第09話 変化(3)

 話し終えた後、彼らは一様に黙り込んだ。
 ベルディータもある問題が浮上してきたため、それに関して考え直さなければならない。その問題は優花がどうにか出来ることではなく、必然としてベルディータが片づけなければならない。
 もともと、この世界の問題はこの世界の者が片づけなければならない。それが分かっているため、嫌とは思わない。
 けれど、それに対して優花が無防備なのが問題だ。
 このあときちんと話し合わなければ――と思う。

 そんなベルディータの思いを余所に、彼らは事実を受け止める時間をほしいと申し出た。
 優花の意識も回復しておらず、この場で立ち尽くすのも意味がないことだと、彼はゆっくりと頷いた。
 それが優花の意識が戻る前にあった出来事だった。それを彼女に説明したくても、話が横に逸れたため、何の説明も出来ずに現在に至った。

 

 ***

 

 優花はベルディータの困った顔を見て、なんとなく事情がわかった気がした。ふう、と一つため息をつく。
 できれば立場を明かさないで終わりにしたかった。でも、そのままの場合、いつの間にかに魔物が消えてました――ということになる。それでは人は怖い魔物が消えて良かった、というだけで終わってしまう。
 それをどうしたらいいか迷ってもいた。

(まあ、しょうがないかなー。いずれ説明しなくちゃいけないことだし。ただ、わたしが神様なんて失望させる可能性が高いのが問題なんだけど……)

 隣にいる人物――ベルディータなら文句なしに皆納得してくれそうなんだけどと、優花は心の中で呟く。
 ため息をついたのを、ベルディータは悪い方向へとったのか、小さな声で「済まなかった」と返す。

「まあ言っちゃったもんは仕方ないよ」
「済まない」

 説明を乞う人たちよりも先に現状把握に努める。
 そのため彼らには少し待ってほしいと告げてから。

「んで、どの辺まで話をしたの?」
「それは――」

 ベルディータが簡潔に説明し、それを把握する。
 内容は優花が聞いた話の通り。
 ただし、そこにベルディータたちの一族だけが出てこなかった。

「ねえ、ベルさんたちのことは説明してないの?」
「ああ、出来ればそれは避けたかったからな」
「どうして?」

 口元を隠すようにしてひそひそ声で話す様子は、彼らの目にはきっと仲睦まじいように映っているだろうことに、優花はこのとき気付かなかった。
 それよりもベルディータの話を聞くのにいっぱいで、その好奇の視線などまったく気にしない。

「どうして言わなかったのかは、簡潔に言えば、今の人たちに罪悪感を感じさせたくなかったからだ」
「罪悪感?」
「自分たちがしたことではないが、人がしたことということで、私たちに対して悪かったとか、そういう思いを抱く者もいるだろう。だが、そうした気持ちも念に利用される可能性があるのだ」
「念……あの黒い靄みたいなもののこと?」
「そうだ」

 確かにこの世界の人たちは悪い方向へと思い悩んでしまうことが多いようだ。
 なるほど、とベルディータの言葉に納得する。
 それと同時に千年前の念だのなんだのと聞いていたが、視覚的に見えたのは今日が初めてだった。ベルディータもあまり言わなかったので気にしてなかったが、後でもう少し詳しく聞いたほうがいいかもしれない。

「だいたい分かった。でも後で聞きたいこともあるから後でもう少し説明して」
「ああ、それよりも了承も得ずに済まなかった」
「ううん、いいよ」

 まだ謝るベルディータに、優花は少し苦笑した。
 千年生きているのに、変に真面目なところがあるなぁ、などと思ってしまう。人と接してこなかった分、純粋なところが残っているのだろうか。
 夢の中で話をしたヴァレンティーネのほうが、よっぽど表裏が激しいような気がした。
 少し気を取り直した後、優花はベルディータから離れて待っている人たちに向き直した。

「すみません。待たせてしまって」
「いえ、それで――」
「ちょっと待って!」

 話しかける村長に、優花は手のひらを広げたまま腕を前に差し出した。
 “ストップ”という意味だ。

「はい?」
「先に言っておきますけど、普通の口調で話してください! 様付け・敬語はいりませんから!!」
「……あの」
「ユウカ、問題はそこではないだろう」

 本人にしてみるとびしっと言ったと思っている。が、内容が内容なだけに、目が点状態の村長たちに、少しじと目で見るベルディータ。
 だけど優花にしてみると大問題だ。様付け、敬語で話してもらうような人物じゃないことは重々承知している。

「あのね、わたしはせっかく宮から出て普通にのんびり出来たのに、様付け・敬語なんて鬱陶しいもんに戻りたい、なんて思わないの」
「……そんな身も蓋もない言い方をされても困るだろうが」
「だから先に言っておこうと思ったんじゃない。あ、そういうことだから、村長さん、前と同じでお願いします!」
「……は、はあ……」

 優花の気迫に圧されて、村長は困ったような顔で頷いた。
 実は魔物を相手にした時も、こんな勢いはなかったので、村長以下その場にいたものは皆驚いていた。
 でもこればかりは先に釘を刺しておかなければ、あとあと精神衛生上よろしくない気がしたのだ。

「えと、じゃあ話を戻して、だいたいベルさんが話した通りです」
「そう、ですか」
「はい、ちょっと不本意ですけど」
「不本意、ですか?」

 問い返す村長に大きく頷いた。
 その態度にベルディータのため息が横から聞こえるが、それは無視して話を続ける。

「だって、わたしには何の力もないんです。普通だったら神様なんて出来るわけないんですよ」
「は、はあ……」
「相変わらず、はっきり言い切るんだね。ユウカ……さん」

 どう返事していいのか迷う村長をおいて、クロクスが嫌味でも何でもない、率直な意見を返す。
 ただし立場を気にしたのか、名前を言う時に少し躊躇っていると、優花が眉をひそめたのを見て、慌てて前の言い方に戻した。

「だって本当のことだもの。エリナちゃんの時だって力を使ったのはベルさん。ネレウスさんの時だって、どうにかしようと力を使おうとしたのはベルさん。ほら、わたし何にも力使ってないでしょ? ベルさんは力使ったけど」

 一息でそこまで語ると、優花は笑みを浮かべた。
 別に自分に力がないことを嘆く気はない。自分に出来ることをすればいいと思っている。
 ただ過大評価されても困るのだ。それに相応しい力などないから。

「無茶苦茶な理論のような気がするけど。力はそうかもしれないけど、結果でいえば魔物を何とかしたのはユウカさんでしょ?」
「う。」

 騙されてくれないか、とちょっと心の中で毒づいた。
 優花の中には、できればベルディータのほうを表に出したい気持ちのほうが大きい。けれどクロクスはそれに誤魔化されてくれない。

「そうですね。私の心を救ってくれたのはあなたです。ユウカさん。あなたでなかったら、私はまだ色々なものを憎み、自分の状況を恨んでいたと思います」
「でもね、立ち直るのは自分自身だから。だからそれはネレウスさん自身のおかげだし」
「そうかもしれないです」
「でしょ?」
「でも、それだけではないもの確かです」

 ネレウスが優花に向ける新線は憎しみの欠片もなく、今はとても穏やかなものだった。
 だからこそその言葉に説得力がある。

「あなたのおかげです。ありがとうございました」

 静かに礼を言うネレウスに、優花は曖昧な笑みを浮かべた。
 この流れをどうやって止めようか、それを考えてみる。
 うーんうーんとしかめっ面で唸っていると、ベルディータが救いの手を差し伸べてくれる。

「大事なのはユウカに力があるかどうかではないだろう? ユウカが望むものはなんだ? 何のために旅に出た?」
「あ、そっか……」

 忘れていた大事なこと。それは自分の立場云々ではない。
 旅をして魔物を探して消す――それが目的であり、そのためには多少のこともやむを得ないだろう。
 けれど、こうした人との関わりあいも大事だと改めて感じる。
 いくら優花が諦めの境地で変に悟っている部分があっても、まだ元の世界ではまだまだ勉強などが必要な年だ。
 宮で限られた人と接するより、色んな人と関わるのは優花にとっても益になる。

(そんな旅の中で人と関わって、その人からお礼を言われるなんてすごく嬉しいことなのかもしれないね……)

 優花の実力から、今まであまり褒めらた事というのはなかった。
 でも今はそれに直面して、戸惑いながらも嬉しさを感じていた。

 

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