第1章 出会い、そして、再会-9

 暗殺者を一人氷漬けにしたまま、四人はそのまま動けないでいた。
 三人はリナの力に驚愕し、リナは現実を突きつけられてとまどった。
 リナが今まで相手にしていたのは、ゼフィーリアにいた盗賊たち。たまに魔法を使うものがいて、その力にしょぼいなーとは思ったものの、自分の力を客観的に見たことがなかった。

「あ……えと……」
「それにどうしてガウリイと一緒にいるんだ? お前も刺客ではないのか?」

 鋭い目つきでリナを睨みつけるゼルガディスに、刺客という言葉にルークも剣に手をかけた。あれだけの『氷の矢』を一回で出せる相手だ。油断してはいけない。たとえ見かけが少女の姿でも。
 二人の空気がだんだん冷たく張り詰めていくのを感じる。
 どう答えるのがいいのか迷っていると、ガウリイが慌てて間に入った。

「待ってくれ。リナは刺客じゃない!」

「自分から刺客だと名乗るやつはいない。騙されるな」
「だから違うって。リナは今は旅をしていて、前はゼフィーリアで宮廷魔道士をしていたらしい。な、そうだろ? リナ」

 ガウリイはリナに対する誤解を解こうと思ったために、リナの過去を出したのだろう。
 けれど、できれば余計なことを言わないで欲しい。宮廷魔道士などとってつけた話だ。下手に追求されるよりも、刺客でないと分かってもらって、放してもらえばそれでいい。

「あたしは刺客じゃない。まあ、どうとってももらっても構わないけど? でも言っておくけど、ガウリイのほうから来たし、それにあたしの入浴の邪魔をしてくれたのよ」
「入浴?」

「そうよ! いきなり上から降ってきて、人の裸は見るわ、頭来て魔法でぶっ飛ばそうと思ったらその……いきなり魔法を止めるために抱きつかれるわ、挙句に親切にタオルとマントを貸してあげて、火をおこして服を乾かしてあげたってのに、人から食べ物まで取ったのよ。……って、あーもう、言ってる側からまた腹が立ってきたわ!!」

 リナは言い出したら怒りが込み上げてきたのか、ガウリイと出会ってから一連の出来事を一気に捲くし立てた。
 その内容を一つ一つ聞いて、ゼルガディスは思い切りため息をついた。

「お前……この短い間になにやってたんだ!?」
「なにって言われても……リナが今言ったこと全部、かな」
「……」

 ガウリイは悪びれずに後頭部に手を当てながら答えた。
 反対にゼルガディスは先ほどより深いため息をついた。
「リナ……と言うのか。まあ、それはその……済まなかった」
「あのね! そこまでされて『済まなかった』だけで済むと思う? 年頃の娘が裸見られて、挙句に……挙句に携帯食まで半分取られたのよ!」

 ゼルガディスの簡単なあいさつ程度の謝罪に、リナは更にカチンと来た。
 相手は一国の王とその側近だが、許せるものと許せないものがある。
 少なくともリナにとって、乙女の柔肌を見られたこと、また大事な携帯食を上げたのに、「済まなかった」とおざなりな返事だけでは怒りが収まるわけがない。
 しかし裸云々より携帯食についてのほうが力が入っていたのは気のせいだろうか。
 リナはゼルガディスを思い切り睨みつけた。

「申し訳ないが、こいつはこういう性格でな。悪かったとは思っている。少しで悪いがこれを謝罪としてとって欲しい」

 ゼルガディスは懐から小さな袋を取り出して、リナの前に差し出す。要するに、ゼルガディスはお金で解決しようとしたのだ。
 しかし、それはリナの手によって地に叩き落された。

「ふざけないで! なんでもお金でケリがつくと思わないでよね!」

 その視線の強さに、ゼルガディスは少し驚いた顔をする。さすがに大国であるエルメキアの王族に対し、こんな風に強くでるものはほとんどいないだろう。
 けれど、リナとて隠されていたとはいえ、王族としてのプライドがある。お金さえもらえればいいと思われたくなかったし、また、思わなかった。
 リナはゼルガディスの態度に、更に怒りの表情を顕わにする。
 リナの怒りに、ゼルガディスはどう対応していいのか迷っているようだった。その代わりにルークのほうが動く。

「威勢がいいのは悪くないが、王族相手に口の聞き方は知らないようだな」
「あんたたちこそ、王族だからって偉そうな態度しかとれないなんて最低ね!」

 リナを睨みつけるようにして一歩前に出るルーク。
 そのルークに対して、リナも負けじと応戦した。

「言うねぇ。けど、エルメキアでは王族に対する侮辱は、それ相応の罰を与えられるほど重い。こいつを呼び捨てにしたこと、礼儀もなくぞんざいな口調で意見を言ったこと……これはその場で処分されても仕方ないほど重いぞ」

 エルメキアは五聖家から成り立っているせいか、家柄の低い者が王の地位に就いた時に荒れないように、王に対してはすべての者が礼儀を尽くさなければならない。
 ゼルガディスとルークは例外だが、他の者は皆ガウリイのことを『陛下』と呼び、敬わなければならない。例えそれが他国の者であったとしてもだ。
 リナのしたことは、エルメキアにおいて許されるものではなかった。
 ルークは剣を抜いて、リナの喉元に突きつけた。怒気を孕んだルークの言葉に、リナは挑戦的な笑みを浮かべる。

「やればいいでしょう? できるものなら……だけどね」

 リナとていくら自分の力が強くても、男三人を相手にするのは難しいということは分かっている。
 ゼルガディスは魔法に詳しいようだ。となると、ゼルガディスが魔法を使えるということになる。
 剣を突きつけているルークの力は分からないが、元々エルメキアは他国に侵略しないものの、自国を守るために軍の統率がしっかりしている。そして、それをまとめているのがラングフォード家の長男であるルークだと、ゼフィーリアにいた時に聞いたことを思い出した。
 そして王であるガウリイは、エルメキアで誰も敵わないというほど剣の腕がいいらしい。
 リナにしてみれば、かなり分が悪い。
 けれどリナにとっても譲れないものがある。そのために小声で呪文を唱え始める。

「待ってくれ!」

 そのまま戦闘になだれ込むかと思いきや、ガウリイが慌てて止めに入る。
 ルークはガウリイに止められて、剣を下ろした。

「ガウリイ」
「やめろ。リナの腕前を見ただろう? それにリナの言うとおり、確かにオレのほうが悪いんだ」
「だがしかしこの娘の態度のほうが問題だろう」
「リナは他国のものだ。エルメキアの法だけで裁くのはよくない」

 ガウリイの柔軟な考え方に、リナは少しガウリイのことを見直す。
 柔軟な考え方という点で、他の二人より上をいくようだ。

「……じゃあ、どうしろというんだよ!?」
「それは……リナ、リナはどうしたら許してくれるんだ?」

 ガウリイはリナに向き直ると、リナにどうしたら許してくれるのかと尋ねる。
 リナはガウリイの態度に面食らってしまった。
 本来なら、ゼルガディスとルークの言い分のほうが正しい。なのに、ガウリイはあくまでリナの意思を尊重してくれたのだ。

「えと……ちゃんと謝ってくれればいいわ。見られてしまったものは取り消しようがないし……」
「許してくれるのか?」
「ちゃんと謝ってくれれば」
「悪かった。ごめんなさい」

 ガウリイは確認すると、リナに向かって頭を下げた。
 大の男――しかも王族が『ごめんなさい』と言って謝る姿は、リナにとって衝撃的でもあったし、滑稽でもあり、更に可愛らしいとも思った。

「……も、いいわ。ちゃんと謝ってくれたし」
「ありがとうな」

 ガウリイがにっこり笑って返すと、その笑顔にリナは少し照れてしまった。それほどガウリイの笑顔は、曇り空にいきなり太陽が差し込んだみたいで素敵だった。
 ゼルガディスもルークも、ガウリイが謝罪するのは少々気に入らなかったが、それでもこの場が収まってほっとした。
 緊張が和らいだのを見て、リナは「それじゃ、あたしはこれで」と短く言って去ろうとした。
 どちらにしろ、この場にいるのはなんとなく気まずい。

「待った」

 踵を返し背を向けた途端、ガウリイに首根っこを掴まれる。

「な、なによ? もう用ないでしょ?」

 先ほどあったことに関しては、ガウリイが謝罪するという形でけりがついたはずだ。
 これ以上何の用があるのか?
 が、なにやら嫌な予感がする。どうもこの男には振り回されている感が否めない。
 振り返ればガウリイは満足して首から手を放して、にっこり笑ってこう告げた。

「今失業中なら、オレに雇われないか?」

 

目次