Xの悲劇

 こんにちは、皆さん。僕はゼロスといいます。
 これでも魔王である赤眼の魔王ルビーアイシャブラニグドゥ様の五人の腹心――獣王グレータービースト様直属の獣神官プリーストなどを務めております。
 魔族といっても、少々変わり者のところがあるらしく、僕は楽しいことが好きなんです。
 楽しい、と一言で言っても、人間のように正の感情で楽しいわけではありませんよ?
 なんというか――言葉にするのは難しいですが、僕の手によって人間が負の感情を発するようにするのが楽しいんです。
 破滅させるのが楽しい――といっていいでしょうね。

 そんな僕ですが、最近の楽しみはリナさん――巷では色々な二つ名があるようですが、あの『魔を滅する者たちデモン・スレイヤーズ』とまで言われた彼女を気に入ってしまったようなんです。
 彼女が悩んだり苦痛に満ちた表情をするのがとても楽しく感じてしまうんですね。
 それにしても『魔を滅する者たちデモン・スレイヤーズ』という二つ名は伊達ではありません。だから、うっかり彼女の側に近寄るのは危険なんですけどね。
 そのおかげで、ルビーアイ様(七分の一×ニ)を筆頭に、高位魔族である冥王ヘルマスター様、魔竜王カオス・ドラゴンなどが滅び、覇王ダイナスト様も当分表には出られなくなりました。
 そん状態ですから、おふたりにやられた中位魔族、下位魔族なんてそれこそ数を数えるのも馬鹿らしいほどなんでしょうね。
 それでも僕は、『リナ=インバース』という人間に関わった魔族の中で、唯一滅ばされなかったという実績を持っています。
 実はなんとなくそれが自慢なんですが。

 ああ、話が逸れてしまいました。
 それでですね、そんな僕ですから、これからリナさんにちょっとちょっかいを出して来ようかと思っているんです。
 え? 自分から危険に近づくな? 確かにリナさんたちに近づくのは危険ですが、僕ならきっと大丈夫です。先ほど言ったように僕だけ特別なので。
 それに、あのリナさんが、あのガウリイさんと結婚式を挙げるというんですよ!?
 ここは一つ、魔族である僕からも祝福(?)の言葉を送らなければ! と思うわけなんですね。
 現在おふたりはセイルーンに滞在しているようなので、まずはセイルーン城に場所を移そうと思います。

 

 ***

 

 いつ来ても嫌な気持ちになる場所なんですよね。セイルーンって。
 僕はこれでも高位魔族に入りますから、僕にとっては白魔法の聖なる結界なんてあんまり関係ないんですが、やはり気持ちの問題でしょうかね。

「そこにいるのは誰です!?」

 おや、この声はアメリアさんじゃないですか。
 実は僕は彼女のことが少々苦手なんですよね。魔族相手に畏怖するわけでもなく、生の賛歌などを言えるのは、世界広しといえど、彼女と彼女の父親くらいでしょうね。まったくアメリアさん親子は……。
 そういえば前にカタート山脈の麓で魔族とばれた時、嬉々とした顔で『人生って素晴らしい♪』を一晩中枕元で囁き続ける――と言われた時には参りました。本当にやりかねないですから。
 そんなわけで彼女のことは苦手なんですよ。

「もしかして……その気配は……後姿がゴキブリ似っ!!」

「どーして、そういう喩えをするんですかっ!? 僕には獣王様から頂いたゼロスという立派な名前があるんです!」
「あ、やっぱり。」

 ……あ、しまったです。つい反応してしまいました。
 おかげで僕は物質世界に出てきてしまいました。

「なんの用ですか?」
「いえいえ、ちょうど通りかかっただけですよ」

 真意を悟られないように、なるべくいつもの笑みを絶やさないよう努めますが、それでも口元がひくついてしまうのはしかないでしょう。
 ですが、アメリアさんは僕の心境など気づかないのか、「そうですか」とあっさりとした答えが返ってきます。
 が、あまりにあっさりしすぎている返事の割りに、なんとなく妖しい笑みを浮かべているのは気のせいでしょうか? なんとなく悪寒がして、早々に立ち去りたい気持ちになるのは、もう仕方ないでしょう。

「それでは、僕はこれにて――」
「待ってください。リナたちがちょうど結婚式を挙げるためにこちらに滞在してるんです。顔を見せたらどうですか? 魔族といえど、知らない仲ではないですし」
「そ、そうですね。なら是非とも……」

 逃げられない――これはもう直感でしょう。彼女の浮かべる笑みは絶対なにか企んでいます。
 ……って、企んでいたのは僕なのに、なんでこんなことになったんでしょうか。
 僕は珍しく迂闊にもこの場に姿を現したことを悔やみました。
 しかも、これによって二次被害に襲われる羽目になるとは――

「ホーッホッホッホッ! 変なのがいると思ったら魔族じゃないの」

「姉さん!」
「姉さん!? アメリアさんのお姉さんなんですか!?」
「ええ、わたしの自慢の姉、グレイシア姉さんです。リナと知り合いだったらしく、方向音痴をなんとかして戻ってきてくれたんですよ!!」

 背が高く、黒い髪は手入れが行き届いていて、それを無造作になびかせて仁王立ちする女性。
 アメリアさんとは違い、彼女は美女と言っていい容貌でした。たしかにアメリアさんには姉が一人いると聞いていましたが、この人だとは……。

「は、初めまして。僕はゼロスといいます」
「ホーホッホッホッ、わたしはグレイシアよ! リナはナーガと呼ぶけれどね!」
「そ、そうですか」
「ホーホッホッホッ、それにしても腰の低い魔族ねぇ。そんなに弱いの? アメリア」

 え? ちょっと待ってください!
 僕はアメリアさんが苦手なのと、アメリアさんのお姉さん――グレイシアさんの無駄に高いテンションに驚いているだけなんです! 僕はこれでも高位魔族なんです!!

 そう言いたいのだけれど、話は僕を置いてけぼりにしてどんどん進みます。

「そうでもないんですが……アレでも一応高位魔族だし。あ、でも魔竜王にはけちょんけちょんにやられてましたよ。そうそう! ゼロスさんって生の賛歌が苦手なんですよ!! 「人生って素晴らしい♪」って言うだけで真っ青になるんだもの。面白いったらないのよ、姉さん!!」
「まあ、それは面白そうね。本当に、人生って素晴らしいわぁ♪ ホーッホッホッホッ!!」
「ええ、人生って素晴らしいですよね♪ 姉さん、ゼロスさん♪」

 何度も『人生って素晴らしい♪』を繰り返され、僕は色を失くしてしまいました。
 さすがに高位魔族なんで、この辺は下位魔族より精神攻撃が弱いんです。

「……す、……素晴らし……く……ないで、す……」

 僕はヨロヨロしながらなんとか精神世界アストラルサイドへと逃げ込みました。
 最初からこうしておけば良かったです……ね……。

 

 ***

 

 三分の一程度ダメージをくらいながら、精神世界アストラルサイドを介して移動していると、やっとリナさんの波動を見つけました。
 これでリナさんをからかって、負の感情でエネルギーを補充しなくては!
 いそいそと近づいて、物質世界へ姿を現そうとした矢先――

「――ちょ……っ、駄目だったら!」

 ん? なんですか? リナさんのいつもと違う声が聞こえます。

「いいじゃないか。他に誰もいないんだし」
「駄目だってばぁ。いくらここに誰もいないって言っても、いつ誰が来るか分からないのよ? それにアメリアが今日ベールが出来るって言ってたし……」
「大丈夫。まだ来ないし、結婚するんだから別におかしくないだろう?」
「だからって。……って、やっぱり誰かに見られたら恥ずかしいってばっ!」

 こここここ、これは……姿を隠していても分かるほど、正の感情が溢れています。
 ああああそういえば、結婚式といえば、そういった感情が一番盛り上がる時じゃないですか!?
 しまった! なんということでしょう。僕としたことが、来るときを間違ったようです!!
 顔に縦線を数十本くっつけながら、慌てて立ち去ろうとした時。

「どうしたの? ガウリイ?」

 なんと! ガウリイさんは僕のいる方向(もちろんこの時点で僕は姿を現していないんですよ!!)を見ています!
 まあ、ケモノ以上のカンを持っているガウリイさんならありえないわけではないですが。
 ガウリイさんは僕のいるほうを一瞥した後、何事もなかったかのように元に戻り――

「なんかいるけど、名前が思い出せん」
「なんかいる!? 思い出せないってことは、一応知っているヤツってこと?」
「あー……うん。いちおー」

「ガウリイが知っていて、気配を消せて……もしかして――生ゴミ神官!?」

 なんとなく、アメリアさんの二の舞になりそうになりながら、それでも、僕だと分かっていて挑発されて見過ごすわけにはいきません!

「酷いですよ! リナさんまでっ!!」

「あ。やっぱり。」

 姿を現して抗議すると、リナさんは平然と言ってのけました。
 うう……僕がからかいに来たのに……。

「なあ、コイツって『生ゴミ神官』って名前だったっけ?」
「違いますっ! 僕にはゼロスという立派な名前があるんです!!」
「そうそう、獣王が自分の名前からテキトーにつけた名前が」

 ガウリイさんはどうでもいいように、リナさんは面白がって、逆に僕をからかうんですよ!?
 立場が逆じゃないですか!
 でも、魔族の名は特別なもの。どうしても名前のことを言われると、ムキになって反論してしまうのです。

「違います! 茶化さないでください!!」
「だってそうでしょ? ゼラス=メタリオムでゼロスなんて出来すぎじゃん。魔族のネーミングセンスって変なの多いし」
「違います!」

 リナさんと何回かやり取りした後、リナさんの足で膝枕にしていたガウリイさんは、面白くなさそうにあくびを一つして。

「どうでもいいけど、漫才しに来たなら今度にしてくれないか? やっとリナが膝枕してくれるって言ってるんだから」

 そう言って、ガウリイさんはうつ伏せになったと思ったら、リナさんをぎゅ―っと抱きしめたんです。

「ちょっ! ガウリイ!!」
「だっていい加減うるさいし。リナだって『生ゴミ神官』ってヤツ相手にするより、のんびりしたほうがいいんじゃないか?」
「そりゃそうだけど……」
「アイツがいなくなったら普通に寝るからさ」
「だからって、そんな風に抱きつかないでよ!」
「だってリナってちっこくてギュッてしやすいから」
「ここっこらあっ!」

 か、完全に無視されてます。ええ、どう見てもわざとです。
 しかも正の感情撒き散らして。
 だ、駄目です。これ以上持ちません!
 僕は完全に白くなって、物質世界を後にしました。

 Curiosity killed the cat. ――好奇心は猫を殺す

 その言葉がなんとなく分かりました。

 

 ***

 

 さて、ここから少しだけだけど、弱ったゼロスに変わって、あたしLが代理をするわね。
 アメリアとナーガの生の賛歌にリナとガウリイのラブラブ(?)攻撃のおかげで、情けないことにゼロスったら十年くらい物質世界に出てこなかったわ。
 まったく部下Sといい、その手下(冥王)といい、どうして魔族って軟弱者が多いのかしらねえ。
 お母さん悲しいっ!

 

 

とにかくテンションを上げるために考えたら、思い浮かんだのがこんなのでした。
書いててものすごく楽しかったです(笑)

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