うららかな午後のティータイム――って言えば聞こえはいいんだろうけど、実際は頭を抱えて絶叫するゼルに、面白そうな顔でそれを見ているアメリアの姿。
そして給仕のために控えているメイドは、びくびくとした態度でこちらを窺っている。この場に居合わせた彼女に少しだけ同情の目を向けた。
が、あたしは何食わぬ顔でカップに口をつけて香茶を飲んでいる。
まあ、ゼルはあんな容姿だし、今は叫んでるからこの城では変な人に決定されただろうな。
あたしもはこの城ではお家騒動を救った(?)人物として知られている。が、それ以上に述べたらキリがないほど物騒な二つ名のこともあり、これまた怪しい人物として映っているだろうこともわかっている。
ま、別にいいけど。美味しいものさえ食べられれば。そして今度はテーブル中央のクッキーに手を伸ばした。
ぱく。うん。美味しい。
マイペースを貫いていると、ゼルは絶叫をやめてテーブルに突っ伏した。叫ぶのに疲れたのか、はたまたさらに落ち込んだのかは分からない。
ゴンッとという派手な音がした。ゼルは硬いからなぁ――などと思っていたが、よく見るとゼルの髪はテーブルに突き刺さっている。硬さに加えて鋭さもあるのか。武器になりそうな髪の毛だ。
「ゼルガディスさん大丈夫ですか!?」
その様子に慌てたアメリアがカップを置いて尋ねる。が、ゼルからその返事はない。かなりダメージを食らったようである。
ふっ、あたしをからかうからよ。やられたら少なくとも十倍程度にはやり返す主義だ。今回もそれができたようで何より何より。
あたしはゼルの姿に満足して見ていると、ゼルはガタッといきなり立ち上がった。
「ゼルガディスさん!?」
「………………すまんが、少し休ませてもらえるか」
「あ、はい。部屋は用意してありますから」
「すまんな」
思いっきり棒読みの短いセリフを吐きだすと、ゼルは側にいたメイドに案内されてあとをついていく。
あー、ヨロヨロしてるなぁ……
って、あ! 今柱にぶつか…………ちょ、髪が数本刺さって残ってるんだけど!?
よく見るとゼルがいたところはテーブルにも数本、いや、十数本の硬質な髪が刺さっている。これって髪だって説明しなければ細い針金だと思うだろうなぁ、と思いながら、抜けたゼルの髪に触ってみた。うわ、やっぱり硬い。
「ゼルガディスさん、大丈夫かしら?」
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと精神的にダメージを負っただけだから」
「ううん、そうじゃなくて……」
「じゃなくて?」
なんだろ。アメリアもどっかズレた心配するからなぁ、と思っていると、案の定ズレた心配をしていた。
「円形脱毛症にならないかな、と」
「え、円形脱毛症?」
「ええ」
「そりゃ、いちおー大丈夫でしょ。少しすればすぐ忘れるわよ」
「円形脱毛症というか、ここ、まとまって刺さってるじゃない? だからこれが抜けた所が……」
アメリアがゼルの髪が刺さったテーブルを指差す。
よく見ると確かに一ヶ所だけ特に多いところがあった。
「あら、本当だわ」
「でしょう!? はっきりと分からないけど、絶対まとまって抜けてる箇所があると思うのよ。そこが……」
「……おひ」
訂正。心配じゃなくて面白がってる。
ある意味あたしより大物かもしれないわ。これじゃ、きっと分かっててあたしの話に乗ってゼルをからかったんだろうな。思わぬアメリアの一面を見て、心の中で少しだけ驚いた。
とりあえず見なかった、聞かなかったことにしよう。うん。あたしは気を取り直すために香茶を口に含んだ。
気分を落ち着かせていると、そよ風が通り過ぎて気持ちいい――などと思っていると、つまらなくなったのかアメリアが別の話をし始める。
「あ、そう言えば姉さんがこの近くに来てるみたいなのよ!」
「ああ、旅に出ているっていう――グレイシアさん?」
「ええ。リナは会ったことないでしょ?」
「そうね。話には聞いているけど」
旅に出たきり帰ってこないというアメリアのお姉さん――グレイシアさん。
確かに会ったことがないから、今回会えるなら、それはそれで一つ話のネタになるかもしれない。
「あたし達がいる間に、戻ってくるといいわね」
「ええ、リナにも会わせたいわ。自慢の姉さんだもの」
「そう」
あたしも姉ちゃんは世界一怖い人だけど、同時に自慢できる人でもある。だからアメリアの気持ちはなんとなくわかる。
でも、アメリアのお姉さんってどんな人だろ?
アメリアと知り合ってから結構経つけど、その間、セイルーンに戻ったっていう話は聞かない。
「でも無事に帰ってこれるかしら。姉さんってものすごい方向音痴だから」
あたしの思考を遮るようにアメリアがぽつりと呟く。
方向音痴――それを聞いてあたしはある人物を思い出してしまった。ううむ。こんなところでアイツを思い出すとは……なにやら不吉な予感が走る。
それを回避するべくあたしはアメリアにグレイシアなる人物のことを尋ねた。
うん。まったく違う人だと分かれば、アイツのことなんてすぐ忘れられるわ。
「そういえばグレイシアさんってどんな人なの? アメリアの話だとすごくいい人みたいだけど」
「姉さんのこと?」
アメリアは自慢の姉を語りたいのか、嬉しそうな表情でこちらを見る。
まあ、夕食までまだ間があるし、たまには聞き役もいいかもしれない。
「うん。アメリアのお姉さんってどんな人?」
「一言で言うならすごい人――かな。なんか変わった人たちに人徳(?)があったりして」
「変わった人たち……、じ、人徳(?)……?」
方向音痴な上に妙な人徳?
……もしかして聞くの間違った!? 一筋の汗がつーっと頬を伝わる。
でも困ったことにアメリアの語りは終わらない。
「ええ、あ、そう言えばガウリイさんと気が合うかもしれないわ」
「どどど……どうしてよ?」
「姉さん、くらげにも人徳(?)あるみたいだし。日々リナにくらげ、くらげって言われてるガウリイさんなら合うんじゃないかしら?」
「……く、くらげに人徳(?)……」
「他にもあるらしいけど、木の根とか」
「そ、そう……」
人徳についてピンポイントで突いてくるのが恐ろしい……。
ヤバいヤバいヤバい――頭の中で警鐘が鳴り響く。これ以上話を聞くなと本能が告げる。
だけどあたしが拒否する間もなく、アメリアはグレイシアさんのことを語る。
「そういえば、わたしが高いところが好きになったのも姉さんのせいかなぁ」
どこか遠い目でさらりと爆弾落とさないで!
「高いところに登って大声出すと、すごくすっきりするのよねぇ。これも姉さんに教えてもらったんだけど」
いやー! それ以上言わないでーー!!
「きれいで強くて、ほんっとうに自慢の姉さんなの! すごく高い声で笑うのが上手なのよ♪」
……………………………………………………………………
……………………………………………………………………さいですか。
もはや燃え尽きて灰になる一歩手前状態のあたし。
ああ、いやーっ!
ぜったいあのナーガがこの国の第一王女だなんて信じたくないっ!
でも、あちこち旅してるって言うし、話の内容的にナーガに当てはまることが多いのは事実。
ううむ……こうなるともう賭けだ。
ズバリ! アメリアに事実を確認するのだ。
間違いならそれでいい。世の中には自分に似た人が三人はいるということだから、ちょっと(あくまでちょっとと思いたい)似てるだけの人なのだ。
そして……これが一番恐ろしいのだが……もしそれが本当なら、この国に一切足を踏み入れない!
――触らぬナーガに祟りなし!
あたしは意を決して、アメリアに最後の賭けに出た。
「ね、ねえ。そう言えばアメリアのお姉さんのフルネームってなんて言うの? グレイシアさんってことは聞いてるけど……」
「ああ、姉さんのフルネーム?」
「うん。フルネーム」
声が震えるのが自分でもわかる。
なんて言うか……魔王と対峙するよりよっぽど怖い。姉ちゃんのお仕置きに次ぐ恐怖だ。
「えーと……姉さんは……グレイシア……グレイシア……えーっと……」
「アメリア?」
「あら、なんか思い出せないわ。ミドルネームなんだっけ?」
ガシャアアアアンッ!
すっとぼけるアメリアにあたしは思いきりずっこけた。器用にも座っていた椅子から勢いよく落ちる。
それを見てアメリアはすごく心配した顔をする。
「大丈夫、リナ?」
「だ、大丈夫……というか、あんた家族の名前くらいちゃんと覚えておきなさいよ」
「そう言うけど、姉さん呼ぶのにフルネームとかミドルネームとか必要ないんだもの」
「まあ、確かに。でも、あんた悪党たちにわざわざフルネーム名乗ってるじゃないの」
「それはそれよ。姉さんは『姉さん』で済んでしまうもの」
………………。
たしかに名前なんてものは相手の識別と呼ぶ手段である。だから、やたら長い名前なんて必要ないし、省略する。特に身内なら、続柄で呼ぶ方が普通だろう。
だからと言って忘れるな! と言いたいけど。
まかりなりにも家族だし、しかも自慢の姉だって言っているのに。
「なんなら父さんに聞いて――」
「いやいいからっ!!」
気になって尋ねるアメリアの語尾を遮るように、瞬間的に拒否した。
世の中知らないほうが幸せなこともある。
そしてこれは絶対にその類に入る!
だから聞かないほうがいい。
真実は闇の中の方がいいのだ。