第04話 長い夜(4)

「そして、人々からは神と崇められてきた一族の名でもある」

 やっぱり、と思う。この辺は優花の推測どおりだった。
 けれど、今のイクシオン一族は二人しかいない。ベルディータとファーディナンドのみ。

「どうしてその一族が、今は二人しかいなくなったの?」
「それはこれから話そう。まず話は千年以上昔に遡るのだが……」
「千年以上……」

 思ったより長い話だ。長命の一族なんだから、千年単位で生きても可笑しくはないか、と考えを改めなおす。
 と同時にベルディータが一体いくつなのかという疑問も湧いた。

「あ、質問。ベルさんっていくつなの?」
「忘れた」
「は?」
「数えるのも馬鹿らしくなるほど――とだけ言っておこう」
「はあ」

 さすが長寿、としか言いようがない。
 優花にすればまだ年齢を、誕生日を気にする年なのに。

「話を戻すが、キトでは人が大多数を占めていたが、千年以上前はまだ精霊術も確立されていない状態だった」
「精霊術が……ない?」
「ああ、私たちが居たからな。私たちは長命と力が使えるということから、人々には神と崇められた存在。まあ、神と言われても、一族は各地に散らばって人々の生活に密着していたため、お互い身近な存在だった」

 神様が身近というのはあまり意外な話ではなかった。ここに来て人に直接会っているからかもしれない。元の世界で神様と比較すると、あまりに身近すぎると思う。
 その後もベルディータの話は続いた。
 流れに沿うと、力を使えない人たちは、イクシオンの一族を何かと頼りにしていたという。身近にいることもあり、相談役だったり、祭司であったりと、かなり幅広い役を担っていたらしい。
 そういう意味では今の『神様』も同じようなことをしていると思った。

「とはいえ、私たちはあまりに長寿すぎるため、人とは違い出生率が低いのが問題だった」
「あー……まあそうでしょうね。というか、人と同じくらいの速度だったらベルさんたち一族で埋まっちゃうよ」
「確かにな」

 優花の言葉に笑いながら、ベルディータの説明は続く。
 彼らの力は第一子が継承してしまうため、第二子からはほとんど力を持たないで生まれてくる。
 第一子は両親から両方の力を継承してしまい、第二子以降は力が半減してしまうという。
 これが長命による出生率の低さから来るものらしい。
 必ず力を次代へ繋ぐために、第一子に力の大半を与える仕組みになっているという。
 だが、これだと一族同士で結ばれるた場合、子孫に行くほど力は強くなるが、一族の人口は減少の一途を辿り、最後には一族そのものがなくなってしまう可能性が高い。
 それを回避するために出来たのが人と『婚姻』という形で、大きくなった力を伴侶に分け与え、一族の数を維持することだったという。

「なるほど。で、ファーディナンドさんはたまたまだけど、ベルさんがわたしに興味を持ったのを利用して、『婚姻』で力をもらって来いっていうことだったんだね」
「まあ、そういうことになるな」
「理屈は分かったけど、だったら最初からきちんと説明してよー! わたし、まだ誰とも付き合ったことなんてないのに! なんでいきなり婚姻そんなことになっちゃうのよーっ!!」

 冗談じゃない! とばかりに優花は叫んだ。
 なんでそんなに一足飛びに飛べるのだと、優花は信じられない心境だ。

「それは済まなかったな。私がユウカに興味を持ったのが、ファーディナンドにすれば意外だったらしい。それよりもこれ幸いと思ったのだろう。そそくさとこの場をお膳立てしてくれたぞ」
「平然と言わないで! ベルさんも少しは否定してよ!!」

 涼しげな表情でさらりと言うベルディータに優花は両腕を上げて抗議する。
 それと同時に、そんな長命の一族なのに、その日会ったばかりの人をよく伴侶に選ぶ気になるものだと、もはや呆れ果てるしかない。

「そうは言うが、あれでもこの世界のことを憂慮しているためだろう。このまま行けば、数百年後にはこの世界は滅びてしまうだろうからな」
「……え? ど、どうして……?」

 何故ベルディータが伴侶を得ないことでこの世界が滅びるのか――優花には理解できなかった。
 信じられない、といった表情でベルディータを見つめると、彼は悲しい笑みを浮かべた。

「ベルさん?」
「どうしてそうなるのか――それを話す前に、順序良く千年前の話をしよう」

 ベルディータは問う優花を止めて、また語り始める。
 今から千年ほど前に、人が彼らと同じように、力を使えるようにと編み出された精霊術。
 最初の頃は試行錯誤を重ね、人が自分たちの役に立つような術を作り上げていった。
 それは、たとえば火の精霊の力を借りて明かりを灯すものだったり、地下に流れる水脈を探り、井戸を作るためなど、様々な面で人々の役に立つようなものだった。
 それに人の研究の進歩は目まぐるしく、すぐに生活水準は上がった。
 イクシオンの者たちも小さなことまで頼まれることはなくなり、楽になったと思っていた。
 けれど、それによりイクシオンと人との間に溝ができてしまったという。人でも力を使えるということで、イクシオンを『神』とみなさない者たちが出てきたからだった。
 そして一部の人間は暮らしが良くなっただけでは足りず、更に力を求める術を編み出し始めた。

「精霊術が編み出されてから百年くらい経った頃だと思う。その頃にはすでに私達は彼らとあまり関わることなく、数名のものを除いて、北の森と呼ばれるところで一族のみで生活していた」
「そんなに人と離れちゃってたの?」

 世界の移り変わりを思えば、百年という歳月はものすごく短いだろう。
 けれど人の探究心とは凄いもので、聖霊術はものすごい速さで進化を遂げたらしい。そのため、その短期間で二つの種族は決別されてしまったという。

「そうだ。以前のように交流があれば、その異変に気づいたのかもしれない。けれど、その時はイクシオンと人は距離が離れていて、私達は人々の異変に気づかなかった……」
「な、何があったの?」
「力――精霊術とは精霊を使うことが出来る代わりに、何かしら引き換えるものが必要だ」
「は?」

 異変と力とどういう関係なのか、優花には分からず、ベルディータの話についていけない。
 つい間抜けな顔になってしまうのも仕方ないだろう。
 その顔を見て、ベルディータの真剣な表情が少しだけ崩れる。

「ベルさん……笑ってないで説明してよ」
「悪かった。ただ、何もないところに何かを生み出すことは出来ない、ということを先に知ってほしかった」
「ああ、なるほど。ええと……等価交換、みたいなもん?」
「そんなものだ。より強い力を求めるなら、それ相応の代償が必要だ。そして、人間はそれを我々に求めた」

(代償が必要? ベルさんたちに求める? 何、を……?)

 自然にこくんと喉が鳴った。
 そんなの決まってる。
 より大きな力を求めるなら、それを使うことのできるイクシオンの一族の命しかない。

「もしかして……ベルさんたちの一族が、今、二人しかいないのって……」
「ユウカの考えているとおりだ」
「……っ」
「力を求めるのに夢中になった一部の人間は、もともと力を持っている我々を代償にすることを前提に一つの術式を組み立てた。不幸なことに、長命な分、真名を知られていたのが悪かった。代償に使われた命は五十三……」
「……っ、なんでっ! なんでそんなに力を欲しがるの!?」

 大きな力があったとしても、使えこなせなければ意味ないものだ。
 また何のために必要なのかの明確な意思もないまま、何故それほどの命を代償にしてまで力を欲っするのか――優花には信じられなかった。
 思わずベルディータが話している途中で叫んでしまう。

「無いものを欲しがるのは人のさがだろう」
「それはっ!」
「私にしてみればユウカの考え方のほうが珍しい」
「だって……だって、そんなこと間違ってるよ!?」

 それは何かを犠牲に、しかも命を犠牲にしてまで欲しいものなのか。
 それほどの大きな力をいったい何に使おうと思ったのか。
 どちらにしろ、他人の命を代償にしてまでしていいことではない。

「そう思える者たちなら問題なかったんだろう。当時も現状で満足している者のほうが多数だった。それは、本当にごく少数の者達によって、密かに術式は組み立てられたらしい」
「……」
「ただし、大きすぎて制御できるわけがなかったが、な」

 優花にはその辺も想像できる気がした。
 たった一人でも神として存在できるイクシオンの者。それら五十三人もの命を使った術など、何の力も持たない人間がどうして制御できると考えられるだろう。
 結果を聞くのは恐ろしかったけれど、それでも優花はベルディータに尋ねた。

「それで……どうなったの?」
「作り出した術式は一族の命を飲み込んで暴走をはじめた。もちろん術式を編み出した術者も同じく……」

 ベルディータはそこまで語ると目を閉じる。
 優花にはそれが、過去を振り返り、悲しんでいる姿に見えた。
 ベルディータの語る異世界キトの過去は、優花にとって信じられないものだった。
 それでも現在の状況を考えると、彼が嘘をついているとは思えない。いや、彼の言うことが正しいのだろう。
 たぶん『人』である優花に、ファーディナンドは真実を話していいものかどうか迷ったのかもしれない。
 また、人である優花を神にすること自体反対だったのかもしれない。だから都合よく使おうと考えたのかもしれない。
 すべて憶測だったけれど、優花はその憶測に悲しくなった。
 けれど、過去に『人』が犯した過ちを考えるなら、それは仕方ないのかもしれないとも思う。

「そっか、そんなことがあったんだね。だからファーディナンドさんって人嫌いだし、わたしに期待するのも『神としてそれらしく振舞うこと』だったんだ」
「ユウカには悪いがそうだろう。あれはかなり人嫌いだし、ヴァレンティーネの死も神として力を使い続けた結果だと思っている。無理をしなければ、まだ生きられただろう――と」

 無理をしなければまだ生きられた――ということは、ヴァレンティーネはファーディナンドより長寿だったのだろうか。
 優花の中に疑問が浮かび上がる。

「ねえ、前の神様――ヴァレンティーネさんって高齢だったの?」

 助けてといった声は少し高めの男性の声。声だけで判断すれば若いといえるような声だった。
 でも、無理をしなければ生きられた――ということから、高齢だったのかと判断したのだが。

「いや」
「違うの?」

 静かに首を横に振るベルディータを見て、優花は意外だと思った。
 なら病弱だったのだろうか。どちらにしろ、優花はこの世界に関してかなり偏った知識しか与えられていなかったようだ、と今更ながらに感じた。
 そして、初めて自分から必要なことはすべて知りたくなった。

 

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