ゼフィーリアとエルメキアが同盟を結んだという話は、すぐに各地で話題に上がるようになった。各王宮では更に詳しい話題が交わされている。
ライゼールも例外でない。
臣たちはウィリアムに、聖地であるゼフィーリアに侵攻するということは、赤の半島すべての国を敵に回すのと等しいと説得していたその矢先に、ゼフィーリアにエルメキアがついたということで、その説得は真実味を増した。
さすがにウィリアムも後ろにエルメキアが控えているということを考えると、ゼフィーリア侵攻に二の足を踏むようになった。
ラルティーグに課した重税のおかげで国は潤っていたが、戦が度重なると兵にも疲れが生じてくる。
しかも勝利に酔っている間はいいが、セイルーン侵攻においては、忌々しくもエルメキアの助力により敗退するという屈辱を受けた。それを払拭するためにも、ゼフィーリアに侵攻する場合は必ず勝たなくてはならない。
けれど、後ろにエルメキアが控えているとなると、それはとても難しくなる。
ウィリアムは戦を仕掛けるのは少し置き、様子を見ることにした。
***
一方、エルメキアの王宮では浮かない王のために美姫を集めていた。
領主たちもこぞって娘を王宮に送ったが、王であるガウリイの顔が明るくなることはなかった。
ゼルガディスとルークがガウリイの好みを考えて、十五歳くらいから二十五歳くらいまでの女性と範囲を広げて声をかけたのだが、どれもガウリイの目に留まることはない。
彼女たちはガウリイと謁見した後、ガウリイがため息をつくのを見て、すごすごと自分の領地に帰っていった。
「いい加減にしろ」
「あー?」
腑抜けた声が返ってきて、ゼルガディスの眉間のしわが深まった。
「どうして、あれだけの女性を集めたのに、お前は誰も選ばないんだ?」
「当たり前だろう。彼女たちはセラフィーナじゃない」
ガウリイは庭園で彼らと剣の稽古を終えた後、一息ついている時にも言われるようになったため、ふう、とため息をついた。
ゼフィーリアと同盟を結んで二ヶ月が経った。
その間ガウリイがセラフィーナを忘れるためにといろいろ手を使ってみたが、結果は思わしくない。
反対にガウリイは女を作れ、子どもを作れと前よりうるさく言われてげんなりするし、そんなガウリイの様子を見て二人は更に躍起になって新たな女性を探すという、実に不毛な二ヶ月間が続いていたのだ。
ガウリイは一つ深いため息をついた後、二人のほうに視線を向けた。
「悪い。もう少しだけ時間をくれないか。あと少ししたらこの気持ちにけりをつけるから、その間は……そっとしておいて欲しい」
ガウリイは自分の立場は分かっている。そして彼女の立場も分かっている。
けれど気持ちをすぐに切り替えることなどできなかった。
自分から好きになるという、実に珍しく自発的な行動のせいか、セラフィーナに対する思いはなかなか消えない。
だから少しの間だけでいい。何も考えずに静かにさせて欲しいのに、二人の取った行動は、ガウリイの神経に障るものでしかなかった。
それに、こんな気持ちでいるのに他の女性と結婚するなど、その女性に対しても失礼だ。
「ガウリイ……」
「今は……悪いがそっとしておいてくれ。夏までには彼女のことは忘れて、結婚のことも考えるようにするから……」
ゼルガディスとルークはそれを聞いて、自分たちのしたことはガウリイにとってより辛いことをしていたのだと、彼は決して自分の立場を忘れていなかったのだと分かった。
二人はため息を着いた後、「分かった」とだけ返す。
ガウリイはそれを聞いて、「悪いな」と小さく笑った。
「オレ、汗流してくる」
「ああ」
ガウリイは立ち上がって剣を持つと、彼らと目を合わせずに城の中に入っていった。
「やれやれ……」
ガウリイは自分の立場に縛られて、満足に動けないということを忘れていたわけではなかった、と知ると、ゼルガディスとルークはガウリイに対して罪悪感が募った。
ゼルガディスは家の格式に縛られてガウリイに王位を押しつけた。
ルークは好きな人のために王位を蹴った。
本当なら三人のうち誰が王になっても問題ないのに、自分たちのエゴでガウリイに面倒を押し付けた。
そして、その押し付けた王位のために落ち込んでいるガウリイを見て、二人はなんともいえない心境になった。
「なんか……見ちゃいられねえなぁ」
「まったくだ」
「あれで他の女を代わりにするくらいだったら問題なかったのにな……」
あの男は不器用だ、とルークは思った。
思った本人も小さい頃からミリーナという女性一筋で人のことを言えたものではなかったが、それでもまだ彼のほうが望みがある。
だけどガウリイは自分の立場を考えると諦めるしかないのだ。しかも心の空虚感を、他の女でその隙間を埋めることができない。
ゼルガディスも頷きながら、同じことを思っていた。
***
エルメキアは水が豊富な国のため、水が不足することはない。
王宮内にも池や噴水などもいくつかあり、生活のための給水場、浴場などの設備もしっかりしている。そのためか王の私室にも個人的に風呂があり、そこにはいつでも王が入れるようにと湯が張ってあった。
ガウリイは服を全部脱ぐと、そのままざぶんと音を立てて浴槽に入った。ここはガウリイがのんびりするために、と余程のことがない限り他の者が入ってくることがない。
それが分かっているため、ガウリイはリラックスして手足を伸ばした。
「ふーっやっぱり風呂はいいなぁ」
使った筋肉をほぐしながらのんびりした口調で呟く。
そういえば王になって良かったのは、個人的な浴室くらいだろうか、と今頃気づいた。
もちろん五聖家であるガブリエフ家にもしっかりとした浴室はあったが、王城のほうが立派だ。常にちょうどいい温度が保たれていてとても快適だし、それに人払いをするようにしてあるから、のんびりと風呂に入ることもできる。
「まあこれくらいいい思いができなきゃ、我慢している意味ないよなぁ」
気づくと王になったことで様々なものを捨てたと思う。
今、痛感しているのが『好きな人』だ。
ルークの恋も周りから祝福を受けるようなものでもないのだが、それでも意中の人――ミリーナはルークの乳母の娘にあたり、婚姻という形を取らなくても側にいることはできる。
自分との差を考えると気分が下降して、気づくと体まで下降していた。口元まで湯につかった状態で、ガウリイは思い切り息を吐き出すと、水面にぶくぶくと泡ができた。
その泡を見ながら、ルークと自分の差を感じていると、その前に一番の問題があることに気づく。
「一番の問題は彼女だよな。オレが思うように彼女も同じように思ってくれなければ意味ないんだし……」
セラフィーナは好意的に接してくれたが、王という立場と同盟を結ぶためにという意味でも考えられる。
だいたいあの短い時間で、自分のように恋に落ちたというのは都合よすぎる。
それでなくても、彼女にとって他国の人間は問題外。はじめからそんな対象に見られていない可能性のほうが高いのに――と、つい自虐的に考えてしまうが、それで思いが消えるわけでもなく、あれこれ考えてしまう。
もし自分がエルメキアの王でなく、ゼフィーリア女王に仕える従者だったら? 彼女を見ることができ、言葉をもらうこともできるだろうと思った。
まあその後、それだけで自分が満足するわけがないか……と考え直す。
一つ望みが叶えば次の望みを願うのは人間の性だろう。
姿を見ることができれば、自分のことを見て欲しくなる。見てもらえたら話をしたくなる。言葉を交わすほど近づいたら触れたくなる。
そうして欲求は大きくなっていくのだ。彼女の立場も忘れて。
(そう考えると、もう会わないほうがいいんだろうな……)
ガウリイは湯船につかりながら、ぼんやりそんなことを思った。