夕食にはまだ間があるので、二人は部屋から出て村の中を散策を始める。
村の中は至って普通で特に問題はないように見えたが、どこか不安な雰囲気が優花には伝わってきた。
「最近、魔物の被害でもあったのかな?」
「さあな。未だに村全体がピリピリしているようだから、現在進行形なのかもな」
「あ、ベルさんもそう思う?」
「なんとなく、な」
村人の優花たちに対する態度は好意的だ。けれどその好意は、旅人を歓迎するというより、精霊術士に扮したベルディータのほうに視線が向いている。
それが意味するのは、たぶん精霊術士に頼みたいような何かが村にあるのだろう、と簡単に推測できた。
だが村長以下、村人は何もその話をしない。
「どうしてかな?」
「金の問題だろう。精霊術士に依頼する場合、それなりの報酬が必要になる」
「お金ってそんなにするの?」
「内容によっては小さな村で払いきれるものではないな。精霊術士も命をかける場合もあるのだから仕方ない」
「まあ、そうだよね」
「後はそこまで切羽詰まってないか――」
「どちらにせよ、言ってこないなら知らないふりをしたほうがいいかな?」
「そうだな」
二人が旅をしているのは、魔物を消すことだ。それは恐らく時間がかかることで、他のことに時間をかけている暇はない。
見捨てるといっては語弊があるけれど、自分たちで解決するべきことは自分たちでするべきなんだろうと思っている。
二人とも慈善事業のために旅をしているわけではないので、話をしてこない問題に対して自ら動く気はなかった。
「でも、こんな風に散策していたらその『問題』にぶつかったりしてねー」
冗談交じりで人差し指を立てながら言うと、ベルディータは苦笑する。
噂をすれば影ではないが、なんとなくありえそうな気がした。
「さすがに、そんなことはあるま――」
けれどベルディータが言いきる前に、子供たちが数人飛び出してきた。
子供たちは二人を取り囲むようにして、二人をその場から動けないようにした。その行動に二人は困惑してしまう。
「うわっ! な、なに!?」
「さあな」
子供たちは七歳くらいから十五歳くらいだろうか。それが四人駆けつけてきて、今は二人の周りで騒ぎ始める。
かなり年齢に幅があるが、この村の子供たちなんだろう。
「あ、あのっ! お兄さん精霊術士なんでしょう!?」
「だったら、お願いだから助けて!」
「おねがい、はなしをきいて!」
「エリナを助けてよ!」
背伸びをしながら口早に頼む子供たちを見て、二人は首を傾げた。
さすがに子供から話を聞くはめになるとは思わなかった。
「は?」
「どういうことだ?」
予想外の出来事で、ベルディータの口調も通常のものに戻ってしまっていた。
「あのね、この村に閉じ込められている子がいるの!」
「そうよ! あたしたちの友だちなのに!」
「みんなしてエリナにひどいことするのよ!」
一生懸命訴える子どもたちに、優花たちは気になって尋ねた。
「あの、閉じ込めてって……?」
「どういうことか詳しく話してくれないか?」
優花とベルディータはしゃがみ込んで子供たちの表情を見る。
とても嘘をついているような感じはない。反対に大人たちより切羽詰った感じがした。
その気持ちをほぐすように、優花は少しかがんで目線を合わせ優しい笑みを浮かべた。
「ゆっくり話してくれる? ちゃんと聞くから」
「本当!?」
「なら、ここじゃなくてもう少しいったところで話すよ。ここだと大人の人たちに聞かれそうだから……」
一番年上らしい男の子が低めの小さな声で言う。
二人が話を聞く気になったからか、冷静になったようだ。
「そうか、ではそちらに移動してゆっくり聞こう」
「付いてきて」
ベルディータはすでに口調を戻す気がないのか、優花と話すように子どもたちに語りかける。
子どもたちは気にすることなく、話を聞いてもらえるのが嬉しくて、こっちだよ、と二人を促した。
***
辿り着いたところは川沿いの原っぱだった。短い草が茂る程度のため、これなら誰が来たかすぐに見つけることが出来るだろう。
そして人が周囲にいないのを確認した後、子供たちは顔を見合わせる。その後、一番背の高い年長らしき子が代表として話を始めた。
「あのね、エリナっていう子が大人たちのせいで、ある場所に閉じ込められちゃってるんだ」
「ある場所?」
「もう少し先に行った所に石牢があるんだけど、その中に……」
「どうしてだ?」
いくらなんでも、理由なくそんなことをするとは思えない。
ベルディータは、まずそうなった理由を尋ねた。
年長の男の子が一瞬躊躇った後、それでも話をしなければ始まらないと思ったのか、真剣な表情になって話しだした。
「エリナのお母さんが少し前に亡くなったんだ」
「じゃあ、その子は……」
「お父さんのほうは昔、村から出ていってしまって、エリナはお母さんと二人きりだったんだけど、病気で倒れて……」
「そう……それでどうして閉じ込められることに?」
流行り病のようなものだったんだろうか、と優花は考えた。
歴史で習ったことだけど、医療が発達していない時は、流行り病をこれ以上酷くさせないように隔離したりしたはずだ。もしかしたら、その子も同じような理由で閉じ込められているのかもしれない――と考えられる。
けれど男の子が説明してくれた話はまるきり違ったものだった。
「それが……お母さんの遺体を埋葬する時に、村にいる医者にエリナが食ってかかったんだ」
「え?」
「エリナの家はお金がなかったから、少しの薬しか貰えなかったって聞いた。お金が足りないからって、病気を治すには足りない量しか貰えなかったって。だからエリナはそれで怒って……」
説明を続ける子供の話を聞いて、ベルディータが顔をしかめる。
それが分からずいると、ベルディータのほうが優花に対する説明を兼ねて、その子に尋ねた。
「それは可笑しいだろう。こういう村では互いに助け合うことになっている。薬代が払えないと言っても、普通は何とかしてくれるものだろう?」
「そうなの?」
「ああ」
小さな村は相互扶助で成り立っている。だから貧しい家も何かあっても誰かが助けてくれるし、助けてもらった分、相手に何かで返したりする。
そうしなければ、小さな村など成り立っていかないからだ。
簡単な説明を受けて、優花はそれならどうして薬をもらえなかったのか納得できなくなった。
「この村の出じゃないからさ、あの医者は……。だから金のことしか考えないんだ! エリナの家が薬代を払えないと知った時、あいつは薬をくれなかったんだよ!」
「そうだよ! 本当なら助かるはずの病だったのに!」
「そうよ、だからエリナは一人になっちゃって……エリナはまだ九歳なのに……」
子供たちの話を聞いて、それは問題だな、とベルディータが呟く。
優花もその医者に対して腹が立った。薬があったら助かったという一言が、更にその怒りを増長させる。
けれどベルディータのほうは冷静で、感情に流されることなく淡々とした口調で男の子に尋ねた。
「だが、それだけでは、石牢に閉じ込められるようなことにはならないはずだろう?」
「あ、そうか。どうしてか聞いていい?」
「うん。実は……」
少し言いにくそうに考えた後、男の子は意を決したような表情で話しだす。
「実は、エリナが医者に文句を言った時に、魔物が出てきて――」
それでも最後のほうは弱々しくなり、最後には俯いてしまう。
それにしても、魔物が出てきたってどこから? という感じだ。
いきなり現れたというが、魔物にそんな能力はない。そこまで近づくのに誰か気づくはずだ。
これだけでは良く分からないため、もう一度男の子に尋ねた。
「ねえ、魔物がいきなり出てきたの? どうして誰も気づかなかったの?」
「魔物が……エリナの中から出てきたんだ」
「そうなんだよ! だからみんなエリナが魔物を呼んだんだって! エリナのことを怖がって閉じ込めちゃったんだよ!!」
叫ぶように言う子供たちの話を聞いて、ベルディータが小さなため息を一つ吐いた。
「ベルさん?」
「いや、たまにあるのだ。前に負の感情が一定以上たまった時に魔物は生まれるのだが……」
「うん」
「本来ならその感情が本人から切り離されて、術式の影響を受けるまで時間がかかる。だから人から離れたところで魔物として形作られるのだが、感情が強すぎるとその場で魔物が形作られることがあるのだ」
「……じゃあ、今回はそれなの?」
「おそらく。あまりに怒りの感情が激しかったのだろう」
ベルディータが苦々しい表情を浮かべる。同じく優花も眉をひそめた。
普段なら魔物は知らない所で生まれるため、人から生まれるということに直面しなくても済む。
けれど今回のような場合は――自分の感情の醜さを目の当たりにするのと、そして他の人に誤解を与えてしまう。皆、その人が魔物を生み出したように思うだとベルディータは言った。
そして恐れるのだ。魔物も、それを生み出した人も。
周囲への影響力を考えると、なかなか難しい問題だと思った。