二年前の即位の時、ガウリイは特に何も考えもなかった。
五聖家に生まれたからにはその可能性もあるし、小さい頃から言われ続けたことだったため、前王が亡くなって自分に、と言われても特に感情は沸かなかった。
彼が考えるのが得意でないのはゼルガディスもルークも、近しい者はほとんど知っている。だから自分達がきちんと補佐すると言ったので、その言葉を信じてガウリイはそのまま王位につくことになった。
――が、これがまた不自由極まりないこと。
ゼルガディスもルークも、ガウリイのことをよく補佐してくれていると言える。が、ガウリイにすると耳にタコができそうなほど注意が多い。はっきり言ってうんざりだ。
それ以外は常に従者がついて回った。まるで四六時中見張られているように思える。
一人でいると感じるのは寝る時くらいだ。
「あーっ! お前らのほうがよっぽど頭いいし、王に向いているんじゃないのか!?」
ガウリイは過去を振り返るとなんともいえない気持ちになって、頭をがしがししながら愚痴をこぼした。
ルークたちはまた始まったか、という顔をした。これが一度や二度でないことが分かる。二人はそのたびにガウリイを宥めてきたのだった。
「確かに頭脳だけでいけば、お前より俺たちのほうが上だ」
もう誤魔化しても仕方ないと思ったのか、ゼルガディスはきっぱりと肯定する。
「……はっきり言うなよ」
「お前が言ったんだろうが。でもな、周りから慕われて、でもって一番文句が来ないやつってのはお前なんだよ」
「そうだ。それに俺の家――グレイワーズは五聖家のうち一番格下だし、ガウリイのほうが俺より年上――どう考えてもガウリイのほうが相応しいだろう」
五聖家といってもその中で格というものがある。
その中でガブリエフ家は上位であり、反対にグレイワーズは一番下になる。
ルークの家は特に下というわけではないが、彼には意中の女性がいて、王などになったら、その女性とぜったい結婚できないから嫌だと突っぱねた。
その時はなんとも思わなかったが、こんな風に結婚を制限されるのなら、s王などなるんじゃなかったとガウリイは後悔した。
「でもよぉ……こんなに窮屈だなんてひとっことも言わなかったぞー……」
「当たり前だ。言ったら嫌がるだろうが」
「当然だ!」
間髪入れず肯定するガウリイに、二人はいつものことだと思いながら、適当に流す。
「いいじゃねえか、女がよりどりみどりで。後宮から好きなのを選びほうだいだぞ」
「お前なあ! だったら『俺はミリーナ一筋だぜ!』なんて言うなよ! お前こそ王になって言い寄ってくる女から選べばいいだろう!? オレに押し付けるなよ!」
ルークもゼルガディスも自分の言い分を通しているのに、なんで自分の言い分は通らないなんて、なんて理不尽なんだとガウリイは心の中で思った。
以前は子をなすのも名家に生まれた者の大事なことだと言われていたし、王になりたての頃は面白くて後宮にも足しげく通ったこともある。
けれどすぐに今は国の安定を心がけるべきで、下手に子を作り女に、ひいてはその女の家に権力を持たせてはいけないと言われた。そんなことをしているのなら、法の一つくらい覚えろとまで。
そして現在は何かあったら困るから、早く跡取りを作れと急かされるのだ。
ガウリイはなんともいえない気持ちになった。
「好きになった人と一緒にいたいっていうのは普通の欲求じゃないのか……」
ガウリイはセラフィーナからこっそり頂いたピアスを取り出して見つめる。金細工の中に嵌っている石は、彼女の瞳を思い出させた。あの時はほんのいたずら心だったが、今となっては彼女に繋がるものはこれしかない。
こんなに彼女を強く想うのは、決して手に入らない高嶺の花だからだろうか。それともそれだけ彼女のことが好きなのだろうか――どちらか分からないが、今のガウリイは暇さえあれば彼女のことを考えてしまうほど重症だった。
「確かにそうかもしれないが、上に立つ者は諦めなければならないこともあるってことだ。で、まさにお前はその状態ってわけだな」
「オレが望んだわけじゃないのに……」
「仕方あるまい。王になるのに一番良かったのはガウリイだからな。それは五聖家に生まれた宿命だろう」
「ずるいぞ、お前ら……。お前らだって五聖家の生まれなのに……」
いつもよりしつこく愚痴を言うガウリイに、二人はため息をついた。
それほどまでにガウリイの中でゼフィーリア女王が占めているのだろうか。こんなにしつこく言うのは初めてだ――と二人は心の中でそれぞれ思う。
「そんなにいいのか? 確かに割と整った顔立ちだったが、年齢も体もまだ子どもだろう?」
「大体ガウリイがエルメキアの王でなくなっても彼女はゼフィーリア女王だ。結婚できるはずがないだろう」
「わかってはいるけどさぁ……」
分かっているからといって、なんでも割り切れるわけではない。
ゼフィーリア王家は血筋を重んじるため、決して他国の人間と婚姻を結ばない。
だから、ガウリイが王でなくても彼女がゼフィーリア王家というだけで、結婚の対象からは外されてしまうのだ。
「でもオレ、ルークの気持ちがわかった気がする」
「ふっ俺はミリーナ一筋だぜ。……何回ふられたってな」
「いい加減諦めろ。どちらにしろ、ゼフィーリア女王とでははじめから無理な話だ」
「そう簡単に諦められるなら、こんな風に思わねえよ」
「悪いがどこがそんなにいいのか分からん。ルークが言うように彼女はまだ子どもだ」
ゼルガディスは会談の時を思い出して、十人中十人が同じことを思うだろうことを口にした。彼女は女王としてしっかりとした振る舞いをしていたが、女性としての魅力を問われると、どう返事をしていいのか躊躇ってしまうような年だった。
ルークも同じようなことを思っているのか、茶化すようにガウリイに問いかける。
「お前ロリコンだったのかよ?」
「違う! どうしてそう極論に走るんだ!? ……ったく、お前らはちゃんと見てないからそう言うんだ!」
病弱と聞いていたけれど、小さな体には秘めた『なにか』を持っていると感じた。
加えて、とても強い意志を持った瞳――あんな瞳を間近で覗き込んでしまっては、人として惹かれるなというほうが無理だ。周りにいる人が色あせて見えてしまう。
特に着飾ることのみに熱心で、どうしたら自分の心に止まるか――それだけを考えているような後宮にいる女性たちと比べては。
「あんな女性、ほかにいない……」
ガウリイは切なげに呟く。
それを見てゼルガディスもルークも重症だと思い、それ以上からかうのをやめた。
それにしても恋に落ちるのは突然というが、目の前の男がまさに今その状態だとは……。
しかし、いかんせん相手が悪すぎる。好きになった相手は、決して手に入ることがないのだ。ガウリイの立場を除いても。
「寝る」
「お、おい!?」
「もう酔ったのか? 脈絡のない行動をして」
「夢の中で彼女に会うんだ」
「ああ、分かった分かった。夢の中だけで諦めてくれ」
現実にはありえないから、夢の中だけでも彼女の隣にいたい。
そう思うのに、夢の中だけと現実を突きつけられて、ガウリイはむすっとした顔で寝室へと向かった。
***
ゼルガディスとルークはそんなガウリイを見送った後、二人で盛大なため息をついた。
「まさかなあ……ガウリイがそこまで思い込むとは思わなかった」
「俺もだ。あれは自分の立場を知っているから、今まで何かに執着するようなことはなかったが……しかし、なんでゼフィーリア女王なんだかな。僅かな望みもないような相手だ」
「まったくだ」
二人は愚痴をこぼすとそれぞれグラスに口をつけた。
ガウリイは物覚えはいいほうではないが、自分の立場は弁えてはいた。自分の好きなようにできる範囲でしたいことをしていたし、相手を困らせるようなことをしたことがなかった。
もちろんゼルガディスとルークは親友のため、愚痴をこぼしたりすることは多々あったが、二人になだめられ愚痴を聞いてもらうと少しはすっきりするらしい。
最後は「聞いてくれてありがとうな」という言葉で終わっていた。
だが今は――
「あいつにいい女でもやらないと、熱が冷めないかも知れないな」
「そうだな。気が進まないが仕方あるまい」
二人の意見は一致したが、一番の問題はガウリイの好みだった。
後宮には美姫と呼べる女性はたくさんいるけれど、ガウリイがいいと言ったのはまだ成長過程の少女だ。
ガウリイがセラフィーナに惹かれる理由を、二人は把握していないため、見た目だけで判断している。
――後宮にあんな子どもがいるのか!? ヤツの好みは分からん!!
二人はそれぞれそんなことを考えながら酒を酌み交わした。