序章 世界の成り立ち

 この世界を記した創世記には、天地創造に関しての記述がこう表現されている。

 天地は赤の竜神スィーフィードと赤眼の魔王シャブラニグドゥの苛烈を極める戦いから生まれたという。
 シャブラニグドゥの吐く灼熱が大地に熱を与え、スィーフィードがその灼熱を抑えるために降らせた雨により、大地は固まり海を作った。大地を冷やした蒸気は天空に駆け上り、雲を生み出した。
 神と魔の戦いは数千年に渡り、そして最後にスィーフィードがシャブラニグドゥにかろうじて勝利し、シャブラニグドゥをいくつかに分断した。その後スィーフィードも力尽き、永の眠りにつくことになる。

 ――と。
 けれど、戦いの爪あとは数千年経った今でも残っている。
 その際たる場所が『赤の半島』と呼ばれる場所だ。
 神と魔の争いの爪あとの名残だというそれは、この世界の一番大きな大陸の北部にある。土地は広く半島と呼べるものではないのだが、先が尖っているため、外部では『半島』と言われていた。
 その半島の周囲には特殊な力が働いているのか、なぜか半島の中に入ることも、そこから出ることも叶わないという。
 半島へ行くには広大な砂漠を越えて行くしかない。けれど誰ひとりその砂漠を越えることができたという話は聞いたことがない。ほとんどの者が、砂漠を越えることができず帰らぬ人になるか、運よく戻ってきても、延々広がる砂漠のみで、諦めて戻ってきたのだという。
 海域においても特殊な力が影響していて、船がその場所へと近づくことはできなかった。
 赤の半島は新魔の戦いから数千年たった今でも、外部との交流が一切ない地域という特殊な場所になっていた。

 

 ***

 

 赤の半島は北方からライゼール、ディルス、ラルティーグ、セイルーン、ゼフィーリア、エルメキアの六つの国から成り立っている。
 中でも北方のライゼールと南方のエルメキアは広大な土地を所有し、二大勢力を誇っていた。
 この情勢は百年以上変わらず、争いなどとは無縁な場所だった。
 ウィリアム=ダン=ライゼールがライゼールの王になるまで。
 彼は前王の第一子で第一位王位継承者で、彼の性格は残虐で野心に溢れていた。
 廷臣たちは皆彼が王位につくことに抵抗を感じていたが、不幸にも前王にはウィリアムしか嫡子おらず、前王が五十四歳で崩御したと同時に、二十六歳のウィリアムが王位につくことが決定した。
 彼は己にとって都合の良い者を周囲に置き、彼の立場を考え諌言してくれる者たちを遠ざけていった。何度も忠告をする者をいとわしく感じ、一年後には彼らの処刑を行い始める。その後は彼の思うままになった。

 そして、即位後、三年も経たずして隣国に侵略を始めたのだった。
 ライゼールと国境を共にするのはラルティーグ、ディルス、ゼフィーリアだったが、ディルスは貧しい国、ゼフィーリアは特殊な地のため、ウィリアム王はラルティーグに目をつけた。
 ここ百年以上戦がなく平和だったこと。また同盟を結んでいたという油断から、ラルティーグはあっけなく陥落した。
 ライゼールはそのままラルティーグの隣にあたるセイルーンへ侵攻を続けたが、同盟を結んでいたエルメキアの助力により、セイルーンはライゼールを撃退したのだった。
 だが彼の野心は止まらず、ウィリアムは赤の半島において聖地にして不可侵だったゼフィーリアに目を向ける。

『ゼフィーリア』
 そこは赤の竜神が初めて人間を作った場所であり、聖地と呼ばれる場所。
 土地は肥沃で領土は狭いものの国は裕福だった。
 聖地と呼ばれるために、ゼフィーリアに侵攻しようという国もなく、赤の半島の中心にありながら、血に染まったことのない土地でもある。
 ゼフィーリアは赤の竜神スィーフィード信仰のために巡礼する人の足が途絶えることがなかったからだ。
 またゼフィーリア王家は最初に作られた人から始まっているとされていて、ゼフィーリア王家の者は皆、黒い髪に、赤の竜神を表す赤い瞳をしているというのが特徴で、彼らは国民にとても愛されていた。

 さて、話を戻してウィリアムはそんなゼフィーリアに侵略の手を伸ばそうとしていた。
 しかしこれには重臣たちも慌てて反対を始める。ラルティーグならともかく、聖地であるゼフィーリアに手を出せば、いくらゼフィーリアと同盟を結んでいない国でも黙って見過ごすことがないだろうと。
 臣たちが何度諭しても、ウィリアムは目の前にあるゼフィーリアの豊かな土地を、黙って見過ごせなかった。彼は反対を押し切り、戦の準備を進めた。
 幸か不幸かその情報はゼフィーリアに届き、ゼフィーリアは侵略までに対策を考える猶予が与えられた。
 ゼフィーリアの民はライゼールの侵攻に憤りと恐怖を感じたが、女王セラフィーナ=ステラ=ゼフィーリアは冷静に対応し、もう一つの大国で、ライゼールとは反対の位置にあるエルメキアに助力を申し出た。
 まだ若いゼフィーリア女王はセイルーンの王女と年が近く、以前ライゼールがセイルーンに攻め込もうとした時のことを聞いていたためだ。
 エルメキアはこの申し出に快諾し、春先に同盟を結ぶために若きエルメキア王・ガウリイ=ガブリエフは、側近を連れてゼフィーリアの地に足を踏み入れた。

 

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