「大変です!」
朝いつもどおりにメシを食おうとした時だった。
なかなかリナとアメリアが降りてこないから、どうしたんだとゼルと話していたんだ。
あのリナがメシを忘れるわけがない。そんな時に、アメリアの言葉。
それにして、もまた問題を起こしたんだろうか。リナのヤツは――
「どうした。アメリア」
ゼルが冷静にアメリアに尋ねる。
まあ、アメリアも大げさに伝えようとするところがあるから、ゼルの冷静さはありがたいかもしれん。
「それが、リナってば風邪引いたらしくて……熱がすごいんですよ!」
「風邪? あのリナが?」
「熱ってどれくらいだ?」
口々に質問するオレたち。
確かにリナは頭はいいから、『バカは風邪引かない』ってのには当てはまらないが、どう考えても『オニのカクラン』だよな。
「熱はかなり高めだと思います。一応タオルをぬらしてリナの頭の上においてきましたけど……一応、お医者様に診てもらったほうがいいかと」
「そうだな。熱もあるんじゃ」
「ああ、俺が宿の主人に聞いてこよう」
「お願いします」
それにしても、確かに昨日のリナはちょっと変だったが、いきなり熱が出るまでひどい風邪を引くなんて。大丈夫だろうか?
「リナでも風邪引くのね」
「だよなあ。リナの場合、風邪の神様がいたら裸足で逃げて行くかと思ってた」
「わたしもです」
アメリアと本人が聞いたら呪文で吹っ飛ばされそうな会話をしている間に、ゼルガディスが戻ってきた。
「近くに医者がいるらしい。来てくれるよう頼んでもらったぞ」
「ああ、すまん」
こういう時、ゼルってやっぱり便利だよなー。
リナのヤツが、便利なアイテムその○とかいうのが分かる気がする。まあ、オレもそれに入っているんだけどな。
***
「ただの風邪ですね。安静にして薬を飲ませておけば数日でよくなりますよ」
「そうですか」
医者は慣れたもので、そう言いながら三日分の薬を置いていってくれた。
リナも薬のおかげで今はぐっすりと眠っている。
「さて、ここで問題なんですが――」
「ん?」
「どうした。アメリア」
神妙そうに言うアメリアに、オレたちは訳が分からず尋ねる。
「だから、リナの看病ですよ。か弱いわたしが看病したら絶対移るに決まってます! かといって、ゼルガディスさんに頼むのもなんですし――」
「おいおい。自分でか弱いって言うか? だいたい高いところから落ちてもまるっきり平気なくせに、説得力ってもんが……」
「それとこれとは別です」
「別?」
なにが別だって言うんだ?
だけどアメリアは人差し指を立てて横に振る。
「いいですか、ガウリイさん。確かにわたしの体は丈夫です。でも風邪とかは別なんですよ。で、風邪を引いてるリナの側にいたらぜったい移ります。ええ、百パーセント、確実に」
「で、だったらどうするんだ? 俺か旦那か?」
「そうですね。やっぱりここは保護者であるガウリイさんが一番だと思います。それになんとかは風邪引かないって言いますし」
「おいおい、なんとかって……」
まあ、面倒見るのは別に構わないが……なんとなくアメリアの言い方に引っかかるものを感じるなぁ。
ゼルも微妙な表情をしながら、オレのほうを見る。
ま、仕方ない。
「……分かったよ」
「ありがとうございます、ガウリイさん。ということで、わたしは下に行って、この部屋と後、シングルを二部屋借り直してきます。ゼルガディスさんはガウリイさんの荷物を運んであげてください。ガウリイさんはそのままリナを診ていてくださいね」
アメリアは早口でそう言うと、ゼルガディスを促し部屋から出ていった。
段取りよすぎるというか、最初から考えていたんだよな、これって。ゼルも小さなため息をはいてから、オレの荷物を取りに部屋を出ていった。残ったのは寝ているリナとオレだけ。
それにしても、面倒をみる、ねえ。リナは今は注射のせいでぐっすり寝ているし、特にすることはないしな。
オレは、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、眠るリナをじっと見つめた。
そーいや、出会った頃よりは大人びた感じになったよなー。出会った頃は子ども子どもしていて、無茶をして危なっかしくてしょうがなかったのに。
そう思いながら、オレはリナの頭に乗ったタオルを水に浸して絞りもう一度乗せた。
「んー……」
「大丈夫か?」
どうやらこのせいで目を覚ましてしまったらしい。リナが薄目を開けてこっちを見た。
「がうりい?」
「なんだ?」
「んー……お腹すいた」
リナらしい言葉にオレは苦笑しながら、宿のおばちゃんが見舞いにと持ってきてくれたリンゴを剥きはじめた。
リナが剥いてくれるようにきれいに剥けなかったが、自分してはなかなかの出来で、それを更に小さく切って一つずつリナの口に運ぶ。
リナはいつもなら恥ずかしがるのに、体がだるいのか素直にリンゴをしゃりしゃりと食べる。
「美味いか?」
「うん。どしたの? これ」
「宿のおばちゃんにもらった。もっと食うか?」
リンゴを一個丸まる食べてしまい、まだ欲しそうな感じだったから、もう一個リンゴに手を伸ばす。
「うーん……いいや」
「そうか?」
「うん。とりあえず喉も潤ったし」
その言葉にオレは剥いた皮をまとめ、部屋の隅にあるごみ箱に捨てに行こうと立ち上がった。
「ん?」
不意に引っ張られる感触。
下を見るとリナが小さな手でオレの服を引っ張っていた。
「あ……」
リナのほうも驚き小さく呟いた後、慌てて手を離す。そして恥ずかしいのか布団を思い切り頭までかけて、横を向いてしまった。
そっか、風邪引いて心細のか。
オレは急いでごみ箱にリンゴの皮を捨てると、戻ってきてリナの頭をポンポンと叩いた。
「ここにいるからゆっくり休めよ」
リナから返事は返ってこなかったが、緊張がほぐれ体の力が抜ける。
やがてそのまま寝入ったらしく、小さな寝息が聞こえてきた。
「お休みリナ。早く良くなれよ」
大人しいリナもたまにはいいが、やっぱりリナには元気なリナでいて欲しいからな。
そしてオレはそのままリナの側にいて、リナが眠るのをずっと眺めていた。
後日、元気になったリナに「やっぱり馬鹿は風邪引かないって本当なのねー」と思いっきり笑われたほど、リナの側にいたけどオレは元気だった。
やはり『なんとかは風邪を引かない』というのは当たっているのかもしれん。
良くある病気ネタ。
でも何が書きたかったというと、甘えるリナより、ちゃっかり仕切って安全なところをキープする姫だったりします。