Step 10 「これからは…」

「あーおいしかった!」

 リナに希望された店に行き、メシを喰った後、外に出ると開口一番でリナが背伸びをしながら言った。
 その表情に邪気はなくて、本当においしいものを食べた喜びでいっぱいという感じだ。やっぱり、リナは食べ物で釣るのが一番なのかと再確認するほどだ。
 食事中、甘い雰囲気を作る暇などなくて、下手すりゃオレの分まで手を出そうとするリナを牽制しつつ、自分の分を完食するのが精一杯だった。

 ……なんだろう、この脱力感は?
 リナがこれから通う大学についてとか、高校生活はどうだったとか、そういった話から入って会話を楽しみつつ食事をするはずが、何故か食うか食われるかの争奪戦にすり替わっていたホワイトデーの食事は、オレの財布が空に近くなっただけで終わったのだった。

「……そっか……、良かったな」

 少し疲れ切った顔で答えると、リナがきょとんとして振り返った。

「どしたの、ガウリイ?」
「いや、ああいう店でも、リナはリナなんだな、と」
「別に、どこに居ようとあたしはあたしよ?」
「ああ……。それを再確認しただけだ」

 オレの脱力の意味に気づかないまま、リナはご機嫌な顔から不思議そうな顔に変わった。
 しばらくオレの顔をじっと見ていたが――それはそれで居心地が悪い――飽きたのか、リナは不思議そうな顔をやめ、一つの提案をしてきた。

「ねぇ、あたし、またあの海浜公園に行きたいんだけど」
「海浜公園?」
「もう忘れたの? このくらげっ!」
「いや、忘れた訳じゃないけど……」

 ってか、なんでその選択なんだ?
 もしかしてリナもその気になってくれたとか?
 だってあそこ、以前行った時、どういった場所かわかったよな?
 わかってるよな?
 オレの心の叫びなんか気にせず、そそくさと助手席に乗り込むリナを見て、オレは少しの間動けずにいた。

「ガウリイ? どうしたのよ」
「あ、いや……」
「この後、用でもあるの?」
「別にないけど……」
「一体どうしたのよ、ガウリイってば」

 変なガウリイ――と、リナは呆れたような顔をする。
 仕方なくため息を一つついてから、オレはあの時の出来事を話した。

「――で、そんな場所にどうして行きたいんだ?」

 あのとき、盛大に狼狽えていたのを思い出したのか、リナは顔を赤くして「あうっ」だの「そのっ」だのと口ごもっている。
 もしかして、リナの方から告白――なんてことは考えない方がいいんだろうな。さっきの食事の時といい女性らしさがないというか、オレを男だと思ってないような感じだし。
 あー、言ってて虚しくなってきた。

「そ、それは忘れてたけど……あそこは景色も綺麗だし、それに昼間ならまだ……」
「昼間でもカップルは居るぞ?」
「そ、そうかもしれないけど……」

 どうしてそんなに海浜公園にこだわるんだ――と思いながらも、リナの思う通りにするのがなんとなく癪に障って、つい意地悪を言ってしまう。

「でも昼間なら明るいし、カップルがいたって変なことしてないでしょ」
「そーかなぁ?」

 昼間だってその気になる場合があるっての、リナ分かってないんだろうな。
 まあ、リナがどうして海浜公園にこだわるのかわからないけど、周りのカップルを見てリナに刺激を与えてくれるならいいかな――なんて思い直した。

「ま、時間もあるし、行きたいならこのまま行くぞ」
「うん」

 話が付いて車に乗って海浜公園に向かう。
 車を走らせている間、ちらっと横目でリナを見ると、楽しみなのかリナの嬉しそうな顔が見える。ただ、その顔がいつもと違って化粧をしているため、なんか落ち着かなくなってしまった。
 もともと可愛い顔立ちなんだ、リナは。それが薄めとはいえ化粧をすると更にそれがはっきりわかって、ドキドキしてしまう。
 リナはきっと、大学に行ってモテるだろう。小柄な体、可愛らしい顔立ち――ただ、心配なのが、はっきりした物言いと並みの男では引いてしまう程の食欲が問題で。
 俺にとっては可愛い容姿も、表裏のないはっきりとした言葉も、食欲もどれもリナの魅力だと思える。
 だけど、すべての男がリナの魅力だと思えるとは思わないだろう。きっと、リナは大学にって男に声を掛けられるたび、デートに出かけるたび、こんな子だとは思わなかった――と、否定される可能性が高い。
 そんな、リナらしさがわからない男には渡せないな――と思わず心の中で決意した。

 そんな気持ちを新たにしながら、海浜公園の駐車場に辿り着く。空いているところを見つけて車をバックで入れて止めると、リナがシートベルトを外してドアに手をかけた。

「ガウリイ、ありがと、付き合ってくれて」
「……いや」

 なんか、言い方がこれで最後のような言い方だったため、思わず感情のこもらない声で答えてしまう。
 もしかして、大学に行って新しい気持ちになるために、これで最後にするとか――なんて、考えていたら、ついポロっと本音が漏れた。

「なんか、お別れみたいな言い方だな」
「……」
「リナ?」

 オレの言葉に対して、リナの返事がない。
 それが不安を感じさせる。
 オレは、リナとの関係はこれからだと思っているのに……。

「べ、別にそういう意味じゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「なんて言うか……大学に行き始めて慣れるまでは、さすがにあたしでもこんな風にガウリイと遊びに行く事できるかな? って気になっただけ」
「……」
「ガウリイと会った頃は、推薦が決まった後だったから、大学に行くって言っても余裕があったし、だからマッ●でバイトも出来たんだけどね。家から大学までは距離があるから、通学も時間かかっちゃうし、そうなるとガウリイとこうして遊びに行くの、しばらくは無理かなぁって思ったから」
「なんだ、そんなことか」

 オレはもう、大学に行って新しい彼氏見つけて、オレとはもう会う気がないのかと思ってしまった。
 でも、確かにリナの通う大学はバスと電車を乗り継いで一時間ちょっとかかる所にある。高校よりは確かに通学に時間を取られるだろう。
 でも、そんな紛らわしい言い方をしなくたっていいじゃないか。

「リナならすぐ慣れるさ」
「そっかな? だといいけど」
「まあ、オレも一応大学出てるからな。分からなきゃ聞けよ。それに、前もって連絡くれれば迎えに行くし」
「……」
「どうした?」
「ううん、ガウリイがそんな昔のこと覚えてるか疑問なんだけど」
「あのな、オレだって全部忘れるわけじゃねぇの」

 確かにオレは物覚えが悪いし、必要ないことはすぐに忘れちまうけどな。でも、生きてきた二十四年間の全てを忘れてしまうほど酷くはないぞ。ったく。

「ああ、ついでに四月の土日のどっか、空けとけよ」
「は?」
「入学祝い、してやるよ」
「ホント!?」
「その時に大学での話、聞かせろよ?」
「うんっ!」

 現金なもので、お祝いすると言ったらすぐにご機嫌になるリナを見て、オレは思わず苦笑を浮かべる。
 でも、不安そうなリナはなんか、らしくなくて、いつもの元気なリナに戻って欲しいと思ったんだ。

 


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