第2章 自覚~思いが通う瞬間-11

 こうして暗殺者たちと対峙しても、いるのは暗殺者のみ。それを雇った者は姿を現さない。
 何度となく命を狙われているガウリイだが、その黒幕がいったい誰なのか、まったくわからない。
 もちろん頭のいいゼルガディスも分からない。できれば生け捕りにして、依頼主を吐かせたいところだろう。

(なら殺してしまうとヤバイ、わね)

 リナはそう判断し、なるべく殺傷能力の高い魔法を控えることにする。
 シルフィールがゼルガディスの傷を癒し、アメリアがそれを守るかのように前に立った。アメリアは王女だが、お忍びの旅が好きなセイルーン王家の一員だ。自分の身を守る術をきちんと持っている。
 しかし暗殺者たちは加勢に来たのが女三人と高を括ったのか、リナたちのことよりもガウリイとルークの動きに気を配っているのが分かる。
 リナはそんなやつらを相手に、傷つかない、けれど動けなくなるよう『烈閃槍エルメキア・ランス』を放つ。それにより注意を怠った一人に当たり、それはその場に崩れた。
 しかし一人倒したところで、数の劣勢に変わりはない。こちらは戦力になるのは、治療を終えたゼルガディスを入れたとしても五人。相手のほうはまだ十数人いるのだ。
 どちらにしろ、リナは一人離れているのは不利だと判断した。

氷の矢フリーズ・アロー!」

 暗殺者目がけて十数本の氷の矢が向かうが、彼らやはり運動能力が並みでない。遠くからの攻撃ではなかなか当たらない。
 けれど『氷の矢』を発したのと同時に走ったため、なんとかその隙にガウリイたちのいるところまでたどり着いた。

「リナ」
「魔法……遠距離からじゃ無理みたいね。かなり反射神経いいわ」
「ああ、それに向こうの魔法は強力だ」
「そうなの?」

 呟いたリナの言葉に答えたのはルークだった。
 彼も魔法を使うため、その原理などは分かっている。魔法は魔道士の腕によって力の大きさはかなり違うが、どうもそれだけではないような感じがすると言った。
 この世界に魔法を増幅するものがまったくないわけではないが、そういった物は高価で簡単に手に入るものではない。

「何かしらの『増幅ブースト』を持っている、ってこと?」
「分からないが、そのせいでゼルも負傷した。一応俺が持っているのも魔力剣だし、ゼルも負傷したとはいえ足だ。魔法が使えないわけじゃないが――」

 ルークはそこでいったん切った。
 確かに足の負傷なら魔法が使えないわけではないが、痛みのせいで集中力は格段に落ちてしまう。
 魔法で威嚇はしていたらしいが、相手側はじりじりと確実に距離を狭めて来ていた。そんな時にリナたち援護に入ったらしい。

「ねえ、できれば生け捕りのほうがいい、のよね?」
「まあ、な。できれば黒幕を突き止めたい」
「分かった。なるべく生け捕りで頑張るわ」

 ルークにそう答えたものの、それはなかなか難しい。相手はこちらを殺そうとしているのに、こちらは生きて捕らえようとするのだから。
 それには隙が必要だ。できるかどうか分からないが――と、ルークに視線をやれば、同じことを考えていたのかニヤリと笑み浮かべる。
 そのためリナはすかさず行動に移した。

明かりライティング!!」

 光量最大の『明かり』を暗殺者たちにむけて放つ。それと同時にルークが動いた。
 ゼルガディスの足はまだ完治しないらしく、歯がゆい思いで向かっていくルークを見ていた。
 シルフィールは治療に専念し、アメリアがその前に立つ。
 ガウリイはリナと並んで戦うことを選んだ。

「ちょ……っ! 出てきたらまずいじゃないの!?」
「そうも言ってられないだろう。ルークとリナだけに任せとけるわけないだろうが」
「そう言われても、あんたの命を狙っているのよ?」
「だからって一番後ろで怯えてるだけが取るべき行動じゃないだろう。お前さんたちだって命を掛けてくれてるんだ」

 リナはガウリイと近かったため、普通の口調に戻ってしまっている。
 しかしそれを咎める者はいなかったし、それに一緒に戦える誰かがいるというのはリナにしても心強かった。

「じゃあ、あたしは魔法で来る人数を絞るわ。接近戦はお願い」
「任せとけ」

 ガウリイの力強い声に促されて、リナは呪文を唱え始める。

烈火陣フレア・ビット!!」

『烈火陣』とは、小さな光弾を数十発も生み出すものだ。殺傷能力は高くはないが、数が多いため、避けるのは難しい。
 暗殺者たちは光弾を避けようと試みるが、数が多いため完全に避けることはできない。いくつか体に当たり小さいけれどダメージなる。
 被弾してバランスの崩れたところにガウリイが切り込み、致命傷にならない程度の傷を負わせる。後で反撃に出られぬよう、手とか足を主に狙った。その剣捌きは素早く無駄がない。確実に一人ずつ仕留めていく。
 確か、ガウリイはエルメキア国内で勝てる相手がいないという話を思い出していた。
 ちらりと視線を動かしルークのほうを見ると、そちらも数は半分に減っている。ルークの剣もまた無駄がなく、確実に暗殺者をしとめていく。
 エルメキアは他国に攻め入ることはないが、それでも軍備に力を入れている国だ。そしてそれをまとめるのがルークだったが、その地位に相応しい力を持っていると、改めて思った。

 あれほど不利だった状況が相手側一人、また一人と倒れ、終には終には最後の一人が今、ガウリイの剣で倒れた。
 もちろん後で情報を聞きだすためにあえて殺していない。
 反対に、この数を相手に殺さずに済ませる腕のほうがすごいとリナは思った。

「なんとか終わった、な」
「ああ」

 大きく息を吐いて一息つくと、その後ルークは倒れた男たちを集めなければ、と呟いた。
 これからこの男たちには尋問して、黒幕が誰か突き止めなければならない。
 ルークは人手を呼びに、リナたちのいた所へと向かった。

「ゼル、大丈夫か?」
「ああ、しっかり治してもらったからな。しかし手伝えなくて悪かった」
「いや、お前はシルフィールとアメリアを守ってくれてたんだ。おかげで心置きなく戦えたしな」
「そう言ってもらえると助かる」

 ガウリイとゼルガディスが互いにニヤリとした表情を交わしあった。
 その後、シルフィールとアメリアに怖がらせて悪かったと謝る。シルフィールもアメリアも首を横に振って大丈夫だと返した。やっとその場の空気が和む。
 その一瞬の隙だった。倒れていた暗殺者の数人がいきなり起き上がり、ガウリイへと向かう。
 けれど所詮、手負いの者。隣にいたゼルガディスとガウリイが対峙し、その男たちを切り捨てる。
 ガウリイたちは皆、訓練された暗殺者は、このまま捕虜となり尋問されるより死を選んだ、そう思った。
 リナ一人を除いて。

「危ない――っ!!」

 気配を悟られない距離に控えていたのだろう。しかも魔道士が。
 放たれたのは風の魔法。
 これは火炎系や氷系のように目に見えないため、気づくのに遅れる可能性が高い。
 それでなくても目に見える暗殺者たちに気を取られていたため、魔法に関して敏感なリナしか気づかなかった。
 いや、暗殺者たちの目的はこれだったのだろう。普通なら気づくものはおらず、標的であるガウリイは逃れようがなかった。
 しかしそれに気づき、リナはガウリイを庇うようにその間に立った。そして結界を張ろうと素早く呪文を唱えるが間に合わず――

「リナッ!!」
「リナ!?」
「どうした!?」

 ガウリイたちが振り向いた瞬間、リナの右肩から胸にかけて鮮血が噴き出す。
 この魔法も増幅されていたのか、唱え始めた『空断壁エア・ヴァルム』――風の魔法でリナの周りには風がとり巻いていたが、それを突き抜けてリナに到達していたのだった。

「きゃあああっ!!」
「おいっ!!」

(これ……あたしの、血……?)

 真空の刃は切れ味が良すぎるのか、ほとんど痛みを感じなかった。
 ただ、周りの騒ぎ声と、目の前に飛び散る赤いもので、自分がかなり酷い傷を負ったのだとぼんやりと感じた。それに出血が酷く、周囲の声が遠くなっていく。
 リナは目の前が赤く染まるのを感じながら、その場に崩れるように倒れた。

 

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