想い

 それは突然でした。
 町の復興に力を入れるわたくしの元に届いたメッセージは、この間立ち寄って話をしたばかりのリナさんからでした。

『こんにちは、シルフィール。この間はありがとうね。いきなり立ち寄ったのに温かいもてなしをしてくれて嬉しかった――』

 最初は普通の出だしでした。
 だから、わたくしはなぜリナさんが、いきなりメッセージを送ってきたのか分かりませんでした。
 でも、その後目の前の球は沈黙を続け――数分たった頃に、やっと悲痛な声音に変わったリナさんの声が流れてきました。

『……ガウリイが……死んだの。魔族に襲われて。あたしを……庇って。傷を受けた場所が悪くて……治療リカバリィくらいじゃ間に合わなかった……』

 切れ切れに呟くよう声に、わたくしは目の前が真っ暗になった気がしました。
 それでも、その事実を目の前にするまでは――そう思ってリナさんの言った町まで急いで行きました。
 言われた教会にはすでにゼルがディスさんとアメリアさんがいて、わたくしを迎えてくださいました。
 リナさんはわたくしを見ると、「いきなりごめんね」と笑みを浮かべた。

「ガウリイ様は?」
「あそこにいるわ。遺体は清めてもらって後は埋葬するだけ」
「ガウリイ様……」

 奥に安置された棺に震える体で近づくと、中にはガウリイ様が安らかな表情で、まるで眠っているかのように横たわっていました。

「ガウリイ様……」

 信じられない心境でガウリイ様の顔に触れると、それはとても冷たくて、生きているという感覚はありませんでした。
 生きていないなんて信じられないほど、こんなにも安らかな表情をしているのに。

「傷は体のほうでね……。だから見た目はとてもいいの。シルフィールが来たら埋葬しようと思っていたわ」
「そんな……どうしてっどうしてガウリイ様がっ!?」

 この間見た時はとても元気だったのに――!

「純魔族の襲撃にあってね。それで……」
「そんな……そんなっ!?」
「とりあえず、シルフィールも来たから埋葬を始めるわね。これ以上このまま置いておくのも良くないから」

 リナさんはとても落ち着いていて、教会の人たちに頼むと、用意されている墓所に棺が移動されました。
 ゆっくりと土の中に棺が下ろされ、その上に土がかけられていく。
 わたくしは、ただ黙ってそれを見ているしかできませんでした。

 

 ***

 

「シルフィール、夕食を用意したてもらったわ。食べましょう」

 リナさんに声をかけられて、やっと現実に戻った気がしました。
 そうだったわ。
 あのあと、一人になりたいと頼んで、部屋を用意してもらうと、部屋のベッドに座り込んでじっと考えていたんです。
 そして、気がつくと夜になっていたらしく、窓からは星が見えるほど暗くなっていました。
 促されるまま部屋から出て、用意された食事の前に座る。それでも食事をとる気になれなかった。
 なのに、どうしてリナさんは平気で食事をすることができるのでしょうか。
 ガウリイ様が亡くなって悲しくはないのでしょうか?
 わたくしは前と変わらずにいられるリナさんを見て苛立ちを感じました。それは胸のうちに秘めておくだけでは収まらず、気がつくと口からあふれ出しました。

「……どうしてっ! どうしてリナさんは平気なんですか? ガウリイ様は死んでしまったんですよ! しかも聞けばリナさんを庇ったというじゃないですか。それなのに、なんでリナさんは平気なんですか!?」

 以前リナさんはガウリイ様のことを光の剣目当てとか、便利なアイテムとか言っていました。
 もしかして、その言葉は本当で、だからガウリイ様が亡くなったとしても痛くもなんとも思わないのかしら、と疑いました。
 いえ、本当はそんなことはないのでしょうが、それほどリナさんの行動は悲しみなどなく淡々としたものだったのです。

「どうしたんだ?」
「どうしたんですか?」

 わたくしの声を聞いて現れたゼルがディスさんとアメリアさんは、何があったのか分からずに問いかけてきました。
 でもわたくしもそれに答えるゆとりはなく、また、黙っているリナさんに更に追い討ちをかけました。

「答えてください! ガウリイ様は……ガウリイ様は、リナさんのために死んだんですよっ!?」

 こんな、こんな人のためにガウリイ様は亡くなったのかと思うと、とても悲しくて、気づくと涙があふれていました。
 ゼルがディスさんとアメリアさんは困惑した表情で、リナさんとわたくしを交互に見つめています。
 そんな中、リナさんは俯いていた顔を上げて、わたくしに向かって微笑を浮かべました。

「だから、よ」
「リナさん?」

 リナさんの表情はとても僅かながらでも笑みを浮かべていて、わたくしはどう反応していいのか分かりませんでした。

「ガウリイはあたしを庇って死んだわ。だから、あたしは生きるの」
「……」
「こう言うと自惚れてるって言われるかもしれない。でも、あたしはそう思ってる」
「リナさん……?」
「ガウリイはあたしを庇って死んだ。それは、ガウリイがそれだけあたしのことを大事に思ってくれたから――って」

 リナさんは一旦話を切ると、ゆっくりと瞼を閉じました。
 リナさんの脳裏には、ガウリイ様が死ぬ瞬間が蘇っているのかもしれません。眉根を寄せ辛い表情をした後、ゆっくり目を開きました。

「普通どうでもいい人を自分の命を張ってまで庇わないわ。だから、それをしてくれたガウリイは、あたしのことをそれだけ大事に思ってくれていたんだって、あたしは思う」
「リナさん」
「ガウリイが、そこまで大事に思ってくれた命だから、だからあたしは生きるの。ガウリイの気持ちを考えたら、後を追うなんて自己満足なことできないわ」

 言い切ったリナさんの目には、いつものような固い意志が宿っていました。

「あたしは生きるの。ガウリイの分まで。生きて、生きて……最後の瞬間ときを迎えるまで――」
「リナさん……」
「あいつが迎えに来た時に、頑張って生きたわよ、って胸をはって言えるように」

 この瞬間、わたくしはリナさんに敵わないと思いました。
 リナさんは、辛いけど、ガウリイ様の意思をついで生きることを選んだのだと。
 リナさんは楽な道を選ばなかったことを知りました。

 

 ***

 

 あれから数年後――リナさんはたまにサイラーグを訪れてくれます。
 そのときには、前に会った時からおきた出来事を語ってくれたり、昔を思い出してガウリイ様の話をしたり。
 リナさんはガウリイ様の分まで頑張って生きました。その強さに、わたくしもいつの間にか、どうしてガウリイ様がリナさんに惹かれたのかが分かるようになっていました。

「じゃあね、シルフィール」
「ええ、お元気で。またお待ちしてます」
「それじゃ、また!」

 こうしてリナさんはまた旅立ちました。
 笑みを浮かべながら、リナさんとガウリイ様――二人分の命を抱えて、しっかりとした足取りで。

 また会えるのを楽しみにしています、リナさん。

 

 

おろしていた昔の話を修正。
死にネタなので迷ったけど、シルフィール一人称だったので、なんとなく復活。

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