アメリアにとって、リナは初めてできた親友だった。
王女として育ってきた彼女は、皆に愛されてはいた。けれど、同じ年の子どもたちにはどこか一歩下がって接していた。王女だから、それが理由だろう。
第一王女である姉がいた時は良かったが、その姉がふらりと旅に出ていなくなった時、急に自分が一人だと実感した。
そんな時だった。王である父フィリオネルについてゼフィーリアを訪れたのは。
綺麗なゼフィーリア城を見て歩いている間に、どこにいるのか分からなくなって泣いてしまった。そこで声をかけてくれたのがリナだった。
その時はどうしてリナがそこにいるのか分からなかったけれど、それでも自分と同じくらいの年の少女が、アメリアを王女扱いしないで話してくれて、不安などが吹き飛んでしまったのを、今でも鮮明に覚えている。
その後、数回ゼフィーリアを訪れ、リナがゼフィーリア王家の一員であるのに、髪の色のために隠れて暮らしているということを知った。
そして、リナがゼフィーリアを出てから、リナの秘密を知った。その秘密が事実だとしたら、リナ以上にゼフィーリア女王に相応しい人物はいない。
けれど、同時に今のゼフィーリア王家を揺るがす存在になってしまう。
リナがそれを望むことはなく、でもリナのことを考えると不憫に思えて、アメリアの心の内はまるで嵐の海を彷徨う小舟のようだった。
「だ、駄目よ!」
「アメリア?」
いきなり声を荒げたため、リナは驚いて目を大きく見開いた。
でも駄目なのだ。
こんなところにいては。リナの力の秘密が知られてしまう。
「リナ、ここから早く出て!」
「どうしたのよ、急に? それにそんなことできないわ。暗殺者の件もまだぜんぜん分かってないし、それに……」
口ごもるリナを見て、アメリアは不安になった。
暗殺者相手になど、駄目だ。そんなことをしたらリナは絶対利用される。
それは王女であり、巫女でもある直感だろうか、アメリアはいいようのない不安を感じた。
「どうしても駄目なの?」
「どうしてもっていうか……やっぱりきちんとしてからじゃなきゃ、ね。でも一体どうしたの?」
「それは……」
言ってしまっていいんだろうか。
いや、あれを教えてくれたのはリナだ。なら、リナ自身、とっくに知っているのかもしれない。
(なら、リナは知ってなお、ここに居るということ?)
アメリアは素早く思考をめぐらせた。
「だってここにいたら暗殺者を相手にすることとかあるんでしょう?」
「そりゃまあ……」
「そうしたらリナにだって危険があるわ。それに……それにリナの魔法は――!」
人と違う――そこまで言いかけて、アメリアは人の気配に気づいた。
「誰です!?」
こういう時、アメリアの巫女としてのカンは鋭い。リナは話に夢中になっていたが、アメリアは近づく人を見逃さなかった。
問われた人物は特に隠れる気もなく、ゆっくりとその姿を現した。
「ガウリイさん……」
「すまん。立ち聞きする気はなかったんだが……いつもこの時間はここに来るもんで、な」
いつも――それはリナと二人きりのお茶会のため。
今日はアメリアの乱入によって、ミリーナとのお茶会を逃してしまい、時間的にガウリイが現れてもおかしくない時間になっていた。
「こんなところへ?」
「あー……うん。そうなんだ。その……」
口ごもるガウリイに、リナはミリーナとのお茶会は諦めて、話題を変えることにした。
「そ、それよりもどうせだから三人でお茶しませんか?」
「リナ?」
「ちょうど三人分のお菓子を持ってるの。まあ、あたしなんかが入るのも悪いけどさ、親睦を兼ねて、ってやつ?」
「……そうね。そうしましょうか」
アメリアは仕方なく頷いた。
それに他に人のいない、今ここで、リナに関して話しておきたいこともある。
そうと決めると、アメリアはそのまま芝生の上に座り込んだ。
***
リナはどうしてこうなったのか、と空を見上げて呟きたい心境だった。
アメリアと話ができたのは嬉しかった。でも、どうしてこうタイミングが悪いのか。
気まずい中、リナはポットから香茶をそれぞれカップに注ぎ、持ってきた焼き菓子を包み紙をあけて中央に置いた。
ガウリイとアメリアは無言でカップを受け取り、互いに相手がどういう反応をするのか気にしている。リナは胃に穴が空きそうな気持ちになった。
ガウリイとは敬語なしで話す間柄。
アメリアとは自分の出生の秘密まで知っている親友。
それなのに、それを表に出すことはできない、そう思っていた。
――けれど。
「単刀直入に言いますけど、リナを縛るのはやめてもらえませんか?」
「は?」
「アメリア!?」
アメリアの駆け引きなど一切ない単刀直入な言い方に、ガウリイもリナも目が点になる。
ガウリイもどう返していいのか分からない感じだった。
「あの、アメリアなんか誤解してない? あたしは別にガウリイに弱みを握られているわけじゃないのよ。いつだって好きな所にいけるわ」
そう、リナはガウリイに拘束されて仕方なくここにいるわけではない。ただ自分が側にいたいから、あえて留まっているだけだ。
ガウリイが悪いわけじゃない。それを分かって欲しかった。
それが焦りになり、リナは気づくとガウリイのことを呼び捨てにしていた。
「リナ、ガウリイさんのこと呼び捨てにする間柄なのね?」
「あ……いや、これは、つい……」
「ガウリイさんもどうなんですか!?」
「オレは……オレにとってリナという存在は、血筋とか関係なく接してくれるありがたい存在なんだ。たぶん、アメリアにとってのリナであるように」
「……はぐらかしますね」
今の答えでは不満だといった表情でアメリアは呟いた。
けれど反対にリナのほうは、ガウリイが改めて自分のことをどう思っているのか、また必要だと言ってくれるのが嬉しい。
リナは少し頬を染めながら、香茶を一口すすった。
「まあ、ここにいる間は仕方ありませんけど……でもリナを利用するのだけは許せませんから」
「利用って……別にそんな気持ちはない」
「なくても、結果的にそうなったら許しませんから。リナの力、見たことがあるんでしょう? それを利用したら、わたし、ガウリイさんでも許しません」
「……手厳しいな」
アメリアの厳しい口調に、リナはまるきり口を挟めないでいた。仕方なくカップを両手で持って香茶をずずーとすする。
アメリアの考えが極端すぎるのは困ったが、それでも自分のことを思ってくれてのことだと分かっている。
アメリアはリナの力の意味も、リナの出生の秘密もすべて知っている。だからアメリアなりの心配なんだろう。
リナは仕方なく食べることに専念して、アメリアがくどくどとガウリイにお説教する様子を眺めていた。