第1章 出会い、そして、再会-13

 夕食は新たなメンバーが加わったため、親しい者――ガウリイ、ルーク、ゼルガディス、そしてリナの四人での食事になった。
 しかし給仕する者がいるため、リナはガウリイに対して変な口の利き方をしないようにと心がけた。途中でリナがガウリイに質問されて、「なんでしょうか? 陛下」と返した時、ガウリイは眉をひそめた。
 すぐにリナに前の口調に戻すよう言おうとしたが、ゼルガディスが話題を無理やり変えて、そのまま流してしまう。ゼルガディスに何か吹き込まれたな、と思ったが、ここでそれをどうにかできるわけもなく、いつの間にかに食事は終わり、席を立つことになった。

「リナ、話がある。部屋に来てくれ」

 リナは慌ててどう返事をしたものかと考えるが、その前にゼルガディスがそれを制した。

「駄目だ」
「なんでだ?」
「もう遅い時間だ。女性が男性の部屋を訪れる時間ではないだろう」
「まだそんなに遅くないじゃないか」
「いや、下手な噂が立ってもまずい。リナ、お前がいるとガウリイがいつまで経っても諦めないだろう。早く部屋に戻ってくれ」
「う、うん。じゃあ、おやすみなさい」

 ゼルガディスの助けに、リナは慌てて挨拶をして部屋をあとにした。
 リナの後姿を見ながら、ガウリイは小さく舌打ちする。ゼルガディスが出てくるまで、リナとはいい雰囲気だったため忘れていた。
 ゼルガディスがリナにどの部屋を宛がったのか聞いていなかったのだ。
 そして、先ほどのリナの反応から、リナも、そしてゼルガディスもリナの部屋を教えないだろうと推測できた。
 これでは食事の時などのほんの少しの時間しかリナと会えなくなってしまう。それも、周りに人がいる時だけ。

「ゼル! お前リナになにを言った!?」
「ここにいるなら臣下として立場を弁えろと言っただけだ」
「……っ!」
「それより部屋に移動しよう。周りの者が見ている」

 ゼルガディスはガウリイを促したが、ガウリイは反射的にその手を払った。
 それほどまでに、と思いつつ、ゼルガディスはリナのためを思うなら、素直に部屋へ行くようもう一度促す。
 ガウリイはそれがなぜリナのためになるのか分からなかったが、とりあえずは、と促されるまま足を進めた。

 

 ***

 

「どういうことだ?」

 ガウリイは部屋に戻ると開口一番でゼルガディスに質問した。
 ルークはこういう時、ゼルガディスに任せたほうが問題ないと思ったため、あえて口を開かず黙ってゼルガディスを見る。
 ゼルガディスはガウリイとルークの視線を受けながら、静かに口を開いた。

「当たり前だろうが。二人きりでいるのが分かれば、問題が持ち上がるだろう」
「そうかもしれないが、リナにはこれから一緒にいてもらうことになるんだ。だから……」
「そのことだが、リナがお前の側にいるときは、俺かルークのどちらかが一緒にいる時だけにしてもらう」
「なんだよ、それはっ!?」

 ガウリイは納得できずにゼルガディスに向かって尋ねる。その顔は少しばかり険しいものになっていた。
 ゼルガディスはガウリイの入れ込み具合にため息をつき、自分のことだけでなくリナのことも考えろとガウリイを諭した。

「お前は自分の好きなようにできていいかもしれない。だが、リナをここに置きたいのなら、リナの立場も考えろ。ここでは王に対して何かしたら、すぐに罪に問われることになるんだぞ」

 自分のことではなく、リナのことを言われて、ガウリイは言葉に詰まった。
 そこに畳み掛けるようにゼルガディスがさらに言う。

「それに、お前がせまったりすれば、リナにその気がなくても、応じるしかなくなるだろう」
「それは……」
「それで本当にリナを手に入れたつもりでいるのか?」
「……」

 ガウリイとて、分かっていたはずだ。
 誰もいない所ならまだしも、人のいる所ではガウリイの行いを拒否することなどできない。リナが本気で応じてくれているかどうかなど、分からないことなど。
 それを正面から突きつけられると痛感する。反論する言葉をなくして、唇をかみ締めるしかなかった。

「それにお前が好きなのはセラフィーナ女王なのだろう? 会えないからと近くにいるリナを身代わりにするのか?」
「そんなことしない! オレはリナが……っ!!」
「会ってすぐに恋に落ちた? その前のセラフィーナ女王もそうだった。前回はともかく、今回はリナが彼女に似ているからか? だとしたら、やはり身代わりでしかないだろう。そうして自分の想いもリナの想いにも目隠しをして、真実を見ないつもりか?」

 ゼルガディスに心の内を見透かされた気がして、ガウリイは返す言葉が見つからない。ただ、こぶしを大腿の横できつく握り締めた。
 黙って一部始終を見ていたルークも、ゼルガディスの言い分は正しいと思う反面、そこまで言わなくても、と思うほどきつかった。
 しかし、今の内にガウリイをなんとか説得しなければならない。自分がそれくらいでいいだろう、などと止めに入ればこの話が有耶無耶になってしまうことも分かっていた。
 そのため、そう言いたいのをなんとか堪えて、ガウリイが早く頷いてくれることを祈るしかない。身分違いの恋は、自分とミリーナのことを言われているようでルークにとっても痛いものだ。

「リナがどんな素性であれ、エルメキアの王であるお前と問題なく婚姻に進める可能性は極めて低い」

 可能性が低いといわれて、ガウリイは叫びたい気持ちになった。
 ならばなぜ、オレを王にした!? ――と。
 しかし、その答えは何度となく聞かされた内容しか返ってこないだろうことも分かっていた。ぎり、と奥歯をかみ締めて、喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。

「だが、ここできちんと主従の区別をつければ、側に置くことは可能かもしれない」

 側に――その言葉でガウリイは視線を上げ、ゼルガディスを凝視した。
 ゼルガディスは、それを選んだ後の辛さを考えると口にするのに気が引けた。それでもこれは二人のためだ、と思って心を鬼にする。

「いいか。男女の仲にならなければ、まだリナを手元に置いておくこともできるだろう。邪推するような者もいるかもしれないが、身の潔白が証明できれば黙らせることができる。そして、それはリナのためでもあるんだ」

 リナのため、と言われて、今度は指がピクリと動いた。

「仮にリナの言ったゼフィーリアでの宮廷魔道士というのが本当だと分かったとしよう。けれど、それだけではエルメキアの正妃にすることはできないんだ」
「それは……」
「リナに残されるのは、臣下として側にいることだけだ」
「臣下として……」
「そうだ。今ならまだ、リナの中にお前に関する恋心がない。邪心なく臣下としていることもできるだろう。でももしお前に対しての気持ちが芽生えたら、その気持ちを周囲に悟られずに済むわけがない」

 ゼルガディスの言葉は的を射ていて、ガウリイは押し黙った。
 恋心というのは、隠そうとしてもなかなか完全に隠せるものではない、と改めて思い知らされたばかりだ。

「それにもし思い合って、万が一にもお前の子を身ごもったとしよう。でも誰がそれを認めてくれる? 祝福してくれると思うか? 臣下でありながら、お前を誘惑した女として非難される可能性のほうが高いだろう」
「……」
「リナがそんな風に言われてもいいのか?」

 ゼルガディスの説得はガウリイにとって痛い言葉ばかりだった。
 けれど、それらに反論できるものは何ひとつなく、ガウリイは静かにうな垂れるだけだった。

 

 ***

 

 それから数日、ガウリイとリナは人がいる時しか会うことはできなかった。
 ガウリイは近くにいるのに気軽に話しかけれらない状況に苛つき、リナはガウリイが親しく話してこないことにほっとしていた。
 あの時のような状態になって、うまくガウリイから逃れられるか分からない以上、あまり近づいて欲しくなかった。

 夕食を終えてリナが自室へと戻った後、ゼルガディスとルークがガウリイに話があるといって、ガウリイは自分の私室へと招く。
 ガウリイは日頃の憂さを晴らすために酒を用意した。好きな女とでどうにもならない以上、酒でも飲んで酔わなければやっていられない気分だ。
 二人が席に着くと同時に、「今日は死ぬほど飲んでけ」とたくさんの酒を出した。彼らもガウリイの気持ちも分からないわけでもなく、拒否することはない。
 ただ、ゼルガディスは先に報告だけはしておかなければ、と調べていたリナについて書かれた羊皮紙を取り出した。

 

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