朝、それも一月一日――新年の朝。
「うおおっ!?」
「ちょっ、なんなのよ?」
いきなり叫び声を上げるガウリイに、リナがいつもの調子で声をかけた。
ガウリイが慌てて後ろを振り返ると、赤い地に大輪の花が描かれた、いつもと違う不思議な服を着ているのが目に入った。
髪も普段のように下ろしているのではなく、上にまとめて金具の花飾りなどがついている。
いつもとあまりに違う姿に、思わず凝視してしまう。
「どうしたのよ?」
「どうしたんですかー?」
「ああ、アメリアってば、なんかガウリイが変なのよ」
「それは、いつものことじゃないの?」
「……それを言っちゃあ、おしまいなんだけどさ」
あっさりとキツイ一言を言うアメリアに、リナは苦笑するしかない。
アメリアもリナと同じような形のものを着ていたが、こちらは桃色に小花のかわいいものだ。上げるには短い髪を、それでもきれいに上げて同じく飾りをつけていた。
言われた当の本人はいまだに、というか、更に呆けた顔をしているため、リナは仕方なくガウリイの目の前で手のひらをひらひらとさせながら、ガウリイの顔を覗き込んだ。
「ガウリイ?」
「あ、ああ……ってか、なんだその恰好は……?」
「恰好って…あんただって同じように着物着てるじゃない」
「着物……?」
いまだ呆けた状態が残っている顔で、ガウリイはゆっくり下を見れば、リナと似たような、足まである長い服に、それに似た同色系の上着のようなもの。
「なんだこれは!?」
「だから“着物”だって言ってるでしょ。きちんと着てる癖に、なに寝ぼけたこと言ってるのよ? ゼルだって普通に着てるじゃない」
「なに!? ゼルも着てるのか!?」
「悪いか」
ガウリイが左横を見ると、平然とした表情で腕を組んでいるゼルガディスの姿が見えた。服はガウリイと同じようなものを着ている。
ガウリイが青系で、ゼルガディスは渋く灰色だった。ゼルガディスのほうはよく見ると細い縦線の柄物だ。
「あんたちには紋付袴にしたかったんだけど派手になっちゃうからね~。ゼルが嫌だって言うから普通の着物にしたんじゃない」
「……いや、あの……話が見えんのだが……」
「やはり聞いてなかったのか」
「まあ、ガウリイさんだから」
なにもフォローになっていない、けれど何度か口にした台詞を、アメリアは呆れながらため息とともに吐き出した。
「んで、何がどうなってんだ?」
「昨日、ディルスの田舎の遺跡に行ったでしょう?」
「あー、そういえばそんなようなことが……」
「どうもあそこは異界への門らしくて、それが作動しちゃったみたいなのよね。だからここは別の世界よ」
いまだに理解しないガウリイに、リナは仕方なく説明を始めた。
「へえーそりゃたい…………ええっ!? ならオレたちは……!?」
まるで他人事のように――というか、聞いても理解できないと思ってしっかり聞いていなかったガウリイは、別の世界というところでやっと大事に気づいたようだ。
やっぱりか、という表情で、リナは手をパタパタさせながら。
「あー大丈夫大丈夫。ちゃんと説明書もアイテムも持ってきたから、なんとかなるわよ。ただ戻るのに一日魔力を溜めなければならなくってね。帰るためのアイテムはちゃんと持ってるから大丈夫なんだけど――」
リナはここでいったん話を切った。
話を切られると何か深刻な問題でもあるのだろうか、と勘繰りたくなるのか、ガウリイは低い声で「なにか問題が……?」と尋ねた。
「ああ、別に問題じゃないのよ。でもあたしたちのあの恰好はここでは目立つらしくてね。それにちょうど『元旦』ってのらしいのよ」
「がんたん?」
「そ、新年でお祭り状態なわけ」
「なるほど」
「――で、マジックアイテムを持っているせいか、幸い言葉も通じるし、こうなったら異国のお祭りを楽しもう! ってわけよ」
リナは楽しそうにウィンクをする。
実際楽しい。こんなことがなければ異界になど来れないし、しかもその日が特別な日で、お祭りとくれば美味しいものがあるに違いない! と思うのだ。
そのためリナは持っていた金や宝石をいくつか店を捜して、すぐに換金して現金を手に入れた。
この辺は商魂逞しいのか、そういったセンサーがあるのか不明だが、その手腕はアメリアもゼルガディスもただ呆然と見ているだけだった。
その後はこの国の衣装である『着物』というのを借りて、宿――旅館の手配もしたのだった。旅慣れているせいか、こういったことは他のところでも変わらないらしい。
ただ正月なので、なかなか宿が取れなかったことと、休日料金というものがあって、普通より高いというのがリナにとって不満だった。
「ま、とりあえずは異国の祭りを楽しみましょ。宿のおばちゃんに聞いたけど、ここから少し行ったところに『神社』ってのがあるんだって。そこで『初詣』ってのをするといいって言っていたわ」
「はいはい。お前さんはどこに行っても逞しいよ」
「うっさいわね。ならガウリイだけここに残ってもいいのよ~?」
「それは……遠慮シマス。って、なあ……オレたち目立ってないか?」
「ああぁぁ、目立ってる……目立ってる……」
「気のせいです! 気のせいですってば、ゼルガディスさん!」
目立つのは仕方ない。
彼らは知らないが、ここは日本であって、ほぼ単一民族で成り立っている国だ。
しかも黒い髪が多い中、リナの栗色の髪、ガウリイの金髪は目立つ。特にゼルガディスの不思議な色の髪は何かのコスプレか? といった感じだ。
唯一目立たないのはアメリアくらいだろうか。日本人と対して変わらない身長と黒い髪のため、一見普通の子に見える。ただ、よく見ると瞳は青く、やはり違う人種だと分かるが。
「まあ、仕方ないわよ。この国って黒髪で小柄な人が多いんですって。ガウリイは大きすぎるし、金髪や栗色の髪は『外国人』って思われるみたいだわ。アイテムのおかげで普通に話せるから、宿のおばちゃんに『皆さん流暢な日本語を話すんですねえ』って言われちゃったもの」
「へえ」
「まあ、ゼルなんて髪の色から肌の色で不思議がられていたけどね」
いまだ合成獣から戻っていないゼルガディスは、やはり異質な存在だ。
小声でブツブツと「ああああ……目立っている」とまだ嘆いている。
確かに周囲からは好奇心の目で見られていた。
「ま、今日一日の我慢だって。なら異国の文化を楽しまなきゃ! ってことで、『神社』とやらに行くわよ!」
「そうですよ! ぜひとも楽しみましょっ!!」
アメリアは落ち込んだゼルガディスの手を取って強引に引っ張る。
リナも目立つかもしれないけれど、なかなか元の姿に戻れないゼルガディスの気分転換になれば、と思った。
そして四人は神社に向かって他の人たちと共に歩き出した。
神社は旅館のおばさんが言っていたように少し歩けばたどり着いたが、その人の多いこと多いこと。
「な、なんかすごい人数ね」
「確かにお祭りだけあるわ」
「お、俺は影で隠れていたい」
「まあまあ、ここまで来たからには我慢しろよ」
逃げそうになるゼルガディスを掴まえながら、人を掻き分けて人が集中しているところに向かう。
これまた旅館のおばさんの情報から、建物の前に『お賽銭箱』というのがあって、そこに『お賽銭』をして願いごとをするのだという。
混雑しているから気をつけるよう言われていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「く……あと、少し……」
入るのが苦労するなら、出るのもまた苦労。
見事に“お賽銭”を入れて、願いごとをしたのはいいが、そこからまた離れるのに苦労した。下手をすると向かってくる人にぶつかり、そのまま力押しで元に戻されそうになる。
もともと小さいリナは更に大変で、ガウリイがそれに気づき守るようにして中心から脱出した。
「はーっ、すごい熱気だったわねえ」
「本当。こんな風だとは思わなかったわ」
「そういえば、ゼルの近くで「痛っ!」って悲鳴聞かなかったか?」
「気のせいよ。気にしちゃあいけないわ」
固い体にぶつかったのか、尖った髪の毛が刺さったのか、リナにはすぐに想像できたが、さすがに気の毒だから気のせいということで話題を逸らす。
「そうそう、後は『おみくじ』を引いて、その後『お守り』を買うんだっけ」
「そう言ってましたね。あ、あそこじゃない?」
「おみくじ? おまもり?」
「この国の占いとアミュレットみたいなもんですよ、ガウリイさん」
「へえ」
「ゼルもここまで来たからには付き合いなさいね」
「……分かった。一人で戻るのも目立つしな」
どうせ目立つなら一蓮托生、と決め込んだのか、ゼルガディスは大人しく頷いた。
そのため社務所に向かい、まずはおみくじを引いた。けれど言葉は話せても書いてあることは読めないため、周囲に倣って木の枝に結んで終わりにした。
残念がりながら四人は今度はお守りを選ぶ。
やはりここは持ち歩けるものがいいということで、破魔矢などちょっとかっこいいと思ったがやめにして、小さな袋に入ったオーソドックスなものにした。
白い服を着た――神社の巫女さんに、どういう効果があるのかを聞きつつ、リナとガウリイは道中無事なように、『交通安全』を買った。
アメリアは『家内安全』を。どうやらお家騒動などがなく、平和でいて欲しいという願いかららしい。
ゼルガディスは『心願成就』。やはり人に戻るためだろうか、説明を聞くと迷うことなくそれを手に取った。
それぞれ思い思いのものを手にしつつ、旅館のおばさんに言われたことをこなしたため、旅館に戻ることにした。
***
この辺りは温泉が出るらしく、旅館の売りはその温泉と料理だった。
二部屋を取り、それぞれ男部屋と女部屋にわけ、リナたちは部屋で借りた着物を脱いでいた。
「綺麗な服よね。ちょっと窮屈で着づらいけど」
「そうね、でもあんたが着てるのも似たようなもんじゃないの?」
「そうだけど、まだあっちのほうが動きやすいわ。特に足元」
アメリアはセイルーンの第二王女。その正装になるとかなり窮屈だ。
その服に慣れているアメリアでさえ、ここで借りた着物は足元に布が絡んでいるようで、歩くのに気をつけなればならなかった。
「あー確かに。脱いじゃうのはもったいない気もするけど、温泉にも入りたいものね」
「そうだけど、やっぱり旅の疲れを癒すのが優先?」
「よね?」
旅館では“浴衣”というのを貸してくれたので、それに着替えてから“女湯”に向かう。浴衣は先ほど着ていた着物の簡易版みたいな感じで、着物よりリラックスして着れると思う。
浴衣を着て、寒いので羽織を上に重ね、バスタオルとお風呂用の小さなタオルを持って旅館の廊下を歩く。
窓から見える竹と石を積んで作った小さな池を見て、「本当に変わったものがあるわね」と呟いた。
お風呂にたどり着いて、ちらちらとほかにいる人の行動を見つつ、籠に持ってきたものを置いて、それからお風呂に向かう。洗い場でシャワーを見て更に驚く。
「なんか……すごいわねぇ」
「本当に。確かに文明が進んでるなあって思ったけど……」
「でも魔法はないみたいよね」
「そうね。だから明かりの代わりに、ええと……電気で明るくするのよね?」
「そう言ってましたね。やっぱり魔法がないと別の方法を考えるんでしょうか?」
小声でぼそぼそと話しながら――マジックアイテムのせいか、他の人にはこの国の言葉として聞こえてしまうため――同じく他の人のようにシャワーを使って体を清めてから、広い湯船に浸かった。
「うーん、温まる~」
「あー気持ちいー」
「そういえば、なんでゼルと一緒にいたの?」
「そういうリナたちこそどうしてあそこに?」
湯船にしばらく浸かった後、二人はそれぞれ質問をし始めた。
遺跡に居合わせたのはほんの偶然だった。リナ+ガウリイと、アメリア+ゼルガディスの組み合わせでばったり会ったのだ。
リナとガウリイはずっと前から二人で旅をしているため不思議に思わないが、アメリアとゼルガディスは冥王の件の後、別れて、それぞれの道を歩き始めたはずだった。
「わたしのほうは、ゼルガディスさんとはたまに連絡し合ってたから。そうしないとゼルガディスさんって連絡つかなくなっちゃいそうで……ほぼ強制的に。あんなことを一緒に体験した大事な仲間だから」
「はは、確かにねえ。一匹狼っぽいところあるし」
「でしょう? まあ、それはおいておいて、あそこの遺跡の調査依頼がディルスからセイルーンに要請があって、魔道士数人で調査に行ったの。わたしはたまたま一人でいったらゼルガディスさんがいて――まあ、次はその辺に行くって言っていたから、可能性がないわけじゃなかったんだけど……」
ひそかに連絡を取り合っていた二人のことも聞きたかったけど、リナはあまり追求しなかった。そういった関係をあまり突かれたくないという気持ちは分かっている。
とりあえずアメリアの話を聞いて、どうして二人が一緒にいたのか納得する。
「へえ」
「まあ、ゼルガディスさんがその辺にいるってのは聞いていたんだけど、本当に偶然ばったりって感じ」
「なるほどねえ」
「リナたちは?」
「あたし? あたしはあそこに何かお宝がないか――そうそう、セイルーンの白魔道士派遣ってのを聞いて、すっごいお宝がありそうな予感がしたのよね」
ガウリイとあちこち漫遊していたリナは、ディルスの町でそんな噂話を聞いた。
わざわざディルスがセイルーンに依頼するくらいだからお宝があるだろうと思って、渋るガウリイを引き連れてきたというのが実情だ。
「まあ、あそこであんたちに会うとは思わなかったわね」
「わたしも」
「それに説明書を読んでいるうちに魔法が発動するとも思わなかったわ」
「本当に。説明書とマジックアイテムを持っていたから良かったけど、そうでなかったら――」
「考えるのは止めましょ。どうせ帰れるんだから」
「そうね、明日には戻れるんだもの」
結局、『戻れるから』というのに落ち着いて、この話は切り上げになった。
その後はアメリアの好奇心が甦ったのか、リナとガウリイの関係がどうなったのか、その話に集中した。アメリアの質問はすさまじく、リナはたじたじになりながら何とか逃げようとした。
くう、こんなことならさっき思い切り突いておけばよかった、とリナは少し後悔する。
そんなことを繰り返していたら、話が長くなりすぎたのか、互いにのぼせ始めて、慌ててお風呂から上がった。
***
部屋に戻って荷物を置いて、その後は料理を支度してくれてある部屋に向かった。
どうやらリナたちが使うような宿とは違い、旅館は食堂で食べるのではなく、別に部屋を設けてくれるらしい。どうりで高くなるはずだ、とリナは思った。要するに人件費がかかっているのだろう。
半分のぼせてばら色に染まった頬をしつつ、部屋の扉を開けると、すでにガウリイとゼルガディスが料理を目の前にして待っていた。
「あらら、待たせちゃった?」
「まあ、少しな。ああ、なんか『箸』ってヤツを使えるかどうか聞かれたんだが、俺たちは使ったことがないだろう? だから使えないかもしれないと言ったら、フォークとナイフを用意してくれたぞ」
「はし? まあ、確かに聞いたことないわね」
「そうね、どんなのかしら?」
「どうも二本の棒で食べ物を挟んで食べるものらしい」
「二本の棒で!? そんなの無理に決まってるじゃない!」
「いや、ここの人たちには普通らしいぞ」
二本の棒でどうやって食べ物を掴むというのか、刺すなら分かるけど、掴むなど到底無理だ、とリナは思う。
ただ、料理を見ると、掴める大きさに切られている。やはり食文化の違いなのだろう。これなら一日どころかもう少し滞在していろいろ試してみたい気持ちに駆られる。
「おい、変なこと考えるなよ」
「ぎくっ、なによ、変なことって」
「ここに残ろうかなーとか考えただろう?」
「う……」
こういうとき、妙に鋭いガウリイ。そんなときは言い訳しても通じないため、口ごもる。
「オレたちはともかく、アメリアは周りが心配するだろうし、ゼルは目立ちすぎる。無理だろうが」
「分かってるわよ。魔力が充電されたら強制的に戻るように設定されてるし。とにかくご飯にしましょ。歩いたし、お風呂に入ったからお腹すいちゃったわ」
「ああ」
「ですね」
各々用意された席に着き、いっせいにフォークを持つ。その後はひたすら自分の目の前にある料理を口に放り込んだ。
しばらくして満足した後、ふと小さな陶器の器が目に入る。
「なにこれ?」
「あーそれは……なんだっけ?」
「確か『日本酒』という酒を飲むためのものらしい」
「こんなので飲むの? ずいぶんちまちましてるわねぇ」
「頼んでみるか?」
「そうね。どうせなら異国の文化を堪能しましょう♪」
そんな流れでゼルガディスが室内にある電話で日本酒の注文をする。電話の使い方はすでに説明を受けてあったらしく、すんなりとできた。
しばらくすると、これまたリナたちには見たことのない形の入れ物が数本、丸いお盆に載せられてくる。
どれくらい必要かわからなかったのと、どれだけあってもガウリイがいれば飲み切るだろうということで、かなりの本数を頼んだらしい。
「こんなによろしかったでしょうか?」
旅館の仲居さんが心配して尋ねると、リナは構わないと答えた。
そのため仲居は日本酒の入った徳利をすべてテーブルにおいたあと、部屋から出ていった。
「なんか面白いわね」
「まったくだな。ここの世界はかなり向こうと違うな」
「ま、とりあえず飲んでみましょ」
「ああ」
「わたしもいいですかー?」
「いいんじゃない」
よくない。よくない。
仲居が心配したのは、男性はともかく女性のほうは二人ともどう見てもまだ十代に見えたからだ。
けれどリナたちは日本では未成年の飲酒は禁止されていることを知らない。それにワインだの結構日常茶飯事に飲んでいるため、気にしたこともない。
そのままお猪口にお互い注ぎあって、そのままくいっと飲み干す。
さすがに温めてあるので、喉を通り過ぎる時にかあっと来て、アメリアは少し咽てしまう。
「けほ……っ、なんか、すご……」
「大丈夫?」
「な、なんとか……結構アルコール度高いんですね」
「そうでもないらしいぞ。ウィスキーとかよりはかなり低いらしいし」
「そう? でもなんかかーっとくるけど」
「温めているせいだろう」
「そうかなー」
そう言いながら、お猪口にまた継ぎ足して、今度はちょっとずつ飲んでいく。喉を通り過ぎる時に同じような感覚があるが、二度目になると注意するのか咽るようなことはなかった。
かくして、一時間後にはでれでれに酔った少女二人が出来上がった。
ちなみに男性陣のほうは意外と平気そうな顔をしている。
「結構うまくて癖になりそうだな」
「そうだな。特に熱くしてあるせいか、こういう寒い日にはちょうどいい」
「まったくだ」
くいっと日本酒を煽りながら話をする。実は久しぶりの再会のため、お互いかなり嬉しい。
そんな雰囲気をぶち壊すようにアメリアが爆弾発言をした。
「そういえば、がうりーさーん」
「な、なんだ?」
「リナとはどーなったんですかあ? リナってば二人の仲がどうなったのか、きーてもなかなか教えてくれないしー」
「えーと……それは――」
「こ、こらこら! いきなりなに言い出すかな!?」
「だってー、リナが話してくれないなら、がうりーさんに聞くしかないじゃなーい?」
アメリアがリナとガウリイの仲がどうなったか興味津々なのもあるが、これだけ長い間一緒にいて、そういう展開にどうして行かないものか、とやきもきしているところも知っている。
でもリナにしてみれば、そんなことはこっぱずかしいので話題にして欲しくない。
けれど、ガウリイはお酒が入って気が緩んだのか、ポロッと口を滑らせる。
「あーリナんちの実家にも行ったし、いちおー付き合ってるんだよな。リナ?」
「あー! なんで言っちゃうのよ!? ってか、どうして最後疑問系なの!?」
「だってあまり進展してないし」
「なにが、よ!?」
「なにって……まあいろいろと」
お互いの思いを打ち明けたのに、リナが恥ずかしがるため、なかなか進展していない二人の仲。
なまじ相棒の期間が長かったのもあるのか、そういうムードにもっていけないのもあった。
「駄目でえええええすっ! そんなの正義じゃありませぇぇぇんっ!!」
「はあ!?」
「せっかく両思いなら、なんで二人の仲が深まらないのっ!?」
「べっ別にいいじゃない! あたしたちがどうしてようとあんたには関係ないでしょうが!!」
「確かにそーかも知れないけど、このままでガウリイさんが生殺しじゃない! かわいそうよ!!」
「なっ……とにかくいいの!」
「よくなーいっ!!」
ヒートアップしたアメリアは止まらない。
猪突猛進の性格に、更にアルコールで理性のストッパーもなくなった今、誰が止められるだろうか。
ゼルガディスに助けを求めれば、我関せずというか、関わりたくないのか、お猪口を持ったままふいっと横を向いた。
「ガウリイさん!」
「な、なんだ!?」
「これがわたしたちの部屋の鍵です」
「あ、ああ?」
「おふたりに貸しますから、どんどんやっちゃってください」
「あ、アメリア!? 突然なに言うかな!?」
「おい、そうなるとアメリアが寝る場所もないぞ」
「ゼルガディスさんのところにお邪魔します」
「おい!」
「ゼルガディスさんは紳士ですから、そんなことはしませんよね?」
にっこりと釘を刺すアメリア。撃沈するゼルガディス。
現在のアメリアには、リナとガウリイの二人の仲の進展しか考えていない。
「いいじゃないですか! 異国の地で結ばれる二人! なんてロマンチックなの!!」
手を組んでうっとりと語るアメリア。こうなると手に負えないのはみんな分かりきっている。
が、リナにとってはある意味死活問題だ。
「ちょ……」
「そういえばお風呂に入るときに言ってましたけど、この部屋は和室と言って、寝るときもベッドじゃなくて、床に直に布団を引くそうです」
「だ、だから……?」
「すでに用意してくれてあると思いますし、普段とは違った雰囲気になれますよ? 素敵じゃないですか!」
普段もなにも、夜一緒に寝たこともないんだけどな――と心の中でこっそりとガウリイが呟く。
リナはただ顔を真っ赤にして口をパクパクさせるだけだ。
「いつもと違う雰囲気、お酒を飲んで頬が赤く染まったリナ、浴衣の合わせから見えそうで見えない胸元! ほら、その気になりませんか? ガウリイさん!!」
「そ、それは……」
思わず想像したのか、ガウリイが口元を手で押さえる。
リナはその様子とアメリアのばく進状態を見て、精神的に耐え切れずにブツブツと呪文を唱え始める。このままだと貞操の危機だ。
それを察したゼルガディスが、慌ててリナを止めるために声をかけた。
「リ……」
「うっさああい!! あんたはもう黙りなさい! 電撃!!」
「きゃあああああっ!!」
それでも場所が場所のため、一応配慮したのか、アメリア単体を攻撃する魔法を使用した。
電撃を食らったアメリアは、悲鳴を上げた後、意識を失った。
「おい……」
「うっさい! まったくなんて子なの!? ガウリイ、あんたも簡単に口を滑らすんじゃないわよ!!」
「は、はい……」
リナの迫力に圧されて、ガウリイは仕方なく返事をしてしまう。
その様子を見ながら、ゼルガディスはため息を一つ吐いた。
やはり変わってない――というのがありありと見える。
「はー……とにかく、魔力の戻り具合が早いから、あと少しで戻れると思うのよね」
「そうか?」
「ええ、深夜には強制的に戻ることになるから、別れないでまとまっていたほうがいいわ」
「ならどっちかの部屋に集まるか。ここはメシを食うだけみたいだし」
「そうね、そうしましょ」
結局、ゼルガディスが意識を失ったアメリアを抱えて男性陣の部屋に移動し、リナとガウリイが二人の荷物を取りに向かう。
部屋に入って、アメリアの言うとおり布団が用意されているのを見て、二人でいるのがやたら居心地悪く感じた。
「おーい、リナ。荷物はこれで全部か?」
「あ、うん。そう……」
「そっか。お前さんも酔ってるし、これくらいならオレが持てるから、お前さんは鍵かけてくれ」
「うん……」
明らかに気を遣われているのが分かって、なんとなくそれはそれで居心地悪い。待たせている自覚があるから、なおさらそう思うんだろう。
リナにすると男女の仲というのはかなり難しいもののように思えてしまう。
「あの……」
「ま、お前さんのペースで構わないよ」
「ガウリイ……」
「でも、とりあえずこれくらいはさせてくれよな」
笑顔で言われて、その後すーっと顔が近づく。唇に柔らかいものが軽く触れる。
少しするとすぐに離れて、優しい瞳でリナを見つめるガウリイの目が見えた。
「さて、そろそろ戻るか」
「……そだね」
自分のペースにあわせてくれるガウリイに感謝しつつ、二人はアメリアとゼルガディスのいる部屋に向かった。
その後、残ったお金をすべて旅館においた。記念に持っていくのも手だったが、あまり価値はなさそうということで止めにしたのだ。
そして魔力が充電し終わり、四人はもといた世界に戻る。
異界の新年を思い出に、彼らはそれぞれ別れを告げた。
また会おう――と。
いつでも会える気軽さが、四人の間にはあると思うから。
2007年のお正月企画?で出した、リナたち4人組が日本の正月にトリップする話。
現代モノというより、逆トリップを書きたかったから…かな?
異国(リナたちにとって)の文化に興味津々なのを書きたかったのです。