戸惑っていた表情は次第にしっかりとした意思を持ち、ベルディータを見つめる。
知りたいという気持ちから、優花は積極的になっていた。
「違う。年齢でいえばヴァレンティーネが一番若い。といっても、私とほとんど大差ないがな」
「え? そうなの?」
「ああ、私とヴァレンティーネはイクシオンには珍しい双子だった」
「双子……」
その前の説明で第一子とか第二子とか、そういった話ばかりだったため、ベルディータとヴァレンティーネが双子という関係は一切浮かび上がらなかった。
(あれ? でも双子の場合、力の継承ってどうなるんだろう? ベルさんもヴァレンティーネさんも力があるってことだよね。でも、無理をしなければ、って付くくらいだから、ヴァレンティーネさんのほうが弱いのかな? ってことはベルさんがお兄さん? え? ならベルさんっていったい何やってんのぉ?)
いろいろ考えてはみるけれど、優花の頭はその答えを導き出せるほど性能よくできていない。考えれば考えるほど、優花の脳内にクエスチョンマークの数が増し乱舞する。
ぐるぐる思考をめぐらせた後、ベルディータのほうを見ると、彼は優花の顔を見て面白そうに笑っていた。
「ベルさん……わたしの様子見て笑ってるね?」
「くっ……済まない。あまりに真剣にいろいろ考えているものだから、口を挟めなかっただけだ」
「嘘ばっかり!」
「本当だ。それにしてもユウカは真面目な性格だな。あと、自分で考えるということを知っている」
「仕方ないじゃない。わたし、あんまり頭良くないもん。自分で考えてから納得して飲み込まないと、きちんと情報を消化できないの。そうしなければ覚えてられないんだもん」
おかげで学校の勉強も、ここに来てからの神様としての勉強も、中の中という成績だった。
ただし、きちんと理解して覚えたことは結構覚えている。だからこうして頑張って話の内容を整理しつつ聞いているのだ。
「いや、それはいいことだろう」
「どう見ても今の状況は、ベルさんに遊ばれているだけに思えるんだけど」
「気のせいだ。続けるぞ」
一方的に会話を締め切られて優花は納得いかなかったが、それ以上に知りたい気持ちのほうが大きいため、なんとかその怒りを抑えた。
それにしても、もしかしてこれは全部精神的によろしくない夢とか、もしくは我慢大会――精神的なもの――にでも出ているんじゃないかと勘ぐりたくなる。
そう思ってしまうほど、今日一日で知る事実に、自分の頭と心臓は持つだろうかと思える話ばかり。
「ユウカが不思議に思うのも仕方ないだろう。イクシオンでは双子は珍しい。先ほどの力の継承の問題も含め、子は一人で生まれる可能性が高い。全くないわけではないが、人よりも双子などが生まれる可能性が限りなく低いのは確かだ」
「そうなんだ。じゃあベルさん達ってすごく珍しい存在だったんだね」
他意もなく呟く。
が、まじまじとベルディータを見ながらだったせいか、ベルディータのほうから視線を逸らし、そして次へと急かすように話し始める。
「とにかく、ヴァレンティーネと私は双子として生まれた。私のほうがどうやら兄――第一子になるらしく、力は私のほうが大きいようだった」
「ベルさんのほうが強い?」
「一応な」
ちょっと待って、それじゃあ順番が違うのでは? と素直に感じる。
どう考えても力も強く兄であるベルディータが『神』をやったほうが向いている。
それにベルディータの場合、この威圧感から気軽な頼みごとなど引き受けない気もして。
「なら、なんでベルさんが神様やらないの?」
「私には私のやるべきことがある。それに弟――第二子とはいえ、双子であること。そして、オルクスは一族の長を務める家系のため同族婚が許されていた。そのため私のほうが強いというだけで、ヴァレンティーネは普通に力を持っていたぞ」
「え? 力があった? 一族の長? やるべきこと?」
聞けば聞くほど疑問点が浮かび上がるのは仕方ないかもしれない。
ベルディータは端的にしか説明してくれず、優花はその度にわけが分からなくなっていく気がする。
全てを知るには、ベルディータの語る過去を待たなければならないようだ。
彼が端的に語るのは優花の性格を見抜いて、優花が消化できるように少しずつ情報を小出しにしているせいだが、それでももどかしさを感じる。
「話が戻るが、先ほど言った術式だが、暴走を止めるのに一族の残りのものが解除にあたった。でなければこの世界は荒れ狂い滅ぶしかなかったからだ」
「……」
「当時イクシオンは百二名いたが、五十三名が術式の犠牲になった。残った四十九名のうち、成人していた四十六名のものが解除に命を費やしたのだ」
「そんなに……?」
「代償に使われた命の数が多すぎる。解除するにはそれ相応の代償が必要だということだ。数だけで考えれば、解除にあたった者の数のほうが少ない」
なるべく感情を交えずに、淡々とベルディータは語る。
「そして最後に……ベルさんとヴァレンティーネさんとファーディナンドさんが残った、の?」
優花はその話を聞いて、犠牲になった数を数えると、最後に三名が残ることになる。
それがベルディータ、ヴァレンティーネ、ファーディナンドの三人なのだろう。
残った彼らはこの世界のために動いたに違いない。
「私たちはまだ一族の中で成人していなかったため、術式解除から外されたのだ。だが、問題の術式のほうは暴走を止めただけで、未だ残っている状態だ」
「え? 解除できたんじゃないの?」
「出来なかった」
ベルディータは苦々しい表情で頭を横に振った。
それだけの人数と力を費やしたのに、未だに残っているとは。
信じられない表情で、優花はベルディータを見た。
「私達は精霊術など使わずとも力は使えたため、人の編み出した精霊術に詳しくない。術式を組み上げた者たちも術に飲み込まれた後だったし、解除のために使ったイクシオンの力と混ざり合い、暴走は抑えられたものの、複雑なものとして核となるものが出来た」
「うわ……。で、まだそれが残ってる、と?」
そろそろと窺うように尋ねると、ベルディータは静かに頷いた。
それを見て、やっと優花にも話が見えてきた気がした。
複雑になった術式。暴走はしないけれど、残ってしまったそれは、たぶん人々の心に影響するに違いない。不安や怒り、悲しみなどで魔物を生み出すような形に変化した。
そして、それを知っているから、彼らは『神』を身近なものとして人々に光を与えた。この世界が不安に陥らないように。術式がまた暴走しないように。
「――そうなんでしょう?」
自分が考えたことを口にすると、ベルディータはまた静かに頷いた。
「三人で話し合った結果、ヴァレンティーネを神に、そしてその補佐にファーディナンドを置くことにした。ヴァレンティーネもオルクスの家系。そしてファーディナンドはオルクスを支えるニクスの家系――それがあったため、ファーディナンドのほうが年長だったのだが、ヴァレンティーネの上に立つことは出来ない、と」
ベルディータの説明に三人の家や力関係が分かるが、それを気にしている時ではないと思う。
「ファーディナンドさん、立場を気にしている時じゃあ……」
「それに、あれにすると、人のために祈るなどしたくはなかったらしい」
「昔らからああなんだ。……と、そういえば、ベルさんは?」
やっぱりファーディナンドらしい、と思いつつ、ベルディータは何をやっているのか気になった。
身分(?)や力でいけば、一族の長の第一子になる彼が立つのに相応しいだろう。
「私は北の森にある残りの術式の解除にあたっている」
「そう、なんだ。でも、まだ終わってない……んだよね? 魔物がいるんだし」
「ああ。核はともかく、周囲の術式の変換が早すぎる」
「周囲の術式?」
「核を守るかのように周囲に幾重もの術式が絡み付いている。その術式が魔物を生み出すものだと分かっているが、その術式が少しずつ変化していくのだ」
ベルディータは少し苛立った感じで語った。
力の核と呼べるべきものを守るかのように存在する周囲の術式。
これは核を守るためなのか核を飛散させないためなのかまでは不明だが、その周囲の術式が人々の負の感情から魔物を生み出す。
「どうやら周囲の術式は人々の負の感情を利用して成り立っているらしいのだが、それが人々には魔物――恐るべきものだと映るらしい」
「うーん……見たくないもの……だから?」
負の感情からなるとなれば、自分の嫌な面を見ている気持ちになるのだろうか。
昼間出会った魔物は優花が魔物だと思わなかったこともあり、怖いとか嫌だとかまったく感じなかった。
魔物に対する見方で違うのかもしれない、と優花は口元に手を当てて考え込む。
「核は周囲の術式の隙間から見えるのだが、あれは純粋に力のように見える」
「力?」
「そうだ。ただし、嫌な感じはするがな」
「えと……嫌な力?」
「本来それも可笑しな話なんだ。力は力でしかない。それなのに核に悪しきものを感じる」
「そう言われても……力って色々あるんじゃないの?」
昼間ベルディータから聞いた精霊術も傷を癒したりするものから、攻撃的なものまである。
「それは、あくまで使う側の話だろう」
「使う側?」
「そうだ。使うものによって力はどうにでもなる」
「そう言われても」
力のない優花には理解できない。
ベルディータはため息をつく。
「そうだな、ここに一つの力があるとするだろう」
ベルディータはそう言って、手のひらに微かに輝くものを見せた。
「うん。……って、これって力なの?」
「そうだ。今は光っているだけだ。何もしていない。だが、これを使って攻撃しようと思えば相手に傷を負わせることが出来るし、逆に――」
ベルディータはここでいったん言葉を切ると、寝台の横にある机の上に飾られた花を一輪手に取る。花はまだ五分咲きのもので、それに先ほどの光を当てると、その花は手品を見ているかのように一瞬で花開いた。
「うわっ」
「力は使い方しだいで変わる。だから先ほど言ったように、核が残った力のみなら、悪しきものを感じるのが可笑しいのだ」
「なるほど」
力は純粋に力でしかない。
あくまで使う側の問題なのだということが、やっと分かった優花だった。