またやってしまった――そうして自己嫌悪に陥る。
今日は彼女とデートの予定だった。けれど仕事が終わらなくて、午前中は休日出勤をして仕事を片付けていたのだが、気づいたら待ち合わせの時間を二時間以上過ぎていた。
携帯を見ると何度か彼女から電話があったのか、着信履歴が彼女の名前で埋まっている。もちろんメールも届いている。ただしこちらは一通のみ。
電話で何回か確認しようとした後に、とうとう我慢できなくなったのか、『さよなら』の一言だけの短いメールがついさっき届いていたようだ。
「はぁ、そりゃオレが悪いんだけどさあ。大きな仕事を任されたって話だってしてあったのに……」
オレは紙コップに入ったコーヒーを飲みつつ、ぼそりと呟く。
言い訳にしかならないのは分かってる。でも、彼女には仕事のこととかも話してあった。彼女もそれなら仕方ない、と言ってくれた。だから、どこかで甘えていたのかもしれない。
でも――
「やっぱりキツイよなぁ。付き合っていたのにたった一言だけなんてなぁ」
携帯のメールでたった一言の別れの言葉。
オレが慌てて電話をすればよりを戻せるかもしれない。けれど、大事な話を携帯のメール一つで済ませてしまう彼女のことを考えると、オレの中に彼女に対して冷めていく感情が浸透していくのが分かる。
たぶん、謝って元に戻っても、前のように彼女を見ることはできない。そんなことを考えて、オレって冷たい人間だよな、と自嘲してしまう。
はは、と乾いた笑いが口からこぼれた。
空いてしまった夜をどうしようかと考えながら、パソコンを終了させて散らばった書類をまとめた。
「……そういや、リナとの約束もすっぽかしたままだったな」
少し前、遊びに行く約束をリナとしていたのに、土壇場になって行けなくなった。
一応気づいて約束時間を十分くらい遅れたところでメールを打った。その後、速攻でリナから文句の電話が来て、ひたすら謝り倒して納得してもらった。その時に次に会ったときは奢ると約束したんだっけ。
オレは携帯を取り出してリナのところに電話をかけた。二回目のコールくらいで「もしもし?」という元気な声が携帯から聞こえてくる。
「もしもし、あーオレ」
『言わなくても分かるわよ。約束時間を忘れたくらげでしょ』
「……あれは悪かったって」
『本当に反省してるの?』
「してるしてる。してるから……なぁ、今日これからメシ食いに行かないか?」
『ご飯!?』
ご飯という言葉につられて嬉々とした声が返ってくる。
人のことは言えないけれど、リナの食べ物にかける情熱(?)はすごい。食べ物をタダで食えるとなれば、多少の用があってもそっちのけで来る。
が、もちろんこれは奥の手だ。でなければ、リナに食事を奢ると言ったが最後、財布の中身が空になるから覚悟が必要だ。
「あー、まぁ。そういえば少し遠いけど、隣町にできたっていう中華料理。オレ、おこげ食べたい心境」
『おこげ? いいわね。他には何がおいしいの?』
「さあ? 行ったことないから行ってみたいなーと思って」
『ふうん。まあ、あそこの広告見たときおいしそうだったし、いいわよ』
「そっか?」
『うん。今ちょうど家の近くのコンビニにいるんだけど、どれくらいで来れる?』
リナはその気になったらしく、待ち合わせの時間を聞いてくる。
オレは腕時計を見ると、現在の時間は四時三十二分。会社からリナの家は割りと近く、十五分くらいあれば余裕でいけるだろう。オレは四十五分くらいまでにはそっちにいけると言うと、リナは「じゃあ待ってる」と答えた。
携帯を切ると、オレは荷物を持って部屋の外へ出た。この部屋には今はオレしかいないため、鍵をかけた。鍵は会社のビルの入り口にいる守衛に預け、そのまま駐車場へと向かう。
荷物は車の後部座席に置いて、エンジンをかける。休日出勤のため服装は普段着だから服を変えることもなく、オレは車に乗り込んでそのままリナのいるコンビニに向かった。
リナとの縁は奇妙なもので、よく帰り際によるマッ●の客と店員の間柄だった。ひょんなことからリナがポテトをくれたのが始まりだった。
ちょうど帰り際だったらしく、話しかけたら面白い答えが返ってくる。身近にいる女性とは違う反応が面白くて、気がつくとご飯や映画に誘っていた。
リナは元気で明るくてあけすけでとても付き合いやすい。リナのさっぱりとした性格がオレは好きだ。
――って、好き?
………………………………………………………………………………いや、違う。
ブルブルと頭を左右に振りつつ、浮かんだ言葉を打ち消す。
だいたい、リナはまだ高校生だ。オレと六つも年の差がある。
そう、あくまでオレはリナの付き合いやすい性格が好きなんであって、リナ自身が……やめよう。あまり考えるとヤバイ道へと突き進みそうだ。
リナは友だち。付き合いやすい友だち――心の中で繰り返していると、いつの間にかに目的のコンビニにたどり着いていた。リナがオレの車を見て手を振っている。
今日は土曜日のため、今日のリナは私服だった。寒がりのリナはまだ寒いといって赤いハーフコートを羽織っている。コートの下から少し見えるミニスカートの更に下のすらりとした足はロングブーツに隠されていてしっかりと見えない。うーん、惜しい。
……って、だからそういう目で見るのはやめ。リナは友だちだ。
「早かったじゃない」
「あ、ああ。道も空いていたからな」
「ふうん。ねえ、お店に行った後、行きたいところがあるんだけどいい?」
「行きたいところ?」
リナは助手席に乗り込むといきなり話を始める。
奢るという言葉が効いているのか、リナはこの間のことを蒸し返さなかった。ある意味分かりやすいが、蒸し返されても困るのでオレも何も言わない。
「そ。隣町でしょ? あそこって港があるじゃない?」
「ああ」
「でもって海浜公園があるんだけど、クリスマスイルミネーションみたいに電飾で飾られていて綺麗なんだって」
「へえ、なら後で行ってみるか」
「やった!」
リナは喜びながらコートを脱いだ。
車内はすでに暖房で暖まっているし、隣町までコートを着ているのは暑いと判断したらしい。赤いコートを脱ぐと白いざくっと編んだ大き目のセーターが現れる。
って、あれ?
「リナ、もしかして……」
「ん?」
「えと、……して……ない?」
「なにが?」
「……ブラ」
よく見るなと言うなかれ。車を発進させる前だったため、リナが落ち着くまで見ていたのがまずかった。胸のところがブラジャーをしているような曲線ではなく、ちょっととがった感じなのだ。
なんかさっき変なことを考えたせいか、どうもいつもと違う目で見てしまう。
「なっ!? なんで分かるのよっ!?」
真っ赤になって慌てて胸を隠すリナ。
さすがに本当のことを言えず、オレは少し考えた後。
「あー、小さな胸がいつにもまして小さく……まるで限りなく平らにち……ぐべっ!!」
言い終える前にリナが持っている固いハンドバッグで頭部を強打される。結構痛くて目の前にちょこっときらきら光る星が見えた気がした。
「るさいっ! このセクハラ大魔神!!」
頭を抑えながらリナのほうを見ると、真っ赤になっているリナと視線が合う。
しかもオレの言ったことを本気にとったらしく、思い切り睨んでる。
――やっぱり、面白いんだよなぁ。
いつも反応が新鮮で、何か言えば三倍くらいに返される。それでもリナといる時間は、付き合っていた女たちよりも楽しく感じてしまう。
ずっとこんな関係が続けばいいな、と思いつつ、オレはハンドルに手をかけた。