「さんざん愚痴言ってごめんなさい。ベルさんが嫌じゃなかったら、わたしに力をください」
他に方法はない。帰る手立ても、力のないままこの宮で生きていくのも辛い。
それに魔物を殺すのも嫌だ。それなら力をもらって、少しでも人の役に立ったほうが少しはマシだった。
「いいのか?」
「いいも悪いもどっちかしかないんでしょ? どっちのほうが良くなるかって考えたら、やっぱり力をもらうほうが誰かのためになるのかなぁって」
優花は真剣な表情でベルディータを見ると、彼は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「分かった。我が名に誓って、ユウカに力を与えよう」
優花はベルディータから了承を得られて、少しほっとする。
先ほどまではくれる気だったらしいが、優花が愚痴をこぼしたため、気が変わっていないか少し心配だった。
「ベルさん、ありがとう」
「いや。こちらのせいでもあるからな」
「んで、どうすればいいの?」
「力の継承だが、まず言霊による誓約を行う。これは古い言葉だから意味が分からないだろうな」
「はあ」
力をもらうのだから仰々しいのは分かる。
でも神妙な顔で古い言葉だのなんだのと言われると、妙にこれからすごいことになるんだ、と実感する。
「私が『*********』と言ったら、自分の名と、『######』と答えて欲しい」
「ええと……『######』?」
「そうだ。多少発音に問題あるが大丈夫だろう。だが、自分の名はきちんと発音して欲しい。ユウカの名には意味があるのだろう?」
「あ、うん。分かった。『優花』だね」
「そうだ。ああ、フルネームでな」
「じゃあ、佐藤優花? 優花=佐藤?」
ベルディータは優花の名を正確に発音できないようで、短く後者のほうだと言った。
優花はそれに頷く。
「では始めよう」
「うん」
他に方法がないなら仕方ない――と諦める。
それよりも力を持つことによって変わらないことを祈りつつ、ベルディータの言葉に従う。
「XXXXXX XXXXXXXX XXXXXXXXX XXX XXXXXXX」
ベルディータの口から理解できない言葉が紡がれる。
「XXXXX X XXXXXXXXXX XXXXXX ベルディータ=オルクス=イクシオン。XXXX XXXXXX *********?」
(――来た!)
「######。優花=佐藤」
優花は深呼吸してから、努めて冷静にベルディータに答えるように言葉を紡いだ。
そのあとベルディータの手が額に触れて、そこから熱を感じる。
「なに?」
前髪をかき分けられて間近にベルディータの顔がある。
優花は恥ずかしく思いながら、見上げるようにして尋ねた。
「もとは根付いたようだな。やはり素質があるのか――」
「は?」
「力を受け取るに相応しい者かどうかの判断にもなるのだが……見てみるがいい。額に『印』が刻まれただろう」
優花の目の前にベルディータが手を翳すと、微かに輝く球体が現れて、そこに優花の顔が映る。
よく見ると、ベルディータの言うように、額には薄い朱色で不思議な形の紋様が刻まれていた。
「何これ?」
「しいて言えば、私の家系の印だな」
「えと、家紋……みたいなもの?」
「そうだ。この場合は『オルクス』だな」
「え? 『イクシオン』じゃないの?」
「違う。それは一族の名だ」
「は? 一族? でも、なんでベルさんの家の家紋が?」
「……本当に、ファーディナンドに聞いていなかったのか?」
「な、何を?」
ファーディナンドには、何がなんでも力をもらってこいとしか言われていない。考えてみれば、どうやって力を得るのかという説明をしてもらっていなかった。
なんとなく嫌な予感があふれ出して、背筋に冷たいものが走る。
力の継承に必要な言霊。
何を言っているか分からないけれど、ベルディータの言うことに対して自分の名で了承したような気がする。
それにベルディータは何度もそれでいいのかと聞きなおしていた。優花の意思を優先というより、確認に近いようだった。
これまでの流れを総合的に考えると、そういう経験がない優花でもなんとなく分かってきて――震える声で、優花は手を上げながら「し、質問してもいい……?」と小さな声を出した。
「なんだ?」
「もしかして……力の継承って結婚とかみたいなのして、ベルさんの一族の仲間入り――ってことしなければ、もらえないものってこと……かな?」
「そうだ」
「…………さいですか。」
上げた手が力なくしおれる。
今さらながら自分が着ている服を考えて、戻ってきた時から全てこのためにお膳立てされていたことに気づいた。
「ふふっ……、ふふふふふふふ……」
「ユ、ユウカ?」
優花の中で小さく何かが切れる音がする。
「ふふふふー……なら、わたしってこの後ベルさんと……ごにょごにょ……して、け、結婚したってことになっちゃうのかなぁ? ファーディナンドさんってそこまで考えて寝間着みたいなこんな格好させて、ベルさんと2人っきりにさせたんだぁ。でもってベルさんもどっちでもいいやーって思ってたんだねえ。そうやってベルさんもファーディナンドさんも、いたいけな女子高生を苛めるんだぁ。ふーん……あはははははー、もう笑うしかないよねーぇ?」
俯いたまま、ブツブツと文句を連ねる。
ベルディータの表情は見えないが、慌てた声がする。
それでも怒りは収まらない。
「ベルさんの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ! しんっじらんないっ!!」
怒りに任せてベルディータをポコポコと殴る。
そんな力の得方があるなんて知らなかったし、それに力を得ることは出来るかもしれないけど、体を売るような真似はごめんだ。
それに、そんな方法で力をもらえるのなら、優花ではなく他の人間だって構わないはずなのに――そんな考えが脳内を満たし、優花の頭はパンク寸前になっていた。
「そんな風に力をあげることが出来るんだったら、神様をするのは誰でも構わないってことだよね!? なんでわたしなの? 元々この世界に何にも関係ないわたしがどうして選ばれるの!?」
「それは……」
「神様をやるならもっときれいで他の人が一目置くような人のほうがいいじゃない! わたしみたいなの選ばないで! 帰して! うちに帰してよ!!」
「ユウカ!」
「もうやだあっ! 帰りたい……帰りたいよぉ……」
ここにきて、我慢が限界に達した。
前の神がどうして自分を選んだのか分からない。その人なら、なぜ優花にしたのか訊ねることが出来るかもしれないが、すでに亡き人で尋ねることはできない。
ファーディナンドも優花が選ばれたのか分からないし、認めてもいない。
だが、『前の神が選んだ者』いう理由だけで、優花を縛りつけている。
必要なのは優花自身ではなく、あくまで『前の神が選んだ人』であり、または『力のある人』なのだ。
自分自身が必要とされていないのなら、優しい両親の元に帰りたいという気持ちが強まる。
「――ユウカ」
「……っべ……ベル、さん!?」
泣き叫んだ優花をぎゅうっと抱きしめるベルディータ。
優花は思わず泣き叫ぶのをやめてしまう。
「誰でも構わないというのであれば、当の昔にそうしている。ヴァレンティーネも、ファーディナンドも……けれど皆そう思う相手がいなかった」
「え? なに……?」
展開についていけず、怒りよりも戸惑う気持ちのほうが強まる。
恐る恐る顔をあげてみると、悲しそうな顔をしたベルディータが見えた。
「ベル……さん?」
「確かに力の継承は、ユウカが先ほど考えたことだ。だからこそ、誰でもいいわけではない」
「え?」
「ユウカにとって私と会ってからの時間はとても短かすぎるだろう。とてもそういうことを考えが浮かばないほど。けれど、私は気が遠くなるくらい、ユウカのような存在を待っていた――」
優花は泣き顔のまま顔を上げて、じっとベルディータを見つめる。
優花の目に映るベルディータの瞳の色は、深い絶望と悲しみに彩られていた。伝わってくる感情も、同じように深い深い悲しみを感じる。
分からない。ベルディータの過去に何があったのか。ただものすごく辛く悲しい出来事があったのだと、それだけが伝わってくる。
「ねえ、ベルさん。ベルさんの一族ってなんなの? 話の内容からベルさんもファーディナンドさんもヴァレンティーネさんも同じ一族の人だよね?」
「ああ、そうだ」
聞き忘れていたことを確認すると、肯定する言葉が返ってくる。
他の答えなど思いつきもしなかったが、逆に彼らは一体どういった存在なのかと疑問に思う。
「ならベルさんの一族って何? この世界の人は力を持たないって言ったじゃない。なのに、なんでベルさんたちは力を持っているの?」
「ユウカ」
「お願いだから話して。それとも、今のわたしには話せないこと?」
これも、同じ存在にならなければ聞けないことなのだろうか。
それでも先に知りたいと思った。後からでは後悔しそうだったから。
「……分かった。今まであったことを隠さず話そう。本当なら最初から話しておかなければいけないことなのだから」
「ありがとう。あ、えと……、でもね。その……、話を聞く前にこの体勢はなんとかしてほしいなーって思うんだけど」
泣き叫んだのを収めるためにベルディータが抱きしめられて、そのままの体勢でいること気づく。
薄い夜着を通してベルディータの熱が伝わってくるくらい密着している。気づいたらものすごく恥ずかしくなった。
こんな状態ではそっちのほうが気になってしまって、彼が話してくれる話に身が入らない。
「そうは言うが、力の継承――婚姻をしていいと思うほど私はユウカのことを気に入っているのだが? ユウカはこうされるのが嫌なのか?」
「いや、あの……気に入ってる程度でそういうこと考えないで欲しいんだけど」
「だが、私はそうしてもいいくらいユウカに惹かれたんだが」
惹かれるのは考え方とかでしょうが――と思わないでもなかったが、それ以上に真顔で『惹かれている』と言えるのはすごい。
「う……それはいいから……。ってか、なんでさらっと言えちゃうわけ? そういう台詞って恥ずかしくない」
「そうか? ならどうすれば気持ちを表せるのだ?」
「それは……ええと行動より言葉のほうが先だとは思うけど……時と場合とか、相手のことを考えながらとか――」
話の次元がずれている。
そう思った時、頭上でくくっと笑う声を聴いて、遊ばれているのに気づく。
「もう、からかわないでよ! 話が全然進まないんじゃない! 早く放して、きちんと説明してよ!」
「ああ、分かった。分かった。でもからかっているわけではないぞ。人肌とは気持ちいいものなのだな」
「もうっ! なんかそういう言い方、妙にえっちぃんだけど!!」
「気のせいだ」
ベルディータは笑いながら戒めを解いた。優花はすかさずその腕から逃れて、少し離れたところに座りなおす。
優花がきちんと座ると、ベルディータは口を開き始めた。
「まず、説明として私の名から説明しよう。そこから入るほうが分かりやすいだろう」
「うん。ベルさんの名前ってベルでぃータ=オルクス=イクシオンだっけ?」
「そうだが……どうして私の名の部分だけ発音が変なんだ?」
「だから仕方ないじゃない。なんとなくベルさんで定着しちゃった分、発音しにくいというか。それより次」
ベルディータの不満をあっさり投げ飛ばし、次を促す。
「少々納得いかないが仕方ない。そう、私の名はベルディータ=オルクス=イクシオン。ベルディータは私を現す名であり、オルクスは苗字のようなものだ」
「そう言ったよね。それと、イクシオンは一族の名だって」
普通名前を三つに分けると真ん中はミドルネームだと思うが、ベルディータの場合そうではないらしい。この辺から普通の人とやっぱりちょっと違う気がする。
イクシオンという一族は、この異世界キトでどういう役割を果たしてきたのか――優花はなんとなく分かってきたような気がした。
「そうだ。イクシオンとはこのキトにおいて、人よりも長命で精霊術でなく力を使える一族の名だ」
そして、それを肯定するようにベルディータが静かな声で告げた。