第1章 出会い、そして、再会-12

 どうしてこんなことになったんだろう――リナは今の自分の状況を考えていた。
 いつもの自分なら魔法を使って力づくでも逃げることはできたし、今もガウリイは強い力で拘束しているわけじゃない。けれどその腕を拒否する気になれなくて、抵抗する気が起きなかった。
 やばい、とリナは思う。
 このままここにいたら、自分がこの男に変えられていく気がする。頭の片隅ではそう思うのに、嫌という一言が言えず、流されてしまっていた。

「いい加減にしておけ」

 入り口から声がして、ガウリイが仕方なく離れる。
 リナは視線を入り口に移すと、居心地悪そうな表情のゼルガディスが立っていた。

「少しは気を利かせてくれると思ったのにな」
「勝手に思っていろ。それよりリナを部屋に案内しなければならないと思ってな。部屋のほうは支度してもらった。夕食の前に一通り説明しておいたほうがいいだろう」
「……」
「少なくとも身元を確認するのに数日はかかるからな。城の中で迷子になったと言われてもこちらも困る」
「……分かった。リナ、また夕食の時に」
「う、うん」

 手を放したのに反射して、リナはソファから勢いよく起き上がった。
 ゼルガディスの介入で、先ほどの出来事を客観的に見て急に恥ずかしくなった。でもそれを表には出さないよう、無表情をつくった。
 ゼルガディスはリナが来るのを確認してから部屋を出る。リナも慌ててその後を追って廊下に出ると、ゼルガディスは入り口の扉を静かに閉めた。

「こっちだ」

 ゼルガディスは短く言うと左を向いて歩き出した。リナもそれにあわせて後をついていく。
 歩いている間、ゼルガディスは一言も言わない。それが反対にリナにとっては痛く感じた。自分が側近である彼にとって、都合の悪い存在だということが分かっているからだ。
 だけど自分から何を話していいのか分からず、リナはそのまま無言でゼルガディスの後を歩いた。

「リナにはしばらくの間この部屋を使ってもらう」

 その部屋は城の北側にあり、部屋の中も狭い。
 明らかに歓迎されていないのを見て、リナは小さくため息をついた。
 しかし、身元が分からない怪しい娘にここまでしてくれたのだから、礼を言わなければ、と思いゼルガディスを見て「ありがとう」と返した。

「いや……」

 ゼルガディスにしてみると、ここでリナが勢いよく文句を言って飛び出してくれたら、という思いもあった。
 けれど、リナは努めて明るく礼を言って、反対に罪悪感を感じる。
 同時にリナをまじまじと見つめた。本当にゼフィーリア女王であるセラフィーナによく似ていると改めて思った。髪の色が違うために雰囲気などはまったく違うのだが、顔立ちや瞳に宿る意思というものがそっくりだ。
 それよりも、リナのほうが元気で更に強い意志を感じる。ガウリイが惹かれるのも無理はないかもしれないと思った。
 そして、同時に自分たちにとって危険な存在だということも。
 この少女がガウリイの前にいたら、ガウリイは絶対に他の女性を見ない。そんなことになったら、ガウリイは未婚のまま、跡継ぎも作らないままに終わってしまう。
 たとえリナとの仲がうまくいき、二人の間に子ができたとしても、リナの身元がしっかりしていない以上、その子を五聖家の嫡子として認めることは難しい。
 ゼルガディスはそこまで考えると、仕方なく自分は悪役に徹することにした。

「ところで先ほどのことだが――」
「さっきの……?」

 リナはゼルガディスが言いたいことが分からず、きょとんとした。
 ゼルガディスが咳払いをしながら、ガウリイの私室でのことだと言うと、リナから動揺が伝わった。

「ガウリイが何か言ってきても素直に応じるな」
「……え、と」
「それともお前は男であれば誰でもあんなことをするのか?」
「……なっ!? しないわよ、そんなこと!!」
「ならば何故?」
「それは……」

 ガウリイが旅に出るまでは側にいて欲しいと言ったこと、自分もできる限り刺客から守るのに力を貸すと言ったら、約束だと言い、そのままあのようなことになった、とリナはしどろもどろに答えた。
 その二人のやり取りに、ゼルガディスは大きなため息をつく。

「お前は……そんなことをされて怒らないのか?」
「えと、普通なら怒るけど……約束だって言っていたし」
「では、約束と名がつくなら誰でもするのか?」
「するわけないでしょっ! そりゃ、今思うと変だけど……」

 なぜあそこまで許してしまったのか分からない、とリナは言う。真っ赤になって否定するリナを見て、ゼルガディスはそれが嘘でないと判断した。
 とはいえ、やはり危険すぎる。自覚がなくても、リナ自身もガウリイに惹かれているのかもしれない。
 会ってすぐ惹かれあうのに、リナが自分の思いを自覚したら、ガウリイは決して諦めないだろう。
 ガウリイにしては手際の良すぎる手。
 それを見てしまった今は、ガウリイの思いの深さを実感せざるを得ない。あの手この手でリナを手元に置き続けるだろう。
 ゼルガディスは今ここで、リナにガウリイは恋愛対象にならないことを諭さなければならないと感じた。

「ならいいが……。いいか、リナ。ここにいるのなら、まずその口調を改めなおしてもらう」
「口調?」
「お前がいたというゼフィーリアでは王家は特別な存在だったが、ここでは五聖家の内から王を出すため、王となったものにはどんな者でも主として仕えなければならないという、暗黙の了解がある。同じ五聖家の者でもな」

 これは決して嘘ではない。ゼルガディスとルークは年が近いため、気軽に呼び合える仲だが、これが王位を狙うような存在なら別だ。
 そのために、同じ五聖家の中でも線引きをされる。

「そんな中で、お前が気安くガウリイのことを名で呼ぶと、エルメキアのそういったルールが崩れてしまう危険性がある」
「……そう、ね」

 リナは、最初にセラフィーナという対等な立場で、名で呼んで欲しいと言われたせいか、今日突然の再会についつい名で呼んでしまった。いきなり呼び方を変えるのはおかしいと判断したため、そのまま来てしまったが、確かにそれはまずいだろう。
 素直に頷いたリナに、ゼルガディスは心の中でほっとしながら、更にガウリイは決して手の届かない人なのだと暗示をかけるように口を開いた。

「確かにその通りだわ」
「分かってくれるならいい。これからはガウリイのことを『陛下』と呼び、一歩下がって接して欲しい。ここから出るならともかく、ここにいる以上は仕えるべき主として接しなければ、リナの立場もないだろう」

 リナは少しでもここにいようという気があるのか、ゼルガディスの言葉に素直に従った。

「そうね、気をつけるわ。……と、五聖家であるあなたたちにも同じようにしたほうがいいのかしら?」
「いや、そこまでしなくても構わない。ただ、ガウリイに対してだけはきちんと線を引いてくれ。もう一人いたほうがルーク=ラングフォード。オレはゼルガディス=グレイワーズだ」
「分かったわ。ゼガル……じゃない、ゼルディ……って、えと、ゼルって言っていい? なんか舌噛みそうな名前なんだけど」
「別に構わん」

 リナが野心ある女性でなくて良かったとゼルガディスは思う。
 それと共に哀れみを感じる。
 リナは恋愛というものがどういうものかよく分からない無垢な少女のようだ。何も知らない少女が、ガウリイにせまられては、拒むのは難しい。
 別にガウリイが女性を虜にするのが取り立ててうまいというわけではない。その容姿から相手がのぼせる可能性は高いが、彼自身の駆け引きがうまいというわけでもない。
 けれど、あの容姿で好きだと真正面からせまられた時に、拒否できる女性は少ないだろう。
 白羽の矢が立ってしまったリナには、気の毒としか思えない。

「それと、今後あのような行動に出たときは逃げるようにしてくれ。さすがに公衆の面前ではやらないだろうが、それに反応してリナがガウリイを引っぱたいたりしたら、王に対する不敬罪として処罰されてしまうだろう」
「……」
「ガウリイのほうが迫ったとしても、そういった反応をしてしまうと、ここではそうなってしまうんだ。だから逃げるしかない」
「わ、分かったわ。そうならないように頑張るわ」

 握りこぶしを作って力強く頷くリナを見て、ゼルガディスはやっと安心した。
 これでリナのほうは大丈夫だろう、と感じて、その後はガウリイにどうやって釘をさすか考えた。
 ゼルガディスの苦労は当分続きそうだった。

 

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