「その前に、リナに関することが分かった」
ガウリイはそれを聞いて、酒瓶に手を伸ばした手が止まる。一呼吸置いてから、ガウリイは短く「話してくれ」と返した。
ゼルガディスは頷いて、羊皮紙を見つめながら淡々とした口調で語りだした。
「まず結論として、ゼフィーリアに『リナ=インバース』という魔道士はいない」
「…………そうか」
「なら、あいつは嘘をついていたってことか?」
彼らは数日共に過ごし、リナに虚言癖がないのは分かっていた。だから一番最初に聞かされた事実に信じられない気持ちだ。
ルークでさえ、信じられなくて思わず確認してしまったくらいだ。
しかし、ゼルガディスが持っている羊皮紙に書かれていることが間違いでない限り、リナが嘘をついているのは事実だ。
「ああ。確かにリナ=インバースという魔道士はゼフィーリア城にいない。ただし――」
「ただし?」
「気になることがあった」
「勿体つけずに言ってくれ」
ガウリイは手短に言うと、酒瓶を開けてグラスに注ぎ出した。リナに嘘をつかれた、という事実が痛くて、ガウリイは素面で聞く気にならなかった。ゼルガディスはそれを制すると、「しっかり聞け」と言った。
羊皮紙に書かれた内容が、それだけ重要だとゼルガディスは判断したからだ。
ゼルガディスの真剣な表情を見て、ガウリイは手を止める。それほど重要な話なのかと内心ドキドキしながら、ゼルガディスに続けてくれと促した。
「昔、インバースという名前を聞いたことがあってな。そのため、少し気になったんで、インバースという家がないか調べてもらったんだが――」
「あったのか?」
「いや、ない」
「……そうか」
「ただ、ないというより、先々代でインバース家は継ぐ者がいなくなった、というのが正しいな。他に多少なりともゼフィーリア城に入れるような位の家で、インバースという姓を名乗っているものはいない」
「では、そのインバース家とは?」
ゼルガディスはごくりと喉を鳴らした後、二人にとって信じられない内容を口にした。
「インバース家の最後の代はリディア=インバースという女性だ。彼女は十八の時にエインズワース家に嫁いでいる。そして、その後一人息子を産んでいる。そういう意味では血筋が絶えたとは言わないな」
「息子、か」
「ああ、体が弱かったらしく一人しか産めなかったらしいが。ちなみにエインズワースはゼフィーリアでは名家になるな。その息子は成長した後、前女王と結婚し王となった。今は娘に王位を譲り隠居しているがな」
「おい、それって……」
ゼルガディスの話を聞いて、ルークは信じられないといった顔をした。
ガウリイは内容を把握できないのか、事の重大さに気づいていない。だからなんだ、と結論を促した。
「これはあくまで推測だが……リナはその前王ジョージの落胤ではないかと思う」
「それじゃ……」
「この推測があっていれば、リナは女王セラフィーナとは腹違いの姉妹ということになる。なら、似ていてもおかしくはあるまい。それに、リナが自分の素性を明かせないも合点がいく」
「確かに……」
ルークは半分信じられず、震える手でグラスに手を出した。喉がカラカラ渇いたようで、何かを飲まずにいられない気分だ。
ガウリイはリナがセラフィーナに似ているのがよくわかっていたため、何かあるとは思っていたが、まさかそこまでは――と信じられない気分だった。
ゼルガディスの推測が正しければ、リナの素性は簡単に言えるものではない。だから、リナの答えは曖昧だったのだろうか?
前女王とは相思相愛だと聞いていたが、政略結婚だった場合、ジョージに他に思う女性がいたとしてもおかしくはない。そして、その間に子がいたとしても。
「でも、なんで今になって……」
ガウリイのことを知っていたのだから、春の同盟の時にどこかで自分たちのことを見ていたのだろう。そうなると、リナは王宮で育ったことになる。
前女王が亡くなって二年。王も退位し、一人娘であるセラフィーナが王位についた。
もしその事実をセラフィーナが知っていれば、リナを追い出してもおかしくはない。
ないが、それをするのだとしたら二年前にするのではないだろうか。その辺が腑に落ちない。
ゼルガディスも確かにそれは感じたが、今は不穏な空気に包まれているあの国を考えると、一つの推測ができた。
「分からないな。これも推測だが、前王もリナのことを娘として可愛がっていたのかもしれない。セラフィーナ女王も腹違いの姉とはいえ、リナのことを慕っていたのかもしれない」
「だったらなぜ?」
「恐らく……ライゼールとの問題で、ゼフィーリア城に人の出入りが激しくなる可能性が高いからだろう」
「ああ、確かにその可能性はあるな」
ゼルガディスの仮説に、ルークも理解できたのか頷く。
「他国の者にリナを見られたら、どう説明する? 栗色の髪はゼフィーリアにはない色だ。それなのに、リナは双子かと思うほど女王と似ている。となれば、リナのことを憶測で口にするものが増えてくるだろう」
ゼルガディスが一つの推測を話すと、ガウリイも理解したのか何度か頷いた。
あくまで推測でしかない話だったが、リナが女王セラフィーナに似ている以上、どこで噂が立つか分からない。
戦が持ち上がっているような時にそんな噂が出れば、確実にゼフィーリア王家を糾弾する材料になる。特に、あの国は特別でなければならないのだから。
「リナとしても辛い立場だろう。間接的といえど、王家の一員であるにも関わらず、認められない存在となると……」
ゼルガディスもリナのことを気の毒だと思った。
せめてリナが黒髪であれば、まだ偽ることが出来ただろう。けれど、不運にも彼女の髪は栗色で、ゼフィーリア王家の一員だというには無理がある。
それに住み慣れた王宮を出たということは、これから先、戻ることは叶わないだろう。
少なくとも、ライゼールの問題がどうにかならなければ……グラスに琥珀色のウィスキーが注がれるのを見ながら、珍しく感傷的になった。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「もしその話が本当だとして……王家の一員として認められないとしても、リナはゼフィーリアでは名家の血筋だ。エルメキアとの同盟をより強くするためにも、エルメキアに輿入れということは出来ないのか?」
ガウリイはゼルガディスに尋ねた。どうにかしてリナのことを認めさせたい、と思い考えた末の質問だった。
基本的に五聖家で成り立っているエルメキアだが、他の血を受け入れないわけではない。しかも、それがゼフィーリア王家の一員だとしたら、喜ばしいことではないのか、と。
ゼルガディスもそれが分かるのか、グラスに口をつけようとしたところで止めた。しかし、答えを口にするのは辛い。
ゼルガディスが躊躇っていると、ガウリイはもう一度尋ねた。
「答えてくれ」
「一言で言うのなら、無理だろう」
「どうしてだ!?」
「ゼフィーリアがリナの存在を認めないだろうからだ」
ゼルガディスはグラスを揺らして中の琥珀色の液体が動くのを見つめた。
おそらく、自分が上に立つ立場なら、たとえ血の繋がった娘でも、認めることは出来ないだろうとゼルガディスは考えた。
上に立つ者は私情で動くことはできない。それをしてしまうと、全てが崩れてしまうからだ。そのため、心とは裏腹な行動をとらなければいけない時がある。
「表向きインバース家はなくなっている。それなのにリナがいるとなれば、前王との関係がすぐに取り沙汰されるだろう。そうなれば、ゼフィーリア王家を揺るがすことになりかねない。前王の落胤だとしたら、それこそ致命的になる。女王を裏切っていたんだからな」
ゼフィーリアは女王のほうが優位だ。その女王を裏切っていたことが分かれば、反感を買うのは前王だ。それは実子であるリナにも及ぶ可能性がある。
ゼルガディスとて、ガウリイが苦しむのは見たくない。また、リナが悲しむのも見たくないと思う。
そのため心を鬼にして、ゼフィーリア王家の思惑を口にする。リナを表舞台に立たせないために、ガウリイに望みはないのだと刷り込ませなければならない。
「親としてなら娘だと言いたいかもしれないが、上に立つ立場としてなら、切り捨てるしかあるまい」
ゼルガディスの答えに、ガウリイは理不尽だと怒りを感じた。
ルークも同じことを思ったのか、グラスを握る手に力が入る。
「言っておくが、場合によっては、お前も同じようなことをやりかねないのだぞ」
「……なっ」
だが、ゼルガディスはここでしっかりと言っておかなければ、ガウリイの出方でリナにより辛い思いをさせることになる。
「このままリナとの関係がうまくいったとしよう。けれどその仲は誰にも祝福されないし、更に子どもなど認められたものではないだろう。お前がリナを選ぶというのは、リナにずっと日陰で生きることを強要することに等しいということだ」
ゼルガディスは一気に語ると、グラスの中のウィスキーを飲み干した。
一言
当の本人(リナ)はそんな重大な話をしているとは思わず、自室ですやすや…