第1章 出会い、そして、再会-6

 エルメキアは赤の半島の中では南にあり、ゼフィーリアに比べると暖かい。すでに春と呼べる季節だ。
 周りには新しい草芽や、花が咲いている。小鳥のさえずりなども聞こえ、平和だな、と思う人が多いだろう。あちこちに小川などが流れていて、水に困ることはなかった。

「やっぱりこっちは暖かいわねぇ」

 リナはマントを脱いで青空を見つめた。
 ゼフィーリア城を出て二ヶ月弱が経った。旅も慣れて、今では野宿も心配なくできるようになっていた。

 リナはエルメキアに入る前にセイルーンにより、彼女の数少ない友だちに挨拶をしにいった。
 友だちとはセイルーンの第二王女であるアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンというリナより一つ下の少女。
 アメリアは父親と聖地であるゼフィーリアに巡礼に訪れ、ゼフィーリア城に挨拶に来たときに出会った。好奇心旺盛なアメリアは離宮に辿りつき、そこでリナと出会うことになる。
 はじめはリナの栗色の髪に驚いたものの、あっけらかんとしたリナの態度にアメリアも馴染んでしまった。二人とも、立場を気にせずに話ができる初めての友だった。
 そのアメリアにゼフィーリアを出たことを知らせたくて、リナはセイルーンに向かい、こっそり城に忍び込んだというわけである。
 魔法の中に空を飛べる『浮遊レビテーション』というものがある。これを使ってリナは暗闇の中、アメリアの許に訪れたのだ。
 久しぶりに会う友とつい長話をしてしまい、夜が明けてしまった。そして、そのまま数日をアメリアの部屋で過ごしたのだった。
 二人で存分に語り合った後、リナはエルメキアに向かった。

「まあ特に何をするって決めてないけど……せっかくだから、エルメキアの城を見てから本格的に考えようかな」

 エルメキアの首都エストリアまでのんびり歩いても明日には着くだろう。
 とりあえず次の町で腹ごしらえをして行こうと決めた。

 

 ***

 

 昼食のあと二時間ほど歩くと、黙々と歩くのに飽きてきたのか、ひと休みを取ることに決めた。
 幸い街道を少し外れれば川もあるため喉を潤すこともできる。
 なにより寒いかと思い着込んでいたのが仇になって、汗をかいて気持ち悪い。川の水で汗を軽く流し、汗に濡れた下着を替えようと考えた。
 川は小さな滝になっているところがあり、川上は高さが人ふたり分くらいの高さの崖になっていた。小さな滝つぼは流れの主流の部分のほかに、水が溜まっているところもある。
 ちょうどいいところを見つけたと思いながら、周りを見回して人がいないのを確認する。

「んー、人はいない。でもってうまい具合に水も溜まっている場所がある。となれば……火炎球ファイアー・ボール!」

 水があまり流れ込んでこないように石を少し積み上げた後、リナは『火炎球』――文字通り魔法で作り出した火の玉を、水の溜まっている部分に投げ込んだ。
 じゅわっと大きな音がして、水中の『火炎球』が見えなくなると、反対に水面から蒸気が立ち始めた。

「んーこんなもんかな」

 はっきりいってリナは王宮で、しかもひっそりと暮らしていたとは思えないほど大胆だった。
 まあ、ひっそり――というのは語弊があるかもしれない。彼女は覚えた魔法と剣の腕で、夜になるとそっと空を飛んで抜け出しては、町を歩き回ったり、かなり遠くへ行って盗賊などを相手にその実力を確認したりと様々なことをしていたから。
 さらに、力試しをした後は、彼らの蓄えを奪うということまでしていた。もちろんそれはいつか旅立つ時に必要になるからと自分の蓄えにしている。おかげで所持金もかなりある。
 ……とまあ、とても深窓の姫君、などという言葉は当て嵌まらなかったりする。
 反対に村娘よりも逞しい精神だ。

「うん、いい湯加減♪ さて、人の来ないうちに入りますか」

 リナは装備、マント、服を順に脱いでいき、近くの平たい岩の上に置いた。人が来てもリナは魔法が使えるため、剣がすぐ近くになくても大丈夫だ。
 とはいえ、身を隠すための大判のタオルは手の届くところにおいて、そっと湯につかった。

「うひゃー気持ちいー♪」

 湯加減はちょうどいい温度で、歩きつかれた足を湯の中で揉み解す。さすがに魔法が使えて度胸があっても長時間歩いたことはないため、足は疲れて硬くなっていた。
 リラックスした気分でのんびり湯につかり、これからどうしようか考える。
 エストリアに行って、その後はどこかでのんびりするか、それとも戦の可能性があるのなら、魔道士として参加するか――そんなことを考えていると、いきなり目の前に水しぶきが上がった。

「な、なに!?」

 頭から水しぶきをかぶり、リナは慌てて立ち上がる。
 すると目の前にいきなりざばっと水が盛り上がり、その後は金色のかたまりが――否、長い金髪の人がずぶ濡れになって立ち上がった。

「あれ? あったかい……なんでだ?」
「なんなのよ、いきなり? ……ってか、あんた誰よ!?」
「ん? あ……お前さんこそ誰だ?」

 お互い訳が分からずにそれぞれ尋ねる。
 リナは何が起こったのか、また目の前の男は誰なのか。
 男のほうはなんでこんなところに湯があるのか、それと目の前にいる自分が誰か――というところだろうか。

「そっちこそ名乗りなさいよ! 人が気持ちよくお風呂に入っているところを邪魔して…何様のつもり!?」
「風呂? ここは川のはず……でもどおりで温かいと思った」
「当然でしょ。『火炎球』で温めたんだもの……じゃなくて! いったいあんたはなんなのよ!? 乙女の入浴タイムを邪魔してただじゃ置かないわよ!」

 そう言われても川は公共の場所だし……と男は小声でぼやきながら、湯で張り付いた前髪を手で鬱陶しそうに払いのけた。

「あんたは……!」
「お前さん……」

 ここで初めて互いの顔を見て、それぞれ驚きに満ちた表情になる。

「ガウリイ……ガブリエフ……」
「……セラフィーナに、似てる……」

 リナは目の前の男がガウリイ――エルメキアの王だと分かり驚く。こんなところに王が一人でいるなど信じられなかった。
 ガウリイは目の前の少女が、ゼフィーリア女王セラフィーナにそっくりなのに驚いたようだ。
 どうしよう、妹を知っている、というか、エルメキアの王などにばったり会うとは思わなかったため、どうしていいのか迷う。
 すると向こうから手を伸ばしてくる。ここでやっとタオルで身を隠していない状態だったのを思い出した。そのため、伸びてきた手に、身の危険を感じ、素早く呪文を唱え始める。

「ちょ……なにする気よ!? 痴漢! 変態っ!!」
「うわっ待て! その手の光はなんだ!?」

 リナの手のひらに光る球が出現し、ガウリイはそれが何の種類かは分からないが、魔法だと察知する。
 リナの詠唱をやめさせようと、伸ばした手でリナを思い切り引っ張った。

「うきゃ!」
「見られるのが嫌ならこうすればいいだろう?」

 リナはガウリイに抱きしめられて硬直した。
 確かにこれなら見られないけど、逆にもっと危ないのではないか、と頭の片隅で警鐘が鳴る。
 けれど、ガウリイの温もりを間近に感じて眩暈がしそうだった。
 もう一度会ってみたいと思った彼がこんなところにいて、更に自分を抱きしめているなんて、とても信じられず、何も考えられなくなる。
 二人はそのまま動けずに、しばらくの間そのままでいた。

 

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