馬鹿にされちゃあ困るわね――そんな表情を浮かべてデビットとゼロスを睨みつけた。
リナは余裕ありげな顔をするが、本当は今の体調がすこぶる悪い。それにデビットはともかく後ろに控えるゼロスの力は予測できない。
だが、負けるわけには行かない。そのため少しでも有益な情報を得なければならなかった。
「あんたのような三流、ゼロスのようなのがいなきゃ何もできないくせに!」
そのため、リナはあえて相手を挑発した。
どうもこのデビットは怒りに任せてぽろっと口にしそうなタイプだ。
「なにをっ!? 小娘が!!」
思惑通り、三流と言われて、デビットは逆上して持っていた杖を振り上げる。
けれどもそれは、リナの頭上で、ゼロスの持っている杖に止められた。
「いけませんよ、デビットさん。リナさんのことは僕にすべて任せるという話でしょう?」
「く……っ」
「ここで僕が手を引いたらどうするんです? リナさんとシルフィールさんに、エルメキア王暗殺の黒幕があなただとばれてしまいました。まぁ、まだこの二人をなんとかすれば問題はありませんが」
「だから今ここで殺してしまえばいいだろう!?」
二人を殺してしまえばいい――と、言いきるデビットに、シルフィールの肩がびくっと反応する。姪に対する扱いとはとてもじゃないが思えない。
リナはデビットは常軌を逸しているとしか思えなかった。
「それはまあそうなんですが、こちらにも事情というのもありまして。なにより、リナさんは普通の人には御し得ません。あなたでは無理です」
「たかが小娘じゃないかっ!?」
「リナさんをたかが小娘と侮るなら、あなたはそれまでです。彼女には素晴らしい力が宿っているんですよ。凡人には分からないかと思いますが――」
今度はゼロスに凡人と言われてデビットが顔をしかめる。
彼はあくまで五聖家の者――秀でた者だと思っているのだ。それを否定されるのは耐えられない。彼はプライドが高すぎた。仕方なくデビットは吐き捨てるように。
「……っ、分かった。……小娘は好きにするがいい。ただし、私はこれからお前が連れてきたやつらを使わせてもらうぞ」
「どうぞ、ご随意に」
ゼロスは丁寧にお辞儀をすると、デビットはもうここに用はないとばかりに部屋から出ていく。
ゼロスはその後姿にぞっとするような笑みを浮かべた。
(こいつ……自分があの男を操っているのを隠しもしないなんて!)
確かに挑発したのは自分だ。
けれど、それはデビットに語らせるためだったのに、ゼロスが全てバラしてしまった。
もちろんデビットはそれに気づいていないようだったが。
「短気な方ですねえ。急いてはことを仕損じるというのに」
「そう仕向けたのはあんたじゃないの?」
「おや、バレてしまいましたか」
「バレないわけないでしょう? あんた、デビット=ランドールを切り捨てる気ね?」
「ええ、僕には欲しいものが手に入ったので」
「欲しい、もの……?」
デビット=ランドールをけしかけてまで、この男が欲しがるもの――それは一体なんなんだろう、とリナは訝る。
そんなリナを見て、ゼロスは口端に笑みを浮かべた。
「おやおや、まだ気づかないんですか? 僕が欲しかったのはリナさんですよ」
「はぁっ!?」
リナは信じられないといった素っ頓狂な声を出した。
エルメキア王暗殺などに加担したり、またその後それをどうでもいいかのように切り捨てたゼロス。
それでも欲しいといったのがリナだと知り、シルフィールも不思議そうな表情を浮かべた。
リナはこの男は自分のことをどこまで知っているのか――いいようのない不安が襲う。
「貴女は自分の価値をぜんぜん分かってないのですか?」
「そんなもん知らないわね」
「おやおや、前ゼフィーリア女王の第一子ともあろう方が。本来なら、貴女がゼフィーリア女王として君臨していたはずなのに」
「え!? リ、リナ……さん!?」
さすがにシルフィールが信じられずに声を上げた。
けれどリナはそれに答えることも、ゼロスに対してなぜ知っているのだというような表情もしなかった。
本当なら詰め寄って確かめたいけれど、決して表には出していけない。また、迂闊に反論できるものではなく、リナは黙るしかなかったのだ。
ゼロスはそんなリナの心情を察したのか、笑みを浮かべながら話を続けた。
「まあ、そのことは置いておきましょう。第三者であるシルフィールさんがいたら、貴女は決して口を開かなさそうですし」
「……」
「まあ、デビットさんが僕が連れてきた者たちを使うそうですので、うまくすればそれでエルメキア王の首も取れるかもしれませんしね」
「……っ、あんたの目的はなんなの!?」
ゼロスがなぜデビットを影から援助してまで、エルメキア王であるガウリイの暗殺を企てたのか?
このままいけはデビットの今までの行いが分かり、捕まるのは時間の問題だろう。
けれど、それではゼロスの真の目的は分からないままだ。そうなればゼロスは次に丁度いい人物を見つけ、同じことを繰り返すに違いない。
だからこそ、今ここで聞き出さなければいけない。
「そう急くものではありませんよ、リナさん。彼らが王の首と取ってくるのにも時間があります。その間、ゆっくりとご説明いたしますよ」
「あいにく、あたしは短気なのよ。あんたの戯言にちんたら付き合う気はないわ」
「相変わらずつれないですねぇ。まあ、簡単に手に入らないのがまたいいんですが……」
「話しなさい!!」
のらりくらりと躱すゼロスに、リナは命令口調で叫ぶ。
ゼロスは肩をすくめると、「仕方ないですねえ」と呟いた。
「まあいいでしょう。どうせ分かることですから。僕はですね、ライゼールから来たんですよ」
「……っ!?」
ライゼール、と言われて、一瞬言葉に詰まる。
だが、ライゼールが今一番邪魔だと思っているのは、ゼフィーリアではなく、エルメキアだろう。
だから――なのだろうか、とリナはゼロスを睨みながら考える。
リナのその様子を見ながら、ゼロスは満足げな笑みを浮かべた。
「頭のいい者は好きですよ。リナさんがそういう人で本当に良かった」
「あんた……」
「ラルティーグは簡単に陥落ちましたが、セイルーンの時はエルメキアが邪魔をしてくれました。ゼフィーリアを手に入れようと唆したのに、エルメキアと同盟を結ぶと聞いて臆病風に吹かれましって……おかげで僕がこうしてエルメキアにまで来ることになったんです」
笑みとともに流れてくるのは、物騒な言葉。
その笑みも、よく見れば冷ややかで、自分以外の者を見下しているようなところが窺えた。
「なに、言って……」
「本当に、エルメキアは邪魔なんですよ、僕にとって。しかも、五聖家で成り立っているこの国は、他の国と少し違うので――」
ゼロスの笑みは変わらない。余裕からなのだろうか。しかし、彼の言うことが本当なら、ゼロスはライゼールの間者になる。
いや、それ以上に『ゼフィーリアを手に入れようと唆した』とゼロスは言った。
それを信じるのなら、ライゼール王ウィリアムが全ての悪ではなく、ゼロスが後ろで操っているということなる。
(……はは、まさか。何でそんな黒幕がこんな所までノコノコ来るのよ。ぜったい嘘だわ。ないない、ありえないわ)
リナはそこまで考えて驚愕した後、結局はありえないという結論に達した。
黒幕が敵地までご丁寧にやってくるとは思えないし、また簡単にそのことを語るなんて馬鹿なことはないだろう。
どちらかというと、それに便乗した愉快犯に思える。
「信じられないわね」
「おや? なにがですか?」
「あんたが言ったことすべてよ!」
「僕は嘘は言ってませんよ。デビットさんのことも、ライゼールのことも……どちらも僕にとって些細なことでしかありませんから」
「なっ……!?」
ゼロスは国同士の争いを、ある国の王位に関することを些細なでしかないと言い放つ。
その昏い瞳には嘘の色は見えない。恐らく、それがゼロスにとって真実なのだろう。
国同士を争わせ、大多数の死者を出しながら平然としている。そして尚、それが欲しいものではないと言い切るのだ。
リナはゼロスの抱える闇に身震いした。
「さて、僕のほうは手の内を少し見せました。けれど他の方もいらっしゃいますし、今はこれくらいにしておきましょう」
「……」
「後のことは、デビットさんがエルメキア王の首を取ってこれるかどうか――ですね。それまでは貴女たちにここにいてもらいます」
「こんな所に? 招待してくれるならもう少しマシな部屋にして欲しいわね」
石畳の冷たい床に、明り取りの窓一つしかない部屋ではない牢屋。
こんな場所に誰がいたいと思うのか。ふざけんじゃない、とばかりにリナは憤慨しても、ゼロスはただ面白そうに笑み浮かべるだけだった。
「僕としてもそうしてあげたいのですが、リナさんを下手にこの部屋から出すと何をするか分かりませんので。食事のほうは用意させますので、とりあえずはそれで我慢してくださいね。それでは」
ゼロスは話を切り上げ、再び重い鉄の扉を開ける。廊下に出ると扉を閉め、鍵かけたのか、カチャリという小さな金属音が耳に届いた。
リナはゼロスがいなくなったことで少し気を緩めながらも、ガウリイ達のほうをどうにかしなければと思う。全員そろっているし、暗殺者たちに関しては問題はないだろうが、黒幕が誰かは伝えなければならない。
けれど、リナはゼロスが何者なのか。また自分のことをどれだけ知っているのか確認しなければならない。
今すぐに、ここを動くことはできなかった。
「シルフィール、あなた一人でエルメキア城に戻ってくれる?」
「……え? リナさんは……?」
リナはもはや彼女のことを様付けで呼んでいなかった。
でも、シルフィールもそれに対して何も言わなかった。
「あたしはまだあいつから聞き出さなければならないことがあるわ。でも、今のことをガウリイたちに知らせなければならない」
「はい……」
「だからお願い。シルフィールが行ってみんなに知らせて」
拒否するかもしれない。
けれど今はシルフィールを頼るしかない。
それにシルフィールなら、ガウリイの害になるようなことは望まないはずだと思っている。だからこそ、リナはシルフィールにそう頼んだ。
「はい。行きます」
シルフィールはしばらく考えた後、しっかりとした表情でリナにそう返事を返した。