第2章 自覚~思いが通う瞬間-3

 仲良くなったミリーナと、いつものように温室でおやつをする。香茶の香りに和みながら、王室御用達の料理人が作ったお菓子を摘む。
 すでに日課の一つになったこのお茶は、リナにとって何も考えずにのんびりできるときだった。
 けれど、それは温室の外から聞こえる喧騒に中断を余儀なくされてしまう。

「何か騒がしいですね」
「そうね。今日は特に何もなかったはずだけど……」

 現在はエルメキアとゼフィーリアの同盟のおかげか、ライゼールも静かだった。
 もしライゼールが何か仕掛けても、ここまで来るのに噂話だけのはずだし、放った密偵からの情報なら、ゼルガディス辺りに直に行くだろう。
 今月はシルフィールの滞在と、セイルーンの第二王女――アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが親睦を兼ねて訊ねてくるはずだが、それはまだ十日ほど先の話だ。

「いったい何かしらね?」
「わかりません」
「ま、でも様子を見に行ったほうがいいんでしょうね」

 リナの立場は側近ゼルガディスの命を直に受ける身だ。
 しっかりとした官位は決まってないものの、ゼルガディスが出かけていない今は、彼の代わりに知っておく必要がある。後で報告しなければならない。

「途中で悪いけど、あたし行ってみるわ」
「ええ。こちらは片付けておきますね」
「ありがとう。じゃ、また来るわ」

 リナは手を振って温室を後にすると、騒がしいほうへと足を向けた。
 人の声がするのは西の薔薇園――ガウリたちが乗馬で出ていったところだ。

(なんだろう? すごく嫌な予感がする……)

 胸の鼓動がいつもより早くなる。足は次第に速くなり、一歩一歩踏み出すたびに喧騒の声が大きくなっていった。
 騒ぎは薔薇園ではなく西門だったが、そこにたどり着いた時、周囲の話し声からガウリイが落馬したと聞き、一気に青ざめた。
 人を掻き分けてなんとか中心部にたどり着くと、あちこち泥がついたガウリイの姿が目に入る。血が出るような傷は見当たらないが、馬から落ちたのだからあちこち打撲しているのだろう。
 シルフィールがガウリイに手をかざして、治癒の魔法を掛けている。
 彼女はランドールに養女として入る前は、母方の診療所で手伝いをしていた。そのため城の医務室まで行かず、その場で傷を癒すことにしたらしい。動かせば打ち付けた所が痛むだろうという配慮だった。
 それにシルフィールが若き王を癒すその様は、人々に感銘を与えるのに一役買っていた。まさに人々が望む清らかなそして優しい女性の姿は、これなら王を支えてくれる良き王妃になるだろうと想像させた。
 そんな眼差しで二人を見る周囲の人を見て、リナは嫌な気持ちになった。それでも状況把握のためにと、近くに控えていたゼルガディスに声をかけた。

「ゼル!」
「リナか」
「いったいどうしたの?」
「分からん。ガウリイの愛馬――ローズマリーが調子が悪かったんだ。そのため、早々に切り上げてきたんだが、門に入るか入らないかの所でいきなり暴れ出したんだ」
「それって……」

 リナが真っ先に考えたこと――それは暗殺者に狙われたせいではないか、ということだった。
 ゼルガディスもそう考えたのだろう、小さく頷くと、苦々しく呟いた。

「まったく……、本人に直接来るものだと思っていたが……まさか馬のほうを狙うとはな。まあ、それであいつが死ぬとは思ってはないだろうが……」
「それって、これからまだ何かあるってこと?」
「だろうな。目的はあいつの命だ。今回のことは何かの布石かもしれん」
「……そう、ね」

 最近静かだったため、すっかり忘れていたが、リナと出会った時もガウリイは暗殺者に狙われていた。
 それに、なぜガウリイが狙われるのか、暗殺者を動かしているのは誰なのか――まだまだ分からないことばかりだ。

「当分、馬での遠出も控えることになるな。セイルーンの第二王女が来る頃には、ある程度かたがついていればいいのだが……」

 何気なく呟いた『セイルーンの第二王女』ということで、リナの肩はぴくっと動いた。
 春に訪れたきりそのままだったが、リナにとってセイルーンの第二王女――アメリアはかけがえのない友だ。けれど今の立場を考えたら、以前のように接することができるのだろうか。
 まあ、リナが王女であれ、どこかの町娘であっても、彼女は友と認めた相手に対して態度を変えるような人物ではない。きっと彼女は普段と変わらない口調で「リナは友だちじゃない!」と言い切るだろう。
 そんなアメリアの様子が目に浮かんだが、今はこの騒ぎのほうが問題だ。リナは親しい友のことを頭の中から追い出して、今を見ることにする。
 ガウリイの傷はシルフィールが全て癒してくれるだろう。それより問題のローズマリーはどうしたのか、と辺りを見回した。

「ねえ、ローズマリーはどうしたの?」
「ああ、最初は痛みに暴れて手がつけられなかったが、だんだん弱ってきて、とりあえず数人で押さえながら厩舎に連れて行った。しかし、後で安楽死という措置を取ることになるだろう」

 ゼルガディスが苦々しく吐き出すように言った。
 けれど、この世界には解毒ができる魔法があるはずだ。

「え? どうして……?」
「臀部に針を刺したような傷があった。もちろん意図的にやったものだろうが、それ以外にもなにやら毒物を仕掛けられたらしい。残念だが、毒に関しては『麗和浄ディクリアリィ』が効かない物のようだ」
「どういうこと?」
「多分、やつらは毒物で弱ったローズマリーが倒れるかなにかして、ガウリイが落馬などで怪我をすることを狙ったのか――落馬した時なら狙いやすいからな。しかし、ふらふらしながらも城門までたどり着いた。そのため慌てて針を仕掛けたのではないかと踏んでいるのだが……」

 なるほど……とリナは口元に手をやりながら納得した。
 しかしガウリイが落馬をするのは分かっても、命まで取れるかどうか不明なやり方を、『暗殺者』と呼ばれる者たちがするだろうか? もちろん落馬による事故死は少なくないが、確実な方法でもない。
 警告だとしても、ガウリイはすでに何度も刺客を向けられている。今さらなんの意味があるのだろうか?
 今回の落馬に関しての彼らのやり方は、ゼルガディスも頭を捻るようなものだった。
 現にシルフィールの魔法によってガウリイは完治している。ただ、ローズマリーに与えた毒物が魔法――『麗和浄』で治らないような毒物だというのが気になった。
まるで暗殺者が、

『ローズマリーに投与した毒物を使うから、止めるものなら止めてみろ』

 そう言っているように思えてしまう。
 それならば、ガウリイの口に入るもの全てをチェックしなければならない。
 ゼルガディスの苦労がまた増えそうな感じだった。

「ねえ、こっちはもう大丈夫そうだし、厩舎のほうに行っていいかしら?」
「構わないが、しかし……」

 考え込んでいたゼルガディスに、リナは様子を窺うように尋ねる。
 別に厩舎に行くのは構わなかったが、ローズマリーの命がそれで救われるわけではない。逆に弱った馬を見れば、心が痛むだけだろうと思ったのか、ゼルガディスが少し顔をしかめた。

「ほら、あたしも少しは魔法を使えるし。自分でやってみないと納得しないのよ。あの馬には乗せてもらったことがあるから、なんとかしてあげたいって思うのよね」
「……分かった。だが、もし駄目だとしても、それはリナのせいではないからな」
「分かってるわ。ただ、自分にできることを試してみたいだけ」

 リナは早口に言うと、そのまま厩舎のほうへと走り出した。厩舎は近く、息も切れないうちに辿りつく。
 中は他の馬がローズマリーの異変を察知しているのか、少し興奮気味になっていた。
 問題のローズマリーを見ると、すでに立てないのか荒い、けれど浅い息を繰り返しながら横たわっていた。馬が体を横たえているというのは、すでに先が長くないということだ。
『麗和浄』でも浄化できないほどの毒。けれど、決して即効性ではない毒。それでも、死していないのなら、リナの使う『魔法』でなんとかなるはずだと思った。
 リナはローズマリーを刺激しないように気をつけながら近づくと、体の上に手をかざす。小さく呪文を唱えると、手から淡い光が生まれ、そのままローズマリーを包み込む。全てが包まれたのを見て取ると、リナは『力ある言葉』を唱えた。

麗和浄ディクリアリィ

 光はいっそう増し、その後徐々に収束していく。光が消えた時には、毒が消え命の危険はなくなったローズマリーがいた。
 しかし、毒に犯され体力を失ったローズマリーがすぐに元気になるわけでない。
 その後リナは『復活リザレクション』で体力を戻した。すると見る間に元気になって、自ら立つことができるようになった。
 それを見てほっとするリナは、城では感じたことのない視線を感じ、厩舎の入口を見る。

「誰っ!?」

 その人物は逆光のせいで分かりづらい。それでもリナにとって面識のない人物だというのは分かった。
 黒い髪を肩まで伸ばしてある髪、黒い、少し変わった服と杖を持つ青年。

「特に名乗る者ではありませんが……謎の神官プリーストです♪」

 それは表面上はにこやかに明るい口調で答えた。

 

 

※ 魔法について
この話では魔法に関して原作と違っています。
一応魔族などもいないんで、魔法は『精霊魔法』に関してのみになってます。
でもって、この話の設定で行くと(まだ細かい説明はできませんが)、リナは『復活リザレクション』なども使えるようになってます。
魔法のあり方に関しては、話の中でだんだん明らかになってくるので、ここではまだ説明できません。ご了承ください。

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