薄暗い部屋の中でベッドの軋む音と荒い息が重なる。オレは小さな体を思うまま味わった。
背中に爪を立て、断続的な悲鳴を上げる彼女は、限界が迫っていた。
「……お、ねがっ……も……っ!」
「も……少し……」
あと少しで訪れる限界を前に、ギリギリまで快楽を貪る。彼女も何とか合わせようと、必死に爪を立ててこらえていた。
「くっ……」
「……っぁあああああっ!」
ほぼ同時に達して、お互い張りつめていたものを解放した。
疲れて彼女の上に重なるようにしていたが、前のように苦情が来ないため覗き込んでみると、激しすぎたのか、意識が飛んでいる状態だった。
頬が紅潮して息が荒いが、目を瞑ったまま意識がない。汗ばんで毛が頬に数本張りついているのを見て、一本ずつ頬から放していく。
そこでふとオレは、黒い髪、赤い瞳であっさりしているところはルナさんに似ているが、先ほどの啖呵のきり方といい、目を瞑った時の幼い表情などは、リナのほうに似ていることに気づいた。
それに抱いた時の感じもリナに似ている? 小さい体がそう思わせるのかも知れないけど、少し恥ずかしそうにするところ、感じやすいところ――偶然かもしれないが、ふとした疑問は大きく膨らんだ。
――この黒髪を栗色の癖毛に変えたらほとんどリナじゃないのか――?
思わずルビィの頭に手をやって確認してみたくなった時。
「……ん、んん……」
ルビィのほうが先に気づいてしまい、慌ててオレは彼女の頭から手を離した。
もし、ルビィがリナだとしても、彼女が何を求めているのか分からない以上、お前はリナだろう? などと問い質すことなどできない。
「んー……」
「気がついたか?」
「ガウリイ……?」
「ああ、お前さん気を失ってしまったもんでどうしようかと思った」
「あ……」
「大丈夫か?」
「あ、ええ。大丈夫よ」
ルビィがリナだと思い始めたら、オレはルビィに何を話していいのか分からなくなってしまった。口ごもりながら短く会話をしていく。
ルビィはそんなオレを不審に思わずに、気だるそうな表情でゆっくりと起き上がった。
「シャワー浴びるわ。今日はもうこれでいいでしょう?」
「あ、ああ」
ルビィはバスローブを肩に軽く羽織ると、そのままバスルームに消えた。
オレはそれを静かに見送った後、バスルームの扉が閉まるのを聞いてから「どうしよう?」とおろおろした。
ルビィがまるきり知らない人なら、そのまま行きずりの関係のままでいい。
けれど、ルビィがリナだとしたら? リナは何のために黒い髪をしてオレの前に現れた?
半分自分から誘うような真似をして……
思いついたのは『仕返し』という言葉。
最後まで振り向かなかったオレに、誘いをかけてその後手酷く振る。
ルナさんに似た女に、オレが簡単に引っかかったのを影で笑ってる? ルナさんに似ているなら誰でもいいんでしょう――と。
でもそれは自分が体を張ってまでやることじゃないだろう。どちらかというと、誘っておいて、でもギリギリでオレをかわして逃げるほうが、オレを弄ぶことができるはずだ。
それにリナの性格なら、復讐するならもっとはっきりとした嫌がらせをするだろう。たとえば、一杯五万のコーヒーのように。悲しいかな、やはり付き合った相手として、リナが何を考えるかはだいたい分かるわけで。
そうなると、こうしたやり方はリナらしくなく、やはりルビィはリナじゃいないのか? と思い直す。
だいたいこんなことが復讐になるとは思えない。オレが引っかからなければそれまでだし、こういった関係を持つのは、男より女のほうがリスクが高すぎないか?
ルビィ自体もはっきりと行きずりの関係だといい、それ以上進めるつもりはないと言った。
……ますますルビィ、イコール、リナだとしたら、その真意が分からない。
「どうしたの? 百面相なんかして」
「うわあっ!」
ぐるぐる考えていると、いきなり間近で声をかけられて、本気で驚いた。
「なによ。化け物に会ったみたいな顔をして」
「いや、ちょっと考え事をしていたんで……」
「そう。バスルーム空いたから使ったら? そのまま帰るわけじゃないんでしょう」
「あ、ああ」
オレはルビィに返事して、慌ててバスルームに向かった。
少し熱いシャワーでも浴びて、いやいや、冷たい水を浴びて頭を冷やさなくては。
頭を冷やすために水を頭から被って、すっかり冷えた体でバスルームから出てくると、ルビィはまた前と同じようにテレビを見ていた。
とはいえ、ラブホテルだからあるものといったらアダルトビデオ関係くらいだが。
「面白いものでもあったか?」
それでも同じ質問をまた繰り返す。他に聞けるようなものはないし、声をかけるタイミングがどうしてもそうなってしまうのだ。
ルビィはベッドに腰掛けたまま、上半身だけこちらを向いて。
「あるわけないでしょう。ただ暇だから見ていただけ」
「そうか。じゃあ、出るか?」
「そうね。でも……」
「でも?」
ルビィは捻っていた体を元に戻して、テレビに映っている一組のカップルを見つめながら呟いた。
「どうして人間は誰かを好きになってこんな風に抱き合うのかしらね?」
「ルビィ?」
「うまくいく恋のほうが少ないのに、どうして誰かを好きになるのかしら? 幸せになるより、傷つくほうが圧倒的に多いのに……」
ルビィの寂しそうな言葉に、彼女も恋人に別れを告げられた方なんだろうかと推測した。
だから寂しくて、一人だったオレを誘ったとか。
でもルビィの言うことはその通りだと思った。こんな風に誰かのことを想わなければ、辛いこともない。誰かを悲しませることもない。
でも――
「人は一人じゃ生きていけないから……かな?」
「ガウリイ?」
「一人でいたら寂しくないか? だから側にいてくれる誰かを探すわけで。でも、一回でうまくいく可能性のほうが低い。そのたびに泣くこともある。でも――」
「でも?」
「悲しいことばかりじゃないことも確かだと思う。付き合ってうまくいっている時は楽しいと思うし。だから、たとえば千のなみだがあるとしたら、その分どこかに千の幸せもあるんじゃないかな」
半分は願望だけれど。
でも世の中の男と女は、出会いと別れを繰り返して、そしていつか自分だけの人にたどり着くのだろう。
その時悲しくても、また誰かと出会って、その人は自分だけの人になるのかもしれない。
だからルビィもオレも、いつかそういった人と巡り会うことができる可能性だってあるんだ。
「千のなみだに千の幸せ……か」
「ああ」
「だといいわね」
「オレもそう思っている」
ルビィは少しだけ微笑むと、ベッドから立ち上がった。
脇に置いてあった、若草色のスプリングコートを取り、ぱさりと翻して身につけた後、同じように脇に置いてあったバッグを手に取った。
「お互い、自分だけの人に出会えるといいわね」
ルビィはオレに向かって微笑みながらそう言った。
この時の笑みはいつもの何かを含んだ笑みと違って、優しくて心の底からそう思っているような――そんな感じ笑みだった。
前回の淡々としていてどこか捉えどころのない彼女と違って、今日は行動の端々に彼女の感情が見え隠れしていた。
これは慣れてきてからだろうか。
もしそうなら、どうして前回会った時は作ったような雰囲気だったのか。
なら、なぜ今日は冷たい女の仮面を外して見せてくれたのか。
ルビィに対しての興味は尽きることがなかった。