目の前には心配そうなベルディータの顔。
優花の意識が戻ったのを確認したのか、はーっと深く息をはいた。
それを見てずいぶん心配かけてしまったことが分かった。
「ごめん」
「心配した」
「うん。心配させちゃってごめんなさい」
「もう……あんなことはしないで欲しいのだが」
「あんなこと?」
「あんな風になっている魔物の前に飛び出すことだ。それに私も力を使おうとしていた時だったんだぞ!?」
いつになく声を荒げるベルディータに、優花はそういえばそうだったな、とあの時のことを思い出した。
それと同時にベルディータの願いを聞けないことにも気づく。
「えと、無理……かな? 約束できないと思う」
「どうしてだ?」
「うーん……約束してもたぶん同じことすると思うから。約束破るなら最初からしない方いいかなーって」
鋭い視線に優花の語尾がだんだん弱くなる。
でも出来ない約束をするのも気が引けて、頑張って説得しようと気を改めなおす。
「ユウカ!」
「ごめん。わたしだって痛いのは嫌だよ。だけど気づいたら体が勝手に動いてたの」
「勝手に動いていた、ではない! 場合によってはユウカは!!」
ベルディータの声に肩をすくめる。
分かってはいる。力のない優花があんな行動をとるというのは、無謀以外何ものでもないということは。
それが分かっているからベルディータは止めようとしているのだ。
「ベルさん、少し落ち着いて。らしくないよ」
「らしくない、とはなんだ。これも私だ」
「あ、なるほど。一つ新発見、かな?」
「茶化すな!」
これほど取り乱しているベルディータの姿は初めて見たせいか、ついいらないことを言って、さらに怒らせてしまう。
それと同時に、それほど心配してくれているということに嬉しさを感じて、つい頬が緩みそうになった。
「ごめんなさい。でもね、ベルさんと約束しても、たぶん守ることができないと思う。痛いのヤダって思ってたのに、気づいたら動いていたって感じだから」
「ユウカ……」
「だってね、わたしは魔物がどうして生まれるのか知ってるんだよ」
「だからなんなんだ?」
ベルディータは優花の話の意味が分からず苛立ちながら答える。それを見て少しだけ苦笑した。
自分でもうまく説明できない気持ち。だけど分かって欲しい思いから、たどたどしく話しはじめた。
「意識を失ってる時、ヴァールさんと話をしたの」
「は?」
「だから、ヴァールさん――ヴァレンティーネさんとお話してね。でもって気付かされたこととか――まあ、いろいろと」
「それで?」
極論になっちゃうかもしれないけど――と先につけてから、うまく説明できそうになかったので、夢の中の出来事を話す。
ヴァレンティーネとの会話。そこから気づいた気持ち。
優花のベルディータに対する気持ちは明確に伝えなかったが、それでも話せるところまで語った。
「わたしはね、能力的に見たら平均以下の人間なんだよ。本当なら『神様』なんてのとは、ほど遠いところにいるの。前にも言ったけどね」
「それは前に聞いた。が、どうしたらそれに繋がるのか分からん」
ほとんど完璧に近いベルディータには、分からない気持ちなのかもしれない。
だから分かってもらうために一つずつ説明していくしかない。
そうでなければ、互いに分かり合うことは出来ないだろう。
少なくとも、優花は分かり合えないまま良しとしないで、分かり合えるよう努力したいと思った。
「うーん……わたしもどう説明していいか分からないんだけど。わたしはベルさんに比べたらほんの少しの時間しか生きてないけど、その間、わたしは劣等感をいっぱい持った時間を過ごしてたの」
「そうは見えん」
「うわっ酷い。何を根拠にそう言うわけ?」
「根拠云々ではなく事実だろう。何を見ても楽観的に考えて――命さえ危ない目にあっても、まだ自分の身を守るという行為をすることが出来ない。自殺行為もいいところだ」
いくら事実でも、そこまできっぱり言わなくても――と優花の頬はひくひくと小さく引きつる。
でも彼からすると事実だろう。
確かにはたから見ればそんな風に見える、と優花自身でも思う。けどそれは、諦めて楽観的に考えようと思っているからだ。
「結果、ユウカがそんな風に思っているように見えない。これでも何か言い返したいことはあるか?」
「う、言い返すというか……」
「なんだ?」
「あのね、楽観的に考えるのも一つの生き方なんだよ?」
優花は人差し指を立ててベルディータを睨みつけた。
それが開き直ったと見て取れたのか、ベルディータの眉間にしわが寄る。
「諦める、ってのも一つの選択肢になるの。弱い人間ならなおさら。わたしはそうやって生きてきたの。友だちのように頭が良かったら、もっと運動神経が良かったら――そう考えた後、わたしはわたしなんだから仕方ないって思うの」
「……」
「そうやって駄目なことは諦めてきたんだよ。そう思えるようになったのだって時間が必要だったし。だから、もしわたしがいた世界がこの世界のようだったら、わたしだって魔物を生みだしていたかもしれない」
消される魔物――あれは、もしかしたら自分の感情だった可能性だってある。
そんな考えを持ってしまったため、ベルディータの言うことに頷くことが出来ない。
自分の感情を殺したくないと思うから。
「そう思ったら魔物のことを、危なかったら切って捨てればいい、って思えなくなっちゃったの。だからあのまま消したくなかったんだよ」
あの魔物を切り捨てるのは自分の心を捨てるのと同じような気がした。だから咄嗟に庇うように動いた。
さすがにあれだけの怪我をするとは思わなかったが。
「あんな大怪我して、治すのに力使って、心配かけさせて――悪いなあ、って思うけど、もう一度やり直しても同じことしそうだし。だからベルさんに約束はできないよ」
ごめんね、と軽く頭を押さえながら苦笑する。
その姿を見たベルディータは全くもって分からない、といった顔をした。
「百歩譲ってユウカがそういう気持ちを持っていたとしても、あれはユウカから生まれた魔物ではない。ユウカがそこまで気にする必要はないだろう」
「そう言っても……わたしも同じ気持ちを持ってるから割り切れないんだよ。ああいう風になったのはわたしだった可能性もあるんだもん」
「だからと言って――」
ベルディータはなかなか分かろうとしない。
彼にすると優花の劣等感など理解できないことは分かる。
分かるが、ここまで自分を貶めて話をしているのに、何でわかってくれないんだという理不尽な怒りを感じてきた。
(わたしだって、分かりきってることを口にしたいんじゃない!)
毛布を握りしめる力が自然と強まった。
「ベルさんには分からないよ!!」
「ユウカ?」
いきなり騒ぎ出した優花にベルディータが心配して近づく。手の届く範囲に入った所で優花はベルディータをたたき出した。
それに対して、ベルディータはどうしていいか分からず戸惑う。
「ベルさんは力もあって、何でも出来て、一人で生きていけて……だけど、わたしにはそんな力なんかないもん!」
「ユ、ユウカ?」
「頑張っても駄目なこと、諦めなきゃいけないこと、いっぱいあるんだよ!? そうしなきゃ……諦めなきゃ、前に進めないんだもん!」
心の片隅できっとベルディータを傷つけただろうと思ったけれど、止めることは出来なかった。
「自分の手でやりたかったことだってある。出来ないからって見てみないふりしたこともある。わたしはそうやって自分を守るためにいろいろ諦めてきたんだよ。ずっと、今まで。……そんなわたしの気持ち、ベルさんには分からないよ!」
ベルディータの体が硬直するのが分かる。
それにより、やっと自分が口にした言葉の意味を悟った。
「あ……ごめん、なさ……」
言い過ぎたと思い、優花は口を押さえて切れ切れに小さな声で言った。
どうしてこうなってしまうのか。ヴァレンティーネと話をして、やっと自分の気持ちに向き合おうとたのに、いきなり躓いて衝突してしまう。
ベルディータが心がこもってない声で「構わない」と呟く。
(どうしよう。ぜったい傷つけた……)
何か言わなければ、と思っていると、扉を叩く音がした。