこまで――」
とことん石頭だ、と心の中で毒づく。
これではきちんと口にして説明しなければ納得しないだろう。
「ネレウスさんに関しては体が勝手に動いちゃっただけ。でもってベルさんは……」
ここで言葉が途切れる。
その間にベルディータが不安に思ったのか、「私は?」と訊ねる。
「その……ベルさんが何を考えているのか知りたいって思う、から……」
「なぜ?」
未だに言葉の意味が分からないようで、心配そうな表情のまま。
それを見ていい加減気づけ、とばかりに優花は叫ぶように言った。
「ああもうっこのにぶちんっ! 好きな人のことを知りたいって思うのは、そんなに可笑しなことなのっ!?」
「は?」
「だから、ベルさんのことが好きなの! だからベルさんのことを知りたいの!」
ムードもへったくれもない告白。言ってから恥ずかしさで真っ赤になった。
でも、相手からは何のリアクションもなく――
「ベルさん?」
見ると目を見開いたまままったく動かない。
「ベルさーん?」
(これって固まってる?)
そのせいか目の前で手をひらひらさせても反応しない。
仕方なく目の前でパンっと手を叩くと、やっと我に返ったようで――
「……いま……何が……あったのだ?」
「何が、じゃない! 人の一世一代の告白を何だと思っているのよーっ!?」
考えていた告白とはまったく違うし、相手は散々人のことを好きだと言っていたくせに、好きだと返せば固まるし――怒りと呆れとがない交ぜになった状態で、ベルディータを睨む。
「す、済まない。どうも聞きなれない言葉を聞いたせいか、理解できなかったようだ」
「ちょっとぉ……自分じゃ何回も言っているくせにー」
「済まない。どうやら言うのと聞くのと、かなり違うようだな。こんなのは初めてだ……」
「わたしのときは反応を面白がっていたくせに……」
いつも、こういう時の主導権はベルディータが握っていた。
でも主導権を取られた今回は、優花と同じような反応をする。
「まったく、もう……とにかくわたしが言いたかったのは、お互い言いたいことは言って理解し合おうって言いたかったのに。それに……」
「それに?」
少しばかり余裕が戻ってきたのか、ベルディータはいつものような笑みを浮かべて優花の言葉をなぞる。
「もう少し普通の状態で伝えたかったのに」
「何をだ?」
今度の質問は分かっていてやっているな、と優花は口をへの字に曲げてベルディータを睨む。
けれど相手がそんなことで怯むわけもなく――優花は一つ深呼吸する。
「もうっ、一度しか言わないから、もう固まらないでよね!」
ベルディータの頬に手を添えて、そして。
「わたし、佐藤優花はベル……ディータ=オルクス=イクシオンが好きです」
名前の意味を知りつつ、それでもフルネームで目を逸らすことなく言い切った。
「その言葉が何を意味しているのか、分かって言っているのか?」
「分かってるよ。ヴァールさんからも名前の意味を聞いたから。でもこれがわたしの気持ち。すぐに……ってのは無理だけど、今のわたしの精一杯の気持ちなの」
真っ直ぐにベルディータの目を見て言う。
「今はまだ全部受け入れることは出来ないかもしれないけど……。でも、好きって気持ちは本当なの。だから、知りたいって思う。ベルさんのこと」
「ユウカ」
「それに、わたしのこともちゃんと知ってほしい。だから表面上の誤魔化した話じゃなくて、本音で話をしたいの」
真正面から向き合って、そしてちゃんと答えを出したいと思った。
「本当にユウカには驚かされる」
苦笑しているベルディータを見て、今になって、彼はずっと『魔王』として人の悪意ばかり感じていたのでは――ということに気づく。
誰かに思われるというのは今までほとんどなかったのではないか、と。
そう思うと思い切って告白して良かったと思う。そうでなければ見れなかった一面だから。
「そうかな。でもそのおかげで、いつもと違ったベルさんが見れて面白かったよ」
「これは……当分からかわれそうだな」
「うん、こういうチャンスは利用しなきゃね」
出会ってから恋愛面に関してはいつも主導権を握られていたため、はじめて得られた勝利だった。
それに気を良くしていたため、元に戻ったことに気づくのが遅れる。背中に手が回されて、力強く引き寄せられる。
「わっ……なにす……?」
慌てて叫ぶが途中でそれも止まる。
「ユウカ」
きついほど抱きしめられてそれだけでもドキドキするのに、耳元で囁かれた名前には熱が帯びていて体を熱くさせる。
「ベ、ベルさん……」
「私もユウカのことが――」
言い終える前に唇が重なる。
キスされると思っていたので心構えはできていた。けれど、いつもよりきつく抱きしめる腕や密着した体が体を熱くさせる。
けれどそれは自覚した優花自身の気持ちと、ベルディータの気持ちが重なったせいもあるのだろう。
いつも受け身だったのに、今回は手をベルディータの背中に回して優花からも抱きつく。そして真似るようにベルディータの唇を甘噛したり、舌を出して軽く触れ合わせる。
貪るようなものではなく、互いの気持ちを確かめあうような相手の反応を見ながらのゆったりとした口付けだった。
(……自分からこんなことするなんて、最初は思わなかったよ……)
ぼんやりとそんなことを考えた。
けれど今は思いが通じ合った喜びのほうが大きくて、長いキスが終わった後もそのまま抱きついていた。