話し終わると、ネレウスの身柄は一度領主の下へ行き、これからをどうするのか検討することになった。
優花はまだ疲れているだろうということで、そのまま部屋に留まる。一人でぼうっとしていると、しばらくしてベルディータが戻ってきた。
「少し食べ物をもらってきた」
「ホント? ありがとう」
気づくと倒れてから数時間経っているというのに、話をしていたので何も口にしていない。ベルディータの持っている食べ物を見た途端、急に空腹だと感じる。
差し出されたスコーンのような固めのパンと温かいミルクを受け取りながら、先ほどケンカをしていたのも忘れてニコニコした顔で食べ始める。
パンは中にジャムが入っていて、程よい甘さがちょうどいい。
「おいしい~」
「そうか」
「うん。……って、ベルさんも食べる?」
一人でパクパクと食べていたが、心配していたベルディータはちゃんと食べたのかと思う。
「……いや、というより、先ほどの状況でよく食べる気になるな」
「先ほど……」
顔をしかめたままのベルディータを見て、起きたばかりのことを思い出す。
村長が入ってこなければ、不毛な言い争いを続けていただろうことを。
「あ……」
思い出して食べるのが止まる。
(うう、ベルさんのバカバカバカ! おいしく食べている時くらい、そういうくらーい雰囲気に持っていかないでよー!)
それでも話をするために、口の中に残っていたパンを無理やり飲み込んだ。おかげでむせそうになったので、ミルクで流し込んでなんとか一息。そして。
「……はぁ、苦しかった。食べている時にそういう話はやめてよー」
「それは悪かった。どうやら私ではユウカの考えていることは分からないらしいからな。仕方あるまい」
先ほど言った言葉を逆手に取られてムッとする。
とはいえ、かなり怒っているのか――いや、この感じは拗ねているといったほうが合っているかもしれない――などとベルディータの様子を観察する。
どちらにしろ、かなり本音を出すようになったと言える。そう思うと優花は小さくふき出し、笑った。
「何故ここで笑うんだ」
「だって可笑しいんだもん。ベルさんが拗ねてるのが」
「どうしてこの流れで笑えるんだ。全く……」
しかめっ面のままベルディータはぼやき、恥ずかしいのか横を向く。
「だって……なんていうか、やっと本音を言えるようになってきた、って感じかなって」
「……」
「そう思うと嬉しいんだよ」
「どうして……」
ベルディータは横を向いたまま、少し口を開く。
「ん?」
「どうして目が覚めてすぐ怒られて、口論になり、挙句に勝手に神だと明かしたのに怒らない?」
「え? 怒るのはさっき怒ったじゃない」
「そうではない。勝手にユウカの立場を明かしたことだ。知られるのを嫌がっていただろう?」
そりゃ確かに、と内心思う。でも自分だけ影に隠れているのもどうかとも思う。
「まあ言っちゃったものは仕方ないよ。それに、ベルさんが考えなしに簡単にそんなこと言うわけないの、分かってるつもりだし」
ベルディータは人の気持ちを理解してくれない人ではない。それなのに話したというのなら、それが必要だからに違いない。
優花は残っていたホットミルクに口をつける。時間が経って表面に薄い膜が張っていたので、それをふうっと吹いて隅に追いやってから残りを飲んだ。
「買い被り……ではないのか?」
「ん、なにが?」
カップを持ったまま、優花は顔を上げてベルディータを見ると、複雑そうな表情をしている。
「私は……私たちはこの世界を第一に考えてきた。それはユウカに対してもまだ変わっていない。ユウカのことを想っていても、何かあればこの世界を優先するだろう」
「それは分かっているよ。だからわたしの立場も明かしたんでしょ? 話を進めやすいように」
「……」
『好きだ』と言っても世界を優先するというベルディータに、別に驚くわけでもなく普通に肯定する。
そんな優花を見て、ベルディータはさらに複雑な表情になるのが分かった。
「なぜ、そんなに簡単に納得できるんだ」
「簡単ってわけじゃないけど……ベルさんたちはずーっとそうやって来たんだし。それを言うなら、わたしだってわたしの気持ちを優先するからおあいこだと思うよ」
その証拠に、優花は一度もベルディータの気持ちに答えていない。
全く考えていないわけではないが、先にするべきことを優先して自分の気持ちを少しも告げていなかった。
というより、しっかり考えもしなかったというべきか。
「お互いそれぞれの考え方があるから、しょうがないんじゃないかな? さっきのも考え方が違うから言い合いになったんだし」
ね、と軽く首を傾げてベルディータに同意を求める。
「ユウカは変わっている」
「は?」
「力は要らないというし、好きだと言っている男が別のことを優先すると言っても、それを怒るどころか肯定する」
そんな人間は初めてだ――と言われて、優花はそうかな、と自問する。
「ええと……別に力がなくても生きていけると思っているし。それに、誰か一人のために生きているわけでもないし。逆にわたしのためなら何でもする、って言われたほうがよっぽど怖いんだけど」
たった一人のためだけに生き、そして動くのは、優花にしてみれば、狂気と言ってもいいくらい強い感情だ。その対象にされたら堪らない。きっとその強い感情が恐ろしくて、思い切り逃げるだろう。
でもベルディータはそれをしない。大事なもの、必要なものを理解している。そしてその時に一番いい方法を取る人だと思っている。
けれど今回は優花の意志を無視して進めたため、悪いことをしたと思っているのだろう。優花は一息ついてからぼそりと続ける。
「だから、なんだけどね」
「何がだからなんだ?」
「ベルさんはそうやっていろいろ考えて動いているでしょ。だから一緒にいられるんだよ」
「どうしてそう繋がるのか分からん」
「だから言ったじゃない。他のことを全て放り出して、わたしの事だけしか考えない――そんな人だったら怖くて一緒にいられないよ。全速力で逃げるよ、絶対。とろいからすぐ捕まりそうだけど」
でもそれをしない人だと分かっているから、と付け足した。