アメリアの声に、ガウリイは僅かに光を見つけた気がした。
「本当か!?」
「はい! すみませんが地図を持ってきてください!!」
「分かった」
ゼルガディスが素早く返事をして部屋から出ていく。
この部屋から執務室は近く、ゼルガディスは一枚の丸めた紙を片手にすぐに戻ってきた。
「これがエルメキアの地図だ」
「ありがとうございます」
「それでどうするんだ?」
「これを……使います」
「これ?」
アメリアは腕につけていた腕輪から、中についている宝石護符を取り外した。
そしてそれをうまく紐に括りつけ、地図の上にぶら下げる。
「これは昔、リナに魔法をかけてもらったのなんです。いつもいつも……これがあるおかげでわたしは道に迷うことがなかった――」
「そんな魔法が……?」
そんな魔法など使えるものはいない、と訝しがるゼルガディスをおいて、アメリアは宙にぶら下げた宝石護符に意識を集中した。
行きたい場所――それはリナの所。
そう思い念じると、宝石護符は鈍く光りだす。その光は徐々に広がっていき、そしてその後一点に収束し、地図の上――ある一点を指した。
「ここが!?」
「まさか!?」
「冗談、だろ……?」
そこはエルメキア城から北にある、五聖家のうちの一つ――ランドール家の屋敷がある場所だ。
ガウリイたちはそれが信じられなくて、口々に否定、または疑問の言葉を口にする。
アメリアはそれが分からないため、驚いている彼らにその場所について尋ねた。
「ここはどこなんですか?」
「ここは……五聖家のランドール家のある場所だ」
「ランドール……シルフィールさんの家ですね?」
「ああ……だが、どうして……」
納得いかない顔をするゼルガディス。
それでもアメリアはリナのかけた魔法を信じた。いつだってこれはアメリアに正しい道を示してくれたものだから。
「どうしてか分かりませんが、とにかくここにいるんです!」
「しかし、だな……」
「しかしもかかしもありません! とにかくここにいるんです!!」
いい加減現実を見て! とアメリアはゼルガディスに詰め寄って叫んだ。
その勢いにゼルガディスは後退るが、ルークが何か考えるような仕草でぼそりと呟く。
「アメリアの言うことが正しいとして……少なくとも、シルフィールの家だとしたら、シルフィールがいるかどうか確認ぐらいできるんじゃないのか?」
ルークの言葉にゼルガディスの表情が変わる。
「確かに。ここに居ないから家に戻ったのか、とか尋ねることはできるな。というより、無断で城から出た以上、問い合わせなければまずいだろうし」
「だろ? リナについては聞きづらいが、シルフィールに関しては行方不明になった以上、こちらとしても動かなければまずいと俺は思うぜ」
ルークとガウリイの意見にゼルガディスは少し考えた後、静かに口を開いた。
「そうだな。まず、ガウリイ。シルフィールの所在に関してのきちんとした書状をランドールへ送るんだ」
「あ、ああ」
「いいのか? ランドールが暗殺者と関わりがない場合、問題ありじゃねぇのか?」
「今回はシルフィールの行方についての問い合わせだ。暗殺者に関しては触れない。……が、ただ思い出したんだ」
「何をだ?」
こうなると部外者のアメリアは黙って聞いているしかない。
けれどゼルガディスが語るのは、あくまでシルフィールのことだ。アメリアには不満が募った。
「二年前の即位の時、デビット=ランドールが王位に就きたがっていた――ということを、な」
「は!?」
「おい、それはどういうことだ!?」
ガウリイとルークが驚く。
アメリアも、二年前の即位の時は特に問題なかったと聞いていたため、ゼルガディスの話のないように目を瞠った。
「デビット=ランドールは王になりたかった。けれど、彼は当時、四十七歳――即位するには微妙な年だ。即位しても数年で代替わりしなければならなくなる可能性が高い。反対にガウリイは若いといえば若いが、即位して落ち着けばその治世は長いものになる。そういう理由でガウリイが即位することになったんだ」
ゼルガディスは顎に手を当てながら、当時の出来事を呟いた。
「そんな裏話があったのか?」
「ああ」
「でも、うちの父さんも結構な年で即位しましたけど」
「……すまんが、この際セイルーンのことは置いといてくれ」
横から口を出したアメリアに、ゼルガディスがため息をついた。
確かに一つの家系が綿々と続いているセイルーンやゼフィーリアと、五つの家から成り立つエルメキアを同じように考えることはできない。
けれど、王位継承のときにいろいろ問題が起こるのはどちらも同じだ。
「すみません。でも、それなら二年前にきっちり話をつければ良かったのに。なんで今頃になって?」
「まったくだ。何をとち狂ったんだか……」
「確かに。あの時には特に問題になるほどではなかったはずだ。彼も王になりたかったが、自分の年を考えて仕方なくだが辞退したはずだった」
「じゃあ、最近になってその考えを変えるような何かがあったってことでしょうか?」
「かもしれん……」
デビット=ランドールを変えたのは何か――それを考える時間は今はない。
それよりも、消えた二人の行方を捜すほうが先立った。
***
気がつくとそこは平らな石が敷き詰められた部屋だった。
飾りも何もなく、壁もレンガを積み重ねてあるだけ。それと高い天井に近いところにある明かり取りのための窓と、そして鉄の扉のみだった。
ふらつく体を起こすと、隣には栗色の少女がいまだ意識不明で倒れたまま。
「リナさん!」
慌ててリナの元へと近寄ろうとするが、一歩踏み出したところで急激な眩暈に襲われる。
けれど一歩後ずさると、その眩暈はいきなりなくなった。
「こ、これは……リナさんは……? リナさん! リナさん!!」
「……ぅ、ん……」
「リナさん!」
微かに反応したリナに、シルフィールはリナの名を呼ぶ。そして近寄ろうとするが、歩み寄るとまたあの眩暈に襲われた。
どうして、と辺りを見回すと、部屋の四隅には台の上に置かれた黒い球がそれぞれあり、リナは丁度その中央に横たわっているのに気づいた。
「思念珠?」
思念珠とは魔法を増幅させるアイテムのこと。
この世界の魔法は術者の思いの強さによって強弱がある。それを補うのが『思念珠』だ。強い思いをこめて、その力を増幅させる。それを造るには、宝石護符のように加工した宝石に、激しい感情をそこに留めることだ。そうすれば、思念珠から発する感情が術者の手助けになる。
『思念珠』は本来魔法の増幅に使われるが、その球にこもった念により、魔法との組み合わせで人にとって不快な場を作り上げることもできる。
今この部屋にある球にこもった思念が怨嗟によるものならば……中心におかれたリナは、さぞかし苦しいことだろう。
「とにかくリナさんを動かさなければ……」
シルフィールはくらくらする中リナに近づき、リナを抱えると少しずつ隅に移動する。
早くこの場所から移動させなければ、思念珠のせいで弱る一方だ。
ほんの数歩歩いただけで息切れする中、今までシルフィールに引きずられていたリナが、シルフィールの腕を掴んだ。
「リナさん!?」
「ここ……は……?」
リナは青ざめた顔をしている。けれど意識はしっかりしているらしい。
その様子に安堵しつつ、シルフィールはもう少し、とリナを部屋の中央から遠ざけた。