まだ明るい日差しが差し込む中、ガウリイは椅子から立ち上がってリナの頭の横に手を置き、そのまま体重をかけた。
間近で見るリナの顔に鼓動は高鳴り、そして心の奥から悪魔の囁きが聞こえる。
このままものにしてしまえ――と。
「リナ……」
ガウリイはゆっくり顔をリナに近づけた。
心のどこかでやめろという善意の声も聞こえるが、それよりも誘惑のほうが勝る。
あと少しで触れそうなところで、リナが小さく声を上げた。
「んん……」
その声を聞いて、残りあとちょっと、というところでガウリイは思わず飛びのいた。
「んー……だれ……?」
まだ目の焦点が合わないのか、ただ単に寝ぼけているだけなのか。
半開きになった目でガウリイのほうを見た。
「リナ」
「ガウリ……?」
リナはしばらくぼーっとしていた。
それにしても、なんてタイミングで目を開けるんだとガウリイは思った。
まったく行動を起こしてないときなら、こんなに動揺しない。
反対に触れてしまった後なら、止まることも出来なかったのに。
「……あれ? そういえば、なんでこの部屋にいるのよ?」
リナはやっと自分がどこにいるのか把握したらしく、起き上がってガウリイの顔を見て問う。
ガウリイは慌ててまだ寝てたほうがいいというが、リナは嫌と言って聞かなかった。
「それより、なんでここにいるのよ?」
「……いちゃ悪いのか?」
「そうじゃなくて。こんな部屋、王様であるガウリイが来るようなところじゃないでしょ? まったく誰かに見られたらどうするのよ?」
リナに責められるように問われて、ガウリイは自分がこんなに心配しているのに、どうして対面ばかり考えるんだ、という怒りが沸いてきた。
様子を見にきたことに対する嬉しい(?)気持ちよりも、周囲の動向のほうが大事なのか、と。
「来ちゃ悪いのか?」
「悪いとかじゃなくて……あんた、もう少し自分の立場ってものを考えなさいよ」
「……っ! 大事な人のことなら立場もなにもないだろう!?」
ガウリイはついかっとなって声を荒げた。
リナはそんなガウリイの態度に目を大きく見開いた。
「ガウ、リイ?」
「リナだって、大事な人が倒れたって聞いても、平然としていられるのかよ!?」
「……それは、確かにそうだけど。でもガウリイとあたしは友だち…みたいなもんでしょう? ちょっと違うかもしれないけど……。それに、悪いけど後のことを考えたら素直に喜べないわ」
「リナ?」
「あんたは王様なのよ。あんたがこんなところに来たら、へんな風に勘ぐる人だって出てくるわ。あんただって、ゼルに後でなにを言われるか分からないわよ?」
リナはガウリイの行動をたしなめるように言う。
普通に考えれば、王が気安く臣下の元に訪れるなどしてはいけない。同じ五聖家の者ならば納得いくだろう。だが、素性の分からない人物で、更にそれが異性となれば、変な噂の元になりかねない。
リナの言っていることは正しい。頭では分かっているけれど、感情は別物だ。心の中で再び黒い靄が渦巻き、塊を作り上げていく。
「なら……オレがリナの元を訪れてもおかしくないようになれば、いいってことか?」
「は? 理屈ではそうかもしれないけど、そんなことできるわけないじゃない」
「できるさ。一つだけ方法がある――」
ガウリイは訝しむリナの肩に手をかけると、そのままリナの体を押した。リナの体は抵抗なく、そのままぽすんとベッドの中に転がった。
何が起こったのか、といった表情で大きく目を見開いているリナの上に、覆いかぶさるように狭いベッドの上に乗り込んだ。
古いベッドがギシと、悲鳴を上げる。
「がう、り……?」
のしかかられ、顔を近づけるとリナから動揺が感じ取れたが、ガウリイはそのままゆっくりとリナに口づけた。
「……がうっ」
驚いて口を開けているところに潜り込み、深く唇を合わせた。下でリナの体が緊張するのが分かる。
けれどガウリイは離れることなく、リナの小さな口を存分に味わったあと、ゆっくりと離れた。
「……っ……な、んで……」
離れると浅い息で尋ねるリナ。
なんで? そんなの決まってる。なのになんで分かってくれないんだ。
ガウリイは苛立ちながら叫ぶように告白した。
「好きだからに決まってるだろう!?」
「……え!? だって普通に話せる相手が欲しいって………ガウリイ??」
頬を赤く染めながら、それでも想いを否定するリナに、ガウリイは叫んだあと、なんて鈍いんだと盛大なため息をついた。
「あの時、ああいう風に言わなければ、リナは普通に接してくれなかっただろうが」
「それは……」
「だからオレは……っ」
「……」
「でももう限界だ。黙っていい友だちでいた、らリナがいなくなってしまいそうだ――」
暗殺者の件が終わっていなくなるか、今日のように怪我をして――いや、もしかしたら永遠に失うか――どちらにしろ嫌だ。
小さな傷さえこの体には付けさせたくないのに。
「だからこうして自分のものにすればいい。リナにはエルメキアの名家に養女として入ってもらう」
「ガウリイ?」
「そうすればリナをこの城に迎えてもおかしくない。後宮にいる女性ならば、王が訪れてもおかしくはないだろう」
「ちょ……勝手に馬鹿なことを決めないでよ! ……駄目っ!!」
ガウリイはリナの制止も聞かず、リナの首筋に顔を埋めた。
「だ、駄目! こんなことしちゃ駄目だってば!!」
リナはガウリイを退かそうと躍起になるが男女の力の差に加えて、体格差がありすぎる。ガウリイにとってはかわいい抵抗でしかない。
――が。
「……てっ! なにするんだよ?」
「うううう、うっさい! とにかく駄目だってば!!」
そう言ってリナはガウリイの長い髪を思い切り引っ張った。さすがに髪の毛を引っ張られるのは痛い。体を離さない限り、リナは引っ張り続けるだろう。
まあ、そんなことも出来なくなるほど進めてしまえば問題はないのだが。
けれど、ガウリイはあることに気づいた。そのため少しだけ体を起こしてリナを見つめる。
「がう、り……」
「やめて欲しいか?」
「と、当然でしょ! こんなことしちゃ駄目だってば!」
ガウリイはリナの答えに口の端が上がるのがわかった。
照れて赤く染まった頬を撫でると目を細める。けれど嫌そうに逃げることはない。
その様子にやっぱりと確信する。
「やめて欲しいんだったら、オレのことを好きか嫌いか言ってくれ」
「なっ!?」
ガウリイは少し余裕が戻ったのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「あ、嘘は駄目だぞー。なんとなく分かるから」
「ちょ……何をどうとって嘘だと思うのよ?」
「うーん、やっぱりカン?」
「カン……。でも答えればやめてくれるのね?」
「ああ」
短く答えると、リナは表情をころころと変えながら考え込んだ。
ガウリイから見ても、「好き」と答えようか、「嫌い」と答えようか迷っている感じがはっきりと分かる。
もしかしたら、立場などを考慮した無難な答えを考えているのかもしれない。
「ああ、そういえば、好きだけど友だちとして、ってのは却下な」
「なっ!?」
「そういう中途半端な答えは欲しくない」
「う……。じゃあ、きら……」
ガウリイは嫌いと答えようとした口をすかさず自分の口で塞ぐ。間近でリナの目が大きく見開くのが分かった。
しばらくして離れると、ガウリイは「ちゃんと答えて」と促す。
「答えようとしたじゃない! それなのに……っ!!」
「だって嘘言ってるから。言っとくけど、嘘言ったらそのまま続行。本当の気持ちをきちんと言ってくれたらやめる」
「ちょっと待て! それって『好き』って選択肢しか残ってないじゃない!!」
「そうだな。でもリナの気持ちはそれだろう?」
ガウリイが断定すると、リナの顔に更に赤みが増した。
そう、分かってしまった。リナは「駄目」とは言ったが、「嫌」と言ってないことに。本当に、拒絶するような意思が見られないことに。
(だから、本当の気持ちを言って欲しい……)
ガウリイとしても無理やり後宮に入れるような真似をしたいわけではない。
そんなことをしたら、リナ個人の輝きを失ってしまうことが分かっているからだ。
出生の秘密はともかく、何にも縛られない自由なリナが好きなのだから。