同盟を結ぶための会談は滞りなく終わった。
セラフィーナも臣下の者もライゼールのものになるより、問題のないエルメキアに名を連ねたほうがいいと思ったこと。
エルメキアは聖地であるゼフィーリアと繋がりができることを望んだため、互いに対等な立場で同盟を結ぶことができた。
それと、この同盟のおかげでライゼールはゼフィーリア侵攻を踏みとどまり、仮初の平和ができたということを先に述べておく。
会談のほうも終了し、和やかな雰囲気で会食に移った。
ガウリイはセラフィーナに興味があるようで、少し離れたところに座っていた彼女に声をかけた。
女王が話の輪に入らずに隅にいるのがおかしいと思ったが、病弱なため皆が気を遣っているのかと考え直した。
なら自分は話しかけないほうがいいのかと思ったが、声をかけてしまったものはどうしようもない。
セラフィーナもガウリイを見ると笑みを浮かべて返した。
「具合が悪いのですか?」
「いいえ。ただこういう場はまだ慣れてなくて」
セラフィーナが軽く横に首を振りながら答えると、ガウリイはほっとした表情で話を続ける。
「そうですか? かなり堂々とされていましたが」
「そう見えました?」
「ええ」
ガウリイが断言すると、セラフィーナは苦笑した。
けれど会談の場では、とてもそうは思えないほどしっかりしていたのだから、ガウリイがそう思っても仕方ないことだろう。
そんなガウリイにセラフィーナは隣の席を勧めた。ガウリイも促されて席に着く。
「若いのに堂々としていて、これならゼフィーリアの民も貴女を信じて、ついていくでしょうね」
「……ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですわ」
「本当ですよ。しっかりしていて、何より強い意志を持ったその瞳に惹かれる。貴女が女王でなかったら、求婚したいくらいです」
「ご冗談を……」
セラフィーナはまだ十六歳という若さだ。ガウリイのような大人の男性にそのようなことを言われるとは思わなかった。
でも彼の瞳は真摯で嘘を言っているように見えない。
「本気……ですの?」
「ええ。貴女がゼフィーリアの女王でなければ、貴女に求婚することも許されるんでしょうが――」
「そう……ですわね。わたくしはゼフィーリアの女王ですから。……貴方の話を受けることはできませんわ」
ゼフィーリアは女系家族で代々女性が即位する。
女王の相手は、同じゼフィーリアの貴族の中からでないと、選べないしきたりになっていた。王族の血に他国の血を入れたくないためである。
ガウリイもそれが分かっているため、冗談めかして言った。
けれどセラフィーナに対する感情は、今まで周りにいた女性に対する感情と異なっている。ただ惹かれるというだけでなく、上に立つものの目と心を持ち、同じ方向を見ていける――そんな気がしたのだ。
しかし互いに王という立場にいる以上、それより先へ踏み込むのは許されない。
「そうですね。残念ですが……」
「ええ。でもその思いは嬉しく思いますわ」
「そう言って頂けると嬉しいです。ただ……思い出を一つ頂けませんか?」
「思い出?」
「ええ。これから先、貴女に会えることはほとんどないでしょう。ですから……」
そう言うが早いか、ガウリイはセラフィーナを引き寄せて、その小さな唇に軽く触れた。
「な……っ!?」
「失礼。どうしても貴女に触れたかったので。それにどうやら、このおかげで貴女にとって忘れえぬ人になれそうですね」
おそらく、まだ恋をしたことがないだろう、セラフィーナの唇を奪い、軽く笑ってみせる。セラフィーナはまだ恋をしたことがなく、このような経験は初めてだった。
口元を手で覆い頬を染めている姿を見て、ガウリイは満足した。
「さすがに、これ以上は望めませんけどね」
「……不意打ちとは卑怯ですわ」
「それは申し訳ないことを」
「そう思ってはいないくせに……。もういいですわ!」
セラフィーナはしてやられたといった悔しい顔をガウリイに見せるが、それ以上罵ることは無かった。
それよりガウリイの側近がこちらを見ているのに気づき、慌てて彼女から離れる。
自分の立場を理解している二人は、それ以上側にいるのを控えるため、各々話の輪の中に入っていった。
夕方にはガウリイたちはエルメキアに向けて戻り、ゼフィーリア城はいつもの静かな状態に戻った。
***
エルメキアは南国で明るい国だ。広大な土地は十八の領主がそれぞれ治めており、特に問題はない。王位継承についてもそれほど問題なく現王であるガウリイに引き継がれた。
王都エストリアは中央よりやや北側にあり、ゼフィーリアに割りと近い位置にある。そのためガウリイたちは国境沿いの宿で一夜を明かしたあと、四日目の夜にはすでにエストリアに帰還していた。
夕の宴ではゼフィーリアとの同盟を喜ばしく思い、いつもより明るく砕けた表情をしている者が多かった。最近ライゼールの侵攻により暗い話が多い中、今まで一度たりとも他国と同盟を結んだことのないゼフィーリアと同盟を結べたのが喜ばしいのだろう。
ゼフィーリアという国は、それだけ人々の間で特別視された国だったのだ。
こうして夕の宴は和やかに終わり、ガウリイは飲み足りないのか、側近であるゼルガディスとルークを誘って部屋へと入った。
彼らは年が近いのと、王位に対する執着がないせいか仲がいい。人目がないと王と臣下というより、悪友といった雰囲気になる。おのおの席に着くと持ち込んだ酒を開け、リラックスした雰囲気で飲みだした。
「今回は失敗しなかったよな? オレ」
ガウリイはゼフィーリアでのことを思い出しながら、二人に尋ねた。
彼は人がいいが少々物覚えの悪いところがあり、そのフォローを毎回しているのがゼルガディスとルークの二人だった。
ゼフィーリアでの彼の言動は、二人が口をすっぱくして教え込んだ賜物だといえよう。
今回はたいした失敗をしていないとガウリイは思っているため、嬉しそうに尋ねたのだ。
そんなガウリイを見て、二人はため息をつきながら愚痴をこぼした。
「失敗はしてないと思うが……しっかり見ていたぞ、俺は」
「ああ、まったく……手が早いというか……。相手は女王だぞ。しかもゼフィーリアという特別な国の、だ」
「見てたのか」
ゼルガディスとルークはガウリイの一挙手一投足を見逃さずに見ていたのだ。もちろんガウリイが他国の人間の前でヘマをしないように、である。
ゼフィーリアに着く前に立ち居振る舞いを教え込んだためか、たいした失敗もなかったが、彼はこともあろうにゼフィーリア女王にちょっかいを出したのだ。
あのシーンを見て、二人はそれぞれ心の中で、今すぐど突きたい衝動を抑えるために、深い深いため息を吐いたのを覚えている。
ただし、当の本人はそれほど大それたことをしたという自覚はなく、きょとんとしている。
それを見て二人はまたため息をついた。
「友好を深めるのはいいが、あれはやりすぎだろうが」
「まったくだ。あんなに手が早いやつだとは……あの時ばかりは、お前をその場でど突き倒したい心境に駆られたぞ」
「そうは言われても、彼女に次に会えるのはいつになるか分からないし……」
ガウリイは二人に問題なかったと言ってほしかったのに、反対にセラフィーナとのやり取りを見られていて、更にそれに対して文句を言われたため、語尾が心なしか弱くなっていった。
「まあ、過ぎてしまったことは仕方ないが……そんなに女がほしいなら後宮にでも行ってこい」
「そうだ。あそこにはお前が来るのを待ち望んでいる女がたくさんいる。ついでにお気に入りでも作ってさっさと子でも作ってくれ」
「おーい。……この間まで揉め事になるから、簡単に作るなと言っていたのはどこのどいつだよ?」
「そう言っていたのは少なくとも半年前だろうが、今は早く結婚しろと言ったはずだが」
「話をコロコロ変えないでくれ」
ガウリイは二人の話が気に入らなくて反論した。同時に、グラスに酒がないことに気づいて、ガウリイは手酌でボトルからウィスキーを注いだ。
少し前まで二人は即位して間もなかったので権力争いの元になるからと、お気に入りの女性を作るなと言っていた。
だが今世界は暗雲が立ち込めていて、いつこのエルメキアも戦火が飛び火するか分からない状態だ。
エルメキアは五聖家の中から王を選ぶという決まりがあるが、このご時勢では跡を継ぐ資格を持つ者は多いほうがいい。戦になれば死者も出るからだ。
それに運悪くガブリエフ家ではガウリイ以外に跡継ぎがいないということもあり、このままではガブリエフ家自体の血統が断絶してしまうという理由で、ガウリイに子を作れとせっつくようになっていた。
「はあ……王なんて面倒なもんなるんじゃなかった」
ガウリイはウィスキーを呷ると、実に嫌そうに呟いた。