第07話 はじめての町(1)

 宮から一番近い町は、トゥーレという名の町だ。
 トゥーレと宮を繋ぐ道の左右には森が広がっている。その中にも魔物がいそうだったが、優花はこの世界の人たちがどんな風に生活しているのか知りたかったため、森の中を歩くのはやめた。
 町へと向かう道を二人で歩いていると、宮に向かう人たちとすれ違う。
 彼らは二人のことを宮に訪れた帰りだと思い、「帰りも良い旅を」と口にする。
 彼らにすると、宮を訪れ神に会い、言葉を賜るというのはこの上なく嬉しいことなのだとベルディータは説明した。

「うう、でもわたしの言葉なんかありがたくもないよ」
「そういうが、まあ験担げんかつぎのようなものだ。特にヴァレンティーネの力が衰えてからはな」
「験担ぎ……」

 直接願いを叶えているわけではないので、神社に行ってお参り程度なのかもしれない。
 けど、その言葉を送らなければならなかった優花にすると、験担ぎだと言われても逃げたくなるようなものだった。
 そんな優花の表情を見て、ベルディータが軽く笑う。

キトここでは神が一番で、それ以外に魔物を退治できる精霊術士、剣士などが必要とされるからな」
「なるほど。じゃあ、町についたらベルさんに魔物退治なんかの話が来るかな?」
「かもしれんな」
「じゃあ、それを利用するのも手だよね。自分たちだけで探すんじゃ大変だし」
「そうだな。確かにそういう手もある」

 昨夜のようにベルディータに探してもらうのも手だったが、自分で決めたことだからあまり頼りたくないと思う。
 もちろん彼のことを信用していないわけではない。性格的なものだ。

「それにしてもよく他の世界のために頑張ろうとするな」
「ん?」
「ユウカはこの世界の人間ではないだろうに、よく頑張ろうとするな、と」
「あー、それは……やっぱりある程度いるとこの世界に慣れてくるのもあるし。後は……そうだねー、後はわたしの中にいるっていうヴァレンティーネさんのせいだったりして」
「ヴァレンティーネの?」
「ヴァレンティーネさんのこの世界を守りたいっていう想いに、ある程度影響されるのかなーって思っただけ」

 彼の強い願いは、もしかしたら自分に影響を多少なりとも与えているのかもしれない。
 でなければ、こんな風に別の世界のことをしっかりと考えないだろう。
 実際もといた世界のことも真剣に考えたことなんかなかったから、やっぱり影響されている可能性は高い。

「それは悪かったな」
「んーまあ、別に自分に出来ることを探してやっていけばいいし。ええと、昨日言われたけど、後ろ向きに頑張ろうかなーと」
「後ろ向きに頑張るとはどういう意味だ?」
「えーとね、まずはここに連れてこられて帰れないってのがあるでしょ?」
「ああ」
「そうしたら、ここでどうやって生きるかを考えないといけないよね? わたしには神様って立場があったけど、性に合わないし、何よりぜったい無理だし」

 と、ベルディータに向かって語りだす。
 優花曰く、『後ろ向きに頑張る』という内容はこんな感じだ。
 元の世界に帰れないから始まって、ならどうやって生きていくか――神様はしたくない。偶然だけど、魔物を消す方法を見つけた。
 どちらを取るか天秤にかけるなら、魔物をなんとかするほうが精神的に楽――というように自分にとって楽なほうを取っただけだと話す。

「と、まあそんな感じで」
「……そうは見えないがな。世界中を歩き回って魔物を探すほうが大変そうに見える」
「そっかな。神様をしているよりは自由でいいと思うんだけどなー」
「ユウカの思考はどこかおかし……ん?」

 会話中に森のほうからガサっと音がする。その後はベルディータと同じくらいの、これまた毛むくじゃらの魔物が突如現れた。
 人間のように二足立ちで、全身白い毛に覆われている。顔は鼻先が尖っていて、犬――まるで獣人のようだった。

(うーん……この世界の魔物って毛むくじゃらが多い?)

 目つきは鋭いけれど、そこに敵意は見られないせいか、優花はのんびりとそんなことを考えた。
 そのあと、魔物に手を振っておいでおいでをする。
 初めて魔物を見たとき、その容貌に驚いたけれど、今は敵意というのものを感じないため怖いとは思わなかった。
 魔物は大人しく優花の側に近づく。やはり敵意は感じない。そのせいか大胆になる。がばっと魔物に抱きつき、そのまま愚痴をこぼしはじめた。

「聞いてよー。ベルさんってば人のこと可笑しいって言うんだよー」
「おい……」
「酷いよねー。本人を前にしてよく言うよって思わない?」
「……どうでもいいが、魔物相手に愚痴を吐くユウカは、やはり可笑しいと思うぞ」
「ひどっ!」

 短く叫ぶ優花に、魔物は「グルルゥ?」と小さく呻く。どうやらこんな風に抱きつかれて戸惑いを感じているようだ。
「やっぱり酷いよね~」と言うと、またもや「グルゥ……」と呻く。
 けれども優花を突き飛ばすようなことはないし、戸惑いながらも拒絶はしない。

「うーん、魔物のほうが優しい」
「おい……」
「だって……ねぇ。そう思わない?」
「こら、魔物に同意を求めるな」

 呆れ顔のベルディータ。
 優花のほうは何とでも、といった感じだ。
 魔物はというと、いきなり片手を上げる。その仕草にベルディータが身構えるが、悪意を感じないため優花は動かなかった。
 そして、頭上まで上げられた手はそのまま優花の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。どうやら慰めてくれているらしい。

「あれ、慰めてもらっちゃった?」
「『慰めてもらっちゃった?』ではないだろう」
「いいじゃない!」

 魔物というのが存在してから、こんなやり取りをした人間は初めてだろう。心底呆れたベルディータの表情を見ていれば分かる。
 でも特に問題はないからそれでよしと思う。
 それよりも元の世界のファンタジー小説などから得た『魔物』に関する知識から、どんどん外れていっていると思うが。

「本当にいい子だよね~。ありがとう」
「おい」
「ほんっとベルさんとは大違い……って、あれ? あれ?」

 魔物は欲しい言葉を貰ったのか、その輪郭が薄れていく。
 完全に消え去ると、腕を輪にしたままの優花が残った。

「消えたな」
「えー!? もうちょっとあのふさふさ感を味わいたかったのに~」
「そう言うのはユウカくらいだ」
「うう、やっぱりベルさん意地悪。いいもん、次の魔物を探すから」
「そういう理由で探すのか?」
「あのふさふさ感が気持ち良かった」

 手を握り締める優花に、ベルディータは深いため息ついた。

「…………はあ。……やはり何か違う」

 どこかずれた会話を交わしつつ、それでも町に向けて歩き始めた。お昼頃には町について、ご飯を食べないとお腹がすいてしまう。
 それに、二人はこの世界の普通の生活に関して知識が乏しいため、トゥーレである程度情報を仕入れなければならないだろう。

(まあ、北の森でずーっと魔王をやっていたのと、別の世界から来たのだからなあ。とりあえず目立たないようにしながら生活知識を身につけないと)

 今頃になってとんでもない組み合わせだと改めて気づく。
 元の世界の幼なじみにこの話をしたらどう思うだろうか、などと考えて、優花はくすっと笑った。

「どうした?」
「あ、うん、幼馴染のことなんだけどね。わたしがヴァレンティーネさんから“助けて”って声を聞いたって話をした時、面白がってたんだよね」
「何をだ?」
「それって異世界に連れてかれるのかって。もしそうなら自分も連れてってくれって。ゲームとか好きだったから、そういうのに興味あったみたいで――」

 今この状況なら喜んで『勇者』をやりそうだ。
 ただ、裏事情を知ったのなら、『勇者』をする気にはなれないだろうが。

「ほう」
「でも、たいていお話やゲームだと魔王を倒しておしまいになるでしょ。だから、魔王だって言われているベルさんと一緒に旅をするって聞いたらどう思うかな、って」

 もし一緒にこの世界に来て、この世界の本当のことを知ったらどんな顔をするだろう?
 そう思うと、幼馴染に見せてあげたい気がしたが、優花にはそんな力はないので残念に思う。

「多分すっごく驚くだろうね」

 にこにこと他意のない笑顔をベルディータに向ける。
 普通なら倒されるべき魔王であるベルディータは、苦笑しながら「さぞかし驚くだろうな」と呟いた。

 

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