「リナ、悪いが旅はこれまでにしないか?」
ある日、ガウリイが突然そう言ってきた。
特に何もない日。朝普通に起きて普通にご飯食べて、普通に昼食を取るはずだった。
なのに、食事のために席についた途端、ガウリイはそう切り出した。
「………………ガウリ、イ……?」
多分あたしの頭の中は真っ白になっていたと思う。
ウェイトレスが注文のために来ているのに、あたしは料理を一つも注文できず、ただ目を見開いてガウリイを見るだけだった。
確かにガウリイが珍しく最近考えこんでいることは分かっていた。
ほんとに、ガウリイにしては珍しく……でもそんなことを考えていたなんて……
「急で悪いが……一緒に旅をする気分じゃなくなったんだ」
ガウリイは真面目な顔で言った。
ああ、ガウリイは本気なんだ。本気であたしと別れる気なんだ。
ガウリイが本気ならあたしは――
「……あ、ガウリイがそう思うなら……いい、よ。もともと成り行きの旅だったし。じゃあ、別れましょ」
多分、震える声でそう答えたと思う。
あたしちゃんと言えてるよね? 変な顔してないよね?
ゆがみそうになる顔を必死で変わらないように冷静を努めつつ、ガウリイにそう答えた。
「すまない、リナ。じゃあこれで……」
そう言ってガウリイは気軽に行ってしまった。
あたしも、すでに食事をする気にはなれなくて、ガウリイが出て行ったあと、あたしもその店から出て行った。
あたしは……一人でどこに行こう?
あたしはフラフラとガウリイが立ち去った方向とは反対の方へと足を向けた。
***
それはもう一週間も前のこと。
それ以来あたしは食欲もなく、盗賊いじめに行くわけでもなくボーっと過ごしていた。
今はガウリイと別れた町から三つくらい離れたところで、今はオープンカフェになっている店でただ時間を潰している。
何をするにもガウリイのことを思い出して、気がつくと目頭が熱くなってきている自分がいた。
やだなぁ、ガウリイがいなくなってこんなに落ち込むなんて……
ガウリイと別れることは、あたし自身も少なからず考えた。
あたしは厄介ごとに巻き込まれることが多い。ガウリイ自身そのせいで何度か命の危険もあった。
でもガウリイは笑って側にいてくれたんだけど……それでもやっぱりガウリイも嫌だったんだよね。
まあ仕方ないか。誰だって、自分の命は惜しいもの――と、一人納得しようとしていた。
「……ーーなー。リ・ナー!」
ん? 聞き覚えのある声がする。
頬杖を付いていた手を離し、あたしは声のする方向を見た。
「リナーーー!」
アメリアだ。
そこにはかつての旅の友アメリアがいた。いつもの格好で、供も連れずに歩いているなんて、これでもセイルーンのお姫様かしら――と、内心ため息をつく。
「リナ、お久しぶり!」
元気いっぱいに話しかけてくる姿は別れた時と変わらない。といっても、成長期かしら。背が結構伸びたみたい。
それにいつもこの子は元気だったものね。正義オタクで――
「 あれ? リナ、ガウリイさんは?」
やっぱりきた。
当然聞いてくると思った問い。
アメリアは周りをキョロキョロと見回している。そんなにあちこち見たってガウリイの姿はないってば。
だけど、あたしは平然として。
「この間別れたのよ。今は気ままな一人旅よ」
我ながら実に見事に演技できたと思う。寂しそうな素振りは見せたくない。
「え? 別れたの? 一体どうしたの?」
アメリアが意外そうに聞いてきた。
あたしは隠しきれるとも思わなかったから、本当のことを口にした。
「……ガウリイが別れたい、って言ったのよ。もう……あたしと旅をする気分じゃないんだって」
そう言ってあたしは笑って見せた。
「まあ、あたしもアイツがいると盗賊いじめ邪魔されるし、食費はかさむし……ちょうどいいかなって思ってね」
なんでもないと誤魔化して言うあたしとは対照的に、アメリアは暗い表情になった。
「じゃあ、あの話は本当だったのかしら?」
アメリアがぽつりと独り言をもらした。口元に手を当てて、あたしを見ずに下を向いて俯く。
あの話? なんだろう?
でも、アメリアの話から、何か悪いことのような気がする。
「アメリア、あの話って?」
アメリアの深刻な表情に、あたしは途端に不安になってアメリアに尋ねた。
「あ、姉さんから聞いたんだけど、金髪のすご腕の剣士がラザフォードにいるって。でもあそこ、かなり危ないらしいから……。ガウリイさん……大丈夫かしら?」
「ラザフォードって、あの? 確かにあそこはもう陥落寸前だって……」
ラザフォード――ここから程近いところなんだけど、噂によるとお家騒動により大きないさかいが起こっているとか。
しかもラザフォードは劣勢なほうのはず――
ガウリイはそんなとこにいるの!?
あたしは怖くなってきた。
あたしがガウリイと別れるのを承諾したのは、ガウリイを死なせたくなかったからだ。
あたしといると命の危険がどうしても伴う。だから、危険な目に遭ってほしくないからこそ、ガウリイからの別れを承諾したのに――
それなのに、そんな危ないところで傭兵として仕事をしてるなんて!
「あ、あたし……行ってみる!」
あたしはアメリアの返事を聞く前にすでに『翔封界』でラザフォードの所に向かった。
ガウリイ……生きていて……!
あたしはそれだけを考えて、息も切れ切れに思い切り飛んだ。
***
そして目的の場所にたどり着く。
そこはあちこちから死の臭いが満ちていた。『火炎球』により崩れ去った建物の瓦礫。そして、焼け焦げた肉の臭い。
あたしはそんな中、ガウリイの姿を探して歩いて回った。
ガウリイの遺体がないように祈りながら。
かなり歩いたと思った時、微かな音がした。
あたしはそちらに向かって用心しながら歩いていく。
そして、そこには胸に傷を負ったガウリイがいた。
「ガウリイ!」
あたしは駆け寄ってぴくりとも動かないガウリイの生死を確かめる。
良かった……生きてる……。
でも今にも死にそうで、あたしは兼ねてから勉強していた『復活』でガウリイの傷を癒した。
なんとか『復活』は成功したらしく、ガウリイの顔に生気が蘇る。
程なくしてガウリイは意識を取り戻した。
「ガウリイ……良かった!」
あたしは恥ずかしさも忘れガウリイに抱きついていた。
バカバカバカ……心配させないでよ……
「オレは……。リナが治してくれたのか? でも、リカ……なんとかじゃあの傷は無理じゃ……」
「そうよ! 『治療』じゃ無理だから『復活』を使ってみたのよ!!」
ガウリイが不思議そうに聞いてくるガウリイに向かって、怒鳴るようにいった。
「それよりもっ! ガウリイはあたしと別れて一人でこんな生活をしたかったの!?」
あたしは思わず思っていたことを口にした。
あたしが願うのはガウリイの幸せ。だからこそ、ガウリイの望むようにしようと思ったのに……
途端にガウリイが苦しそうな表情になった。
「……そんなんじゃないけど。オレが一人で生きていくにはこんなことしかできないし」
「だったら一緒にいれば良かったじゃない! あんた脳みそくらげなんだから、どの仕事がいいのかもわかんなかったんでしょっ!? こんな……こんな危ない仕事選んで!!」
あたしはガウリイを説得しようとした。いくらなんでも、生きていたかったら仕事は選ぶべきだ。
「う……。そう言われると。かつての仲間に誘われたんだよ。一人なら手伝ってくれないかって。その時はこんな危険な仕事とは思わなくて……」
「だからあんたはくらげだって言うのよ! 別れてまで、なんであんたのことを心配しなくちゃいけないのよっ!!」
あたしはガウリイの胸を両手でポコポコと叩く。まるで、子どもが駄々をこねて怒っているように。
だけど、あたしの心配はこんなもんじゃなかったんだから!
「あたしがあんたと別れるのを承諾したのは、あんたを危険な目に遭わせるためじゃないのよ!」
思い余って、あたしはつい本音を口にしてしまう。
そう……だって自分といる方が危険だと思ったから、ガウリイが別れたいというのを承諾した訳で……別れたガウリイが危険な目に遭うのを望んだ訳じゃない。
「……すまん。心配かけちまったな。もう大丈夫だから……」
そう言ってガウリイはあたしの頭をポンポンと叩く。それは別れる前と変わらない。
「なんで、そんな次の当てもないのに、あたしと別れるなんて言ったのよ!?」
「……お前に、余計な心配をかけさせたくなかったんだよ」
……え!? どういうこと?
ガウリイの言葉に、ガウリイを叩いていた手が止まる。
「お前さん、オレが怪我したり死にそうになったりしたのを、すごく気にしてたから……オレはお前さんの荷物になりたくなかった……オレのことで悩んでほしくなかったんだ」
ガウリイはそう言って悲しそうに笑った。
それって……もしかしてあたしのせい?
あたしが悩んでるの知ってた!?
「ガウリイは……あたしがあたしのために傷つくガウリイを見たくないって思ってるの、知ってたの?」
おずおずと聞いてみる。
もしそうなら、ガウリイが別れを切り出したのはあたしのため?
「そんないいもんじゃない。リナが悩んでるのも知ってたけど、それ以上にオレがリナのお荷物になりたくなかったんだ」
苦々しい顔をしてガウリイはそう言った。
だけど、その言葉を聞いてあたしは反対に頭にきた。
「なに? じゃあ、もしかしてそのために別れる……なんて言ったの!? あたしを甘くみないでちょうだい! あたしはあんたを抱えたって戦って見せるわよっ!!」
一気に捲し立てた。ガウリイの目を見据えて。
あたしだって悩まなかった訳じゃない。
でもそれ以上にガウリイといたくて、側にいるために何ができるのか考えた。
だから『復活』を覚えた。ミリーナの時のようにならないように。
それなのに……
「それなのに、あんたは自分が荷物になるからってあたしと別れるの? それでホントにいいの!?」
お願いだからそんなこと言わないでよ。お願いだからあたしの側にいてよ。
あたしは、ガウリイが側にいてほしいのに。
あたしは涙が出そうだった。
「……お荷物になってもか? そのせいでリナが危険な目に遭うかもしれない……辛い目に遭うかもしれない……」
ガウリイはぼそっと呟いた。
「確かにそうかもね」
あたしはあえて冷たい言葉を選んで使う。
ガウリイに側にいてほしいけど、現実は見つめなくちゃいけない。
「でも、そんなの不確かな未来じゃない。それに危ない目に遭わせるってのはおあいこじゃない? あんただって、あたしのために何回危ない目に遭った?」
あたしは口調を和らげて、ガウリイに問うように喋る。
「それに、あたしはそんな後ろ向きな考えばかりしてる訳じゃないのよ?」
あたしは更に続けて話す。
「あたしはあんたが傷ついたら癒せるように『復活』を覚えたわ。あんたを死なせたくないから、あたしは努力した。あんたはあたしのために生きる努力をしてくれないの?」
さっきとはうって変わって、笑顔でガウリイに告げる。
そんなことで別れるなんて言わないで。危なくてもいいから、最後までそばに居てよ。
「……いい、のか? オレで? リナに迷惑かけるかもしれないぞ」
「そんなのお互い様でしょ? さっき言ったじゃない」
あたしは笑って言う。
そうお互い様。誰かと一緒にいれば必ず迷惑をかけるに違いない。でもそれ以上に一緒にいて楽しいのだからそんなに気にかけることじゃない。
「あたしは少しの迷惑より、たくさんの幸せをとりたいわ」
そう言ってあたしはガウリイに笑って見せた。
お願い。だから一緒にいてよ。保護者でもいいから……。
「……すまん。オレリナを甘く見てたな。ホントにいいんだな? オレで」
そう言ったガウリイの瞳にはいつもの輝きが戻ってきていが、少し言いにくそうに続けて言った。
「でも、オレもうリナの保護者になれない……」
「え?」
「リナの保護者になれない……って言ったんだ」
どういうこと?
だって一緒にいていいって……なのに何で保護者になれないなんて言うの?
「リナ……オレお前さんのことが好きなんだ。だからもう保護者はできない。それでも……それでもそばに居てくれるのか?」
ガウリイは言いにくそうに言った。頬が赤いのは気のせいじゃない。
馬鹿ね。あたしはガウリイに保護者を求めてる訳じゃないのに。
あんたとは、どんな関係だって上手くやっていけるわ。あたしにはその自信がある。
「あんたってホント、脳みそクラゲね。あたしは初めから保護者なんていらないって言ったはずよ?」
そう言ってあたしはガウリイにウィンクして見せた。
「あたしはあんたを始めから、保護者じゃなくて旅の連れだと思ってたわよ」
ガウリイが訳が分からないというような顔をする。
ホントにもう。
「だ~か~ら~。あたしはあんたをちゃんとただの男の人だって思ってたの! そんでもって……そんでもって、好きだから一緒にいたの!!」
あ、一気に言っちゃった。
ムードを盛り上げて告白……なんていいもんじゃない。
でもガウリイは嬉しそうに、
「そっか。リナはオレのことそういう風に見ててくれたんだなぁ」
そう言って憑き物がとれたように安心し笑った。
久しぶりに見るガウリイの笑顔。
ああ、やっぱりあたしガウリイのこと好きなんだなあ。
ガウリイが嬉しいとあたしも嬉しい。でもやっぱり口にするのは照れくさくて。
「……う、そんな風に喜ばれても……」
あたしは天の邪鬼にもそっぽを向いて素っ気なく答える。
「じゃあ、オレ我慢しなくてもいいんだよな?」
……………はい?
「我慢って?」
聞きたくないが、聞かなきゃならないような気がして聞いてみる。
「オレ保護者なんて言ったから、我慢してたんだぞ。でもリナが好きって言ってくれるんじゃ我慢しなくてもいいんだよな?」
そう言ってガウリイはあたしをうれしそうに抱きしめて……
っておい、何すんじゃぁ!!
「とりあえず少しだけこのままでいさせてくれ……」
そう言ってガウリイはあたしを痛いほど抱きしめる。
その心地よさにあたしも逆らうのをやめて素直にぬくもりを味わった。
うん。久しぶりのガウリイだ。
ひょんな事から一歩だけあたしとガウリイの仲は進展した。
でも少しずつ進んで行けばいいよね?
ねぇガウリイ。あたしもあんたのそばに居るために頑張るから。
あんたも、あたしのために頑張って生き抜いてね。
昔の話を復活。
確か、逃げリナ追いガウの反対を書きたいなーと思って書いたものです。