ガウリイの爽やかな笑みと話の内容に、皆一瞬きょとんとするが、その後猛烈に反対の声が上がった。
「おい、なに考えてるんだ!? こんな得体の知れない小娘を雇うなんて!」
「お前、本当にロリコンかよ!?」
「はあ!? なんであたしがあんたんとこで働かなきゃならないのよ……ってぇ、そこの黒髪つり目! ロリコンってどういう意味よ!? あたしこれでも十八なのよ!!」
「じゅうはちいいぃぃ!? ぜんっぜん、見えん!!」
「なんですってぇ!?」
「いい加減にしろ! この際年など関係ない! それよりも……っ」
ものの見事に三人が大声を上げて騒ぐのに、ガウリイは煩いなぁといった顔で耳をふさいだ。
ガウリイにしてみれば、セラフィーナに似ているリナを手放さず、また戦力になりそうな人物をスカウトできるんだから、いいこと尽くめじゃないかと思うのだが、ゼルガディスは命を狙われている状況で、得体の知れない小娘など側に置くのは心配でならない。
また、ルークはセラフィーナに続いてリナかと、ガウリイの嗜好を本気で心配した。
「だから……リナはゼフィーリアの宮廷魔道士をしていたっていうから、過去はしっかりしているだろう」
「嘘かもしれないぞ」
間髪入れず、ゼルガディスが否定する。
ガウリイはふう、と息を吐いたあと。
「そうはいっても、オレを殺す気ならとっくに殺せるような時もあったぞ。なにより、さっきのリナの力を見ただろう? あんなに力があるんだから、このまま手放すのは惜しいじゃないか」
それに、リナの目を見れば分かる。自然に惹かれる赤い瞳には、裏世界の住人が持つ暗い色がまったく見ない。
どんなところで生活してきたかは不明だが、悪いことを平気でするような人物に見えなかった。
「お前な……ただ単にお前の好みだからだろうが」
「まあそれもあるが。それよりあんまり深いことを考えないほうがいいぞ。考えすぎると誰も信じられなくなる」
「認めるのかよ、好みを。お前、少しおかしいぞ……」
ガウリイは、リナが逃げないかどうかを、ちらちらと横目に見る。どうやら、自分たちののやり取りに、リナは口を挟めずにいるようだった。
ガウリイとてなにも考えていないわけではない。
どこの誰かわからないが、命を狙われはじめてから、王宮の中で――比較的人の出入りが許されているところだが――刺客に襲われるし、食事に毒が入っていたこともある。
酷いときは、ガウリイに紹介する女性の中に刺客が入り込んでいたこともあった。
そんな状況のため、力を持った存在は喉から手が出るほどほしい。
魔法に関しても、ゼルガディスもルークも使えないわけではなかったが、リナの能力は捨てがたい。それに女性の刺客もいる。ゼルガディスとルークだけでなく、女性の味方もほしかった。
「なあ、もうすぐ日も暮れるし、いったん城へ戻ってから、もう一度話をするってのはどうだ?」
ガウリイのいいたいことが分かったのか、ゼルガディスはため息をついた。
少なくともここで論争しても始まらない。城に戻ってリナの素性を調べてからでもいいだろうと思うくらいにはなっているようだ。
「分かった。とりあえずリナを城に連れて行くのは認めよう。そのあと素性を調べて、問題なければ雇う……それでいいな」
「ああ」
「おい、それでいいのかよ?」
「少なくともこいつはそうしなければ納得しまい。それよりも早く城へ戻ったほうがいい」
すでに日も傾きかけてきているため、早急に城へ戻りたい。夜になれば、暗殺者のほうが有利になる。
「そうそう、だから城へ戻ろう」
ガウリイはゼルガディスの気が変わらないうちに、とばかりに急かした。
***
「あのー人のこと無視して勝手に話進めないでもらえる? あたしまだ行くともなんとも言ってないんだけど」
ゼルガディスとルークの反対が頼みの綱だったのに、ガウリイに説得されてどうすんのよ、とリナは思いながら苦情を申し出た。
ガウリイには我がままを言っても周りが許してやってしまいそうな雰囲気を持っている。性格が変に素直なところがあるせいか、仕方ないなと思えてしまうところが。
これも一種のカリスマといえるのだろうか。
そのせいで二人はガウリイを説得しきれずにいるようだったが、このままだとなし崩しになってしまいそうだ。
慌てて口を挟んだのだが、どうやら遅かったらしい。ゼルガディスがしかめっ面をしながら。
「どうも俺たちから早く離れたいようだが、リナ……には何か大事な用があるのか?」
「いや、別に用って用はないけど……」
でもだからといって、城に行く気には……と言いかけるが、それより先に。
「ならこいつを納得させるために城まで来てほしい」
「いや、だから……」
「別に疚しいことがなければ問題ないだろう」
「う……、別に疚しいことなんてないけど……」
疚しいことはないが、それでもガウリイはセラフィーナと似ているということで、どうやら聞きたいことがありそうな顔をしている。
このままついていったら、ガウリイの質問攻めにあうのは避けられないだろう。
(似てたって仕方ないじゃない。セラは妹なんだから! それにあの時相手をしたのはあたしだし…。でも、だからこそこれ以上一緒にいたくないのよーっ!)
リナのそんな心の叫びは虚しく、業を煮やしたガウリイに抱えられて、そのまま馬で連れて行かれる羽目になった。
リナにとってエルメキアの城はゼフィーリアと違って、大きくそして強固なイメージに見えた。
高くそびえ立つ塀、高い塔、大きな門をくぐると中は意外に広くてまたびっくりする。
「うわあ、すごいわ……」
「そうか?」
「ええ、大きくて……力強いイメージね」
「ゼフィーリアの優雅さには欠けるがな」
「あそこは人に見せるための城でもあったから……。でも、ここは質実剛健って感じね」
「そうだな」
確かにゼフィーリアの城は巡礼に訪れた人に夢を与えるような優美さを備えている。が、現実には攻められた時に守りに向かない城だ。
けれど、そんなことに気づかない人のほうが多いだろう。しかしリナの目は全体を把握して、ゼフィーリアの城の弱点を見抜いていた。そしてエルメキアの城が実用に向いていることも一目見てすぐに分かった。
そんなリナをつぶさに観察しているガウリイに気づかず、リナはただ大きくな城に見入っているようだった。
***
ガウリイはそんなリナの呟きを聞いて、やはりこの少女は普通の人間とは違うという思いが強まる。
セラフィーナとの関係はともかく、リナ自身だけを見ても、ゼルガディスたちも認める実力の持ち主だろうと改めて感じた。
このまま手放してはいけないと思う。
それは、リナが好きになった人に似ているからなのか、その能力を評価しているからなのか――どちらか分からなかったが、どうすればゼルガディスたちを説得し、リナを側に置くことができるか考える。
実際、こんなに頭を使うのは久しぶりだと思いながらも、このままリナを放したくなく、あれこれとガウリイなりに策をめぐらす。
「ガウリイ降りないの?」
「あ、ええと、ああ、そうだな」
いろいろ考えを巡らせていたら、リナに急に声をかけられた。見ると城の入口に来ており、ゼルガディスもルークも馬を降りている。
ガウリイは無意識のうちに入口で止まったものの、降りずにぼーっとしていたらしい。
「すまん、ちょっと考え事していてな」
「しっかりしてよね。王様なんだから」
「はは……そうだな」
馬から降りると、今度はリナの両脇に手を置いてリナを馬から下ろす。
リナは恥ずかしそうに自分で降りれると主張したが、ガウリイはそれを許さなかった。
ガウリイに抱きかかえられるような形でリナは地面に下ろされる。
その様子にゼルガディスとルークは舌打ちし、城の内部からその一部始終を見ている者たちは、ガウリイとリナとの関係を好奇心いっぱいの目で見ていた。