第08話 影響力(5)

 優花にとって心臓に悪い朝食を終えた後は、ベルディータと別行動になった。
 ここぞとばかりに村長がベルディータを頼りにして、あれこれ相談を始めた。もちろん断ることは出来ないので、ベルディータは仕方なくそれに付き合う。
 優花も聞いたほうがいいのかと尋ねると、なんの権限も持たない弟子なので、どちらでも構わないと村長に言われた。
 こうなると分からない上、つまらない話を聞くのは辛いので、優花は喜んで辞退した。

「じゃあ、わたしは外で待ってます」
「そうですか。では申し訳ありませんが彼を少々お借りしますね」
「はい。どうぞどうぞ~」

 にこやかに対応する優花に、ベルディータの眉がかすかに上下する。
 けれど一緒にいるとまた何かしら詮索されそうなので、優花は逃げるように村長の家をあとにした。適当にぶらぶらしていると、エリナと昨日話しかけてきた子が近づいてくる。

「お姉ちゃーん」
「あ、エリナちゃん。それと……」
「あ、名前言ってなかったっけ? クロクスって言うんだ」
「クロクス君だね。わたしは優花。よろしくね」
「よろしく。というより、エリナのことありがとう」

 エリナが出られたことを自分のことのように喜ぶクロクスを見ると、二人はかなり仲がいいのだろう。
 年が離れているけど幼なじみか何かかな、と推測する。

「ううん。あれはベルさんのおかげ。わたしは何もしてないよ」
「でも乗り気じゃなかったあの人に、やる気にさせたのはユウカさんでしょ?」
「え?」
「だって、あの人そういう顔してたけど」

 よく見ていらっしゃることで――優花はクロクスの観察眼に驚いた。
 でもベルディータが嫌だったのは、本当のことを知っているからだ。エリナのような子がどうなるか、知っているから困ったのだろう。
 別にエリナのことを心配していないわけではないのだ。

「えーとね、それは誤解だよ。今回は上手くいったけど、こういう場合、上手くいくことが少ないみたいなの」
「そうなの?」
「う、うん。聞きかじりだから良く分からないけど。えと、一回魔物が出ちゃえばもうお終い、ってことが多いんだって。でもそれを証明することってすごく難しくて、他の人には納得してもらえないって」
「へぇ」

 この辺は嘘を言っていないぞ、と優花は頭の中で考えながらクロクスに説明した。
 本当なら魔物が出たとしても、その後はないってことを分かって欲しい。

「目に見えないものを信じるのって難しいでしょ? だからベルさんも上手く行くかどうか心配だったんだよ。下手をしたらエリナちゃんを更に追い詰めることになっちゃうから」
「そうなんだ」
「ベルさんは悪くないよ。だからそんな風に思わないで欲しいの」
「……分かった」

 少々納得できないのか、少し考えた後返事をする。
 優花も多少なりでも納得してくれたのならそれでいいと思う。全てを知ってそして理解するというのは無理がある。
 それに、優花のほうも全てを話していいものかどうか分からないので、一応でも納得してくれてほっとした。

「あたしはお兄ちゃんのおかげだって思ってるよ。だってお兄ちゃんがいなかったら、あたしどうなっていたかわからないもん」
「エリナちゃん……」
「まあ、確かにあの人がいたから、エリナも普通に暮らせるようになったけど……」
「でもね、あたし、やっぱりお姉ちゃんのほうが好きかなぁ?」
「へ!?」

 腕に抱きつかれて『好き』といきなり言われたので、優花はどうリアクションしていいのか分からず、昨夜に引き続き硬直した。
 抱きつかれたり、好きと言われるのに慣れないないからだ。

「あれ、ユウカさん?」
「お姉ちゃん?」

 固まった優花を心配そうに見上げるエリナ。
 それを見てやっと我に返る。

「あ、ごめんごめん。聞きなれない言葉を聞くと固まっちゃうんだよね」
「ユウカさん、あの人と付き合ってるんでしょ? あの人言ってくれないの?」
「えー? 昨日お兄ちゃんから言ってもらったんじゃないの?」
「ちょ……、二人とも……」

 クロクスのほうはあっさりと、エリナのほうは幼いながら夢見る乙女モードで尋ねる。
 やはり誤解大増殖中らしい。
 昨夜のアレを見られたのが一番の理由だろう。
 後でベルディータに文句を言わなければと決意するが、あれがなんなのか――それをこの年で理解しているのも優花にとってはショックだった。

「えっと、それは違う。ベルさんと付き合ってる……わけじゃないから」
「違うの?」
「昨日の話聞いたけど?」
「アレは……! とにかくまだ付き合ってないの!」
「えー、残念」
「なんだつまらない」
「二人とも……」

 初めての町でも確かベルディータの仲を詮索されたような気がする。
 その後も何回か。そして今回もかと思うと、優花は軽い眩暈を感じる。

「なんで、みんなそういう風に見るのよー!?」

 別にベルディータのことが嫌いでもないけど、周りから突かれるのは勘弁して欲しい。
 変に真面目な分、周りに言われるとベルディータをそういう目で見なければいけないような気になってしまう。
 好きだと思う気持ちは自分で決めたいのに、このままいくと流されてしまいそうで怖い。それでなくても、付き合っていないのにキスしてるんだから、十分流されている気がしてならないのに。

「だってお兄ちゃん、お姉ちゃんのこと、すごくやさしい目で見るんだもん」
「だよな。ユウカさんっていくつだっけ?」
「えと、十七……あと少ししたら十八になるのかな?」

 ここに来て半年。その少し前に十七になったのだから、まだ少し先なのか。どちらにせよ、こちらでの自分の誕生日が分からない以上、はっきりと答えられない。

「なにそれ?」
「あ、えと。ちょっと自分の誕生日がよく分からないもんで。あ、やっぱりまだ十七かな?」
「は? そういえば両親が亡くなって、あの人が引き取ってくれたんだっけ?」
「あー、うん」

 ごめんなさい。お父さん、お母さん――優花は思わず心の中で謝った。
 優花の両親は何事もなければまだ健在なはずだ。それを事情が事情とはいえ、死んでしまったことにするのに罪悪感を感じてしまうのだ。
 それにしてもクロクスの突っ込みはなかなか厳しく、優花はボロが出ないようにと焦ってしまう。

「お姉ちゃん……あたし、もっと年がちかいと思ってた」
「……俺も。俺と同い年くらいかなって」
「え? クロクス君いくつなの?」
「俺? 十四だけど」
「……年下!?」

 子ども二人に言われてガン、とショックを受ける。
 心の中では黄色人種と白人を一緒に見ちゃあいけない、と思うものの、毎回同じ反応をもらうとダメージは積もり積もっていくのだ。

「一応ユウカさんのほうが年上だとは思ってたけどさ。あの人がそういう目で見てるくらいだから。うん。それなりの年かなって思ったんだけど……まさか十七とは……」
「どうせチビで童顔だもん……」

 やはり何度言われても慣れないものは慣れない。少し拗ねながら、ぼそりとぼやいた。
 クロクスはそれを聞いて、慌てて話を少し逸らそうとする。

「まあ、さ。とりあえず両親云々はあまり突っ込まれたくなさそうだから置いとくけど。でも、ユウカさんももう十七なら、そろそろそういうこと考えたほうがいいんじゃないの?」
「え?」
「結婚とか。そこまで一気に考えられなくても、ある程度はさ」

 クロクスは気を利かせたつもりなのだろう。
 けれどその手の話はさらに落ち込ませる者だった。
 言葉に詰まり返事ができないでいると、クロクスはそのまま話し続ける。

「あの人がしっかりユウカさんのことをもらってくれればいいけど、途中で放り出されたらどーすんのさ?」
「それは……」
「ユウカさんにその気がないなら仕方ないけど、それなら本当に精霊術師を目指して独り立ちでもしないと」

 事情が事情だからそれはない、と思っている。
 少なくともこの世界をなんとかしたいと思っている分、魔物を消し終わるまでは離れることはないと思う。

「当分は大丈夫だと思うけど……」

 逆にそう思っているからベルディータのことを考えるのは後回しにしているというのもある。
 そうして後回しにしても、多分離れることはないだろうという甘えもある。
 そのことを自覚しているため、クロクスの言葉がちくちくと胸に刺さる。

「今は……やることがあるから……。だから、今はベルさんに応えられないんだよ」

 優花は少し困ったような笑みを浮かべて、クロクスを見る。
 言っていることは分かっているつもり。でもそれに対して答えは変わらない。
 器用な性格ではないので、恋をしたら自分のするべきことを忘れて、それだけを考えてしまいそうな気がして怖い。
 それに、言霊の誓約が効いているので、一線を越えてしまったらベルディータと同じ存在になってしまう。
 だから今は変えられない――と、もう一度自分に念押しした。

「ふーん。まあ、ユウカさんが何をしてるのか分からないけどさ。でもいい加減割り切ることも必要だ思うよ。ユウカさん、魔物と戦えるような器用さも頑丈さもないような気がするし」
「……うう……考えておく」

 三歳も年下の子に諭されながら、一応言いたいことが分かるので素直に頷いた。

「でも、あたしは今のほうがいいかな」
「え?」
「だってお兄ちゃんとくっ付いちゃったら、お姉ちゃん独り占めでしょ? あたし寂しいもん」
「えと……」

 数日で旅に出てしまう予定なので返事に困った。
 クロクスもエリナに対してどう言っていいか分からず、成り行きを見守っている。

「あのね……」
「分かってるよ。お姉ちゃんがいなくなっちゃうの。でも、ほんのちょっとでも、お兄ちゃんに独り占めされないで一緒にいたいの」
「エリナちゃん?」
「お姉ちゃんは、なんとなくお母さんに似てるから……」

 呟くように言うと、優花にぎゅっと抱きつく。
 クロクスが「ああ、そうかもな」というのを聞いて、優花は黙ってエリナの頭を撫でた。

 

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