第2章 自覚~思いが通う瞬間-6

 いつの間にか、恒例となった温室でのミリーナとの小さなお茶会。
 昼下がりのこのひと時は、リナにとってとても楽しい時間だったし、ミリーナから聞くこの国の話は、リナのためになった。
 五聖家のこと、国民の暮らし、上流階級に位置するミリーナはいろんなことを知っている。

「……と、そろそろ戻ったほうがいいかな」

 休み時間について特に言われていないが、あまり長居するとミリーナにも迷惑をかけるだろう。
 ミリーナは気にしないで、と言うが、自分のせいで文句を言われるのも嫌だ。

「そういえば結構経っちゃいましたね」
「本当。ミリーナから聞く話ってためになるから、つい聞き入っちゃうのよねー」
「そんなこと言ってくれるのはリナさんだけですけど」
「そう?」
「ええ。皆さんからは『とっつきにくい』とか『冷たい』とか言われますから」

 ミリーナはそう言うと、少し寂しそうな笑みを浮かべた。
 確かに城内で聞く彼女の噂はあまりいいものではない。率先して人とコミュニケーションを取ろうとしない。そのくせ五聖家のルークには乳兄弟ということで仲良くしている――と噂されていた。
 けれどミリーナはその噂に対して弁明しない。彼女は物静かな女性で人の噂話に流されたりしない。自分がなぜこにいるのかをきちんと把握している。
 それでも、同じような立場のリナにはこうして自分の思いを吐露することもあるし、リナのガウリイへの思いを否定することもない。
 そんなミリーナがリナは好きだった。

「そんなことないと思うけどね。みんなはミリーナのことを知らなさ過ぎるのよ」
「まあ、別に構わないですけど。分かる人が分かってくれれば」
「ミリーナって本当に謙虚よねー」

 リナは目の前の女性に対してため息をついた。
 ミリーナはそんなリナの様子を見て小さく笑うだけだ。決して多くを望まない彼女に、リナはとても好感が持てる。
 それはこうして毎日ミリーナのところを訪れるようになっていることからも十分に分かる。

「……と、本当にもうそろそろ行かないと」
「そうでしたね。引き止めるように話をしてすみません」
「ううん。あたしが来たかっただけだし。また明日来るわね」
「ええ、待ってます」

 ミリーナは静かに微笑むと、おやつとミリーナとの会話で元気になったリナを温室から送り出した。

 

 ***

 

 リナはポットが入った籠を持って、城内へと戻ろうとした時、横から急に出てきた人物にびっくりして立ち止まる。

「きゃっ」

 幸いぶつからなかったため事なきを得たが、内心では人の前に急に出てくるんじゃないわよ、よく見て歩け! と毒づいた。
 もちろんそれは口に出すことなく、ぶつかった人物を見て驚きのほうが勝ってしまう。

「……っ! ……へ、いか……!?」

 目の前には信じられないことに一人でいるガウリイの姿。
 あちこちに葉っぱをつけて、一体どこを歩いてきたんだという感じだ。

「ガウリイ、だ。リナ」
「え、でも……」
「大丈夫。ここは誰もいないから」

 誰もいないと言われて、リナは周囲を見回した。
 ガウリイの言うとおりすぐ側に誰かいる様子はなく、リナは仕方ないといった表情になった。

「で、どうしたの? こんなところで。ガウリイ」
「この時間にここに来ればリナに会えると思ってさ」
「……もしかして抜け出してきたの?」
「ああ、でもって待ってた」

 リナに名を呼ばれて嬉しそうなガウリイ。リナのほうはまさかここまでするとは思わなかった、と手で額を押さえたくなった。
 それでなくてもガウリイは暗殺者に狙われている身だ。
 昨日だって落馬のことがあっただろうに、それなのに周りを出し抜いて抜け出してくるとは。

「それは分かったから……少しは命狙われてるんだって自覚持ちなさいよ」
「心配してくれるのか?」
「当たり前でしょう!? 命って簡単なものじゃないのよ? だからちゃんと大事にしなくちゃ」

 リナはガウリイを一人の人として扱うと約束したし、それにガウリイが王だから、などという理由を使う気もない。
 命は平等に大切で、その命を軽く扱うな、という意味で言った。そして、ガウリイはリナの言いたいことをしっかりと理解した。
 ガウリイは嬉しそうに笑って、「ありがとな」と、リナの頭に手を置いて撫で回した。

「ちょっと髪痛むじゃないの!」
「いいじゃないか。触り心地いいし」
「当たり前でしょ。ちゃんとお手入れしてるんだもん。それよりなによ、あんたこそこんな綺麗なさらさらの髪してー」

 癖毛だけど柔らかいリナの毛は質は悪くなかったが、癖がある分手入れが大変だ。リナにすれば、ガウリイの癖のないさらさらと風になびく髪のほうが羨ましい。
 それも着飾ることに専念した良家の娘ならともかく、男で、特に手入れもしていないガウリイがこれだけ綺麗な髪をしているなんて世の中不公平だと思う。
 ムカつく、と思うと、負の感情が表面に現れたのか、ガウリイが慌てた感じで「そういえばこれなんだ?」と話題を変えた。

「これ? 香茶が入ってたポット」
「もうないのか?」
「うーん……あ、ちょっと残ってるみたい」

 ポットを振ってみるとちゃぷちゃぷと音がして、僅かだが香茶が残っていることが分かる。

「もらってもいいか?」
「いいけど……本当にちょっと残ってるだけよ」
「でもいい」

 ガウリイが欲しいと言い張るので、リナは仕方なくポットの口をあけた。残りの香茶を持っていた木のカップに入れようとしてはたと気づく。

(そういやこれ、あたし使っちゃったのよね。でも新しいのないしどうしよう)

 やっぱり使ったカップに入れて「はい」と渡すのは悪いだろう。
 でも他にないし、ミリーナのところに戻ってカップを洗わせてもらおうか。あそこになら植木に水をあげるために水を溜めてあるはずだ。
 しかし、ぐるぐる回る思考に止めを刺すように、「早くくれよ」といって、リナの持っていた木のカップとポットを取り上げられた。そしてガウリイは残りの香茶を木のカップに注いだ。

「うわ、本当にちょっとしかないなぁ」

 カップの中身を見ながら呟くと、そのままカップの縁に口をつけて残りの香茶を飲む。
 その様子を見てリナは、『あっ、そこはあたしが口つけたとこ……』と心の中で呟き、頬は薄っすら朱に染まった。

「もうちょっとあって、でもってお菓子でもあればいいのになー」
「……仕方ないじゃない。会うとは思わなかったんだもん。ミリーナと自分の二人分しか用意してないのよ」
「んじゃ、これからは三人分用意してくれ」
「……は!?」
「だってこうでもしないと、リナと二人きりの時間なんて作れないだろう?」
「そりゃそうだけど……って、明日も来るわけ!?」

 ここでやっと、ガウリイはこの時間を狙っていたということはリナにも分かった。
 幸か不幸か、ミリーナのいる温室は城の中では外れにあって、どちらかというと誰も目を向けないような場所だ。そこはあくまで次の季節に庭に植えるのにちょうどいい苗を育てるためのもので、人に見せるための温室ではないからだ。
 だから他の人はちゃんと働いているかどうかも分からない。上司の目がなく好きにできる分、自分の仕事の出来を分かってもらえないという面もある。
 そんな場所に近づく人は少ない。
 それが分かっているからこそ、ガウリイはこの場所をリナと二人きりで会う場所に選んだのだ。

「もちろん」
「呆れた。この葉っぱだって抜け出して植木の中をコソコソしてきたからついたんでしょう?」
「へ? あ、こんなについてたんだ」

 リナは背伸びしながら、ガウリイの髪についた葉っぱを手に取った。
 ゼルガディスとルークの目を盗んでここまで来るには、植木の間を縫って歩いてきたのだろう。
 それでも、ガウリイはそこまでしても、自分のことを普通に見てくれる人を欲していたのだとリナは感じた。
 なら自分は、できる限りガウリイの望みを叶えてあげよう。一人でいる寂しさは、嫌というほど分かっている。

「もう……分かったわ。明日から三人分用意して、ちゃんとあんたの分も取っておいて上げるわよ」
「ホントか!?」
「ええ。せっかく来てくれるんだものね。それくらいはしてあげるわ」
「サンキューな。あ、そだ。どうせならリナの分も少し残しておけよ。オレ一人で飲んでもつまらないし」
「はいはい」

 ガウリイはすごく嬉しそうな顔をリナに向けた。

 

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