窓から差し込んでくる日差しは目に痛いほど眩しかった。
いや、実際痛い。眠れず泣きはらした目には朝の日差しはきつかった。
――結局、あたしは昔も今も、ガウリイにとって一番にはならなかった……
昨日のことを思い出して、また目が熱くなってくる。
こんな風に大泣きしたのは小学校の頃から無いだろう。いつの間にかに、悲しくても泣かずに笑って誤魔化すことを覚えていた。
もっと体当たりでガウリイに向かっていれば、もっと違う答えが出たんだろうか?
いつもいつも、心とは違ったわがままを言ってガウリイを振り回して、本心を明かすことはほとんど無かった自分。
でも、どうすれば良かったんだろう?
ガウリイはあたしよりずっと年上で、格好良くて、顔も綺麗で、優しくて、いろんな女の人の目を惹いてしまうような人だ。
そんな人を恋愛経験なんて、まるきりないあたしが、いつまで自分一人に目を向けておくことができる?
そんなの答えが出なかった。
紹介されてすぐから、ガウリイが姉ちゃんのことを想っているのか分かった。
でも告白したらOKしてくれて、一人で舞い上がってた。でもガウリイの中から姉ちゃんに対する想いが見え隠れして、つい我が儘を言って何度もガウリイを試した。
ガウリイはあたしの我が儘を聞いてくれたけど、姉ちゃんに対する想いは消えない。我が儘を言って縛る自分と、いつまでも自分を見てくれないガウリイが嫌で、辛くて逃げた。
あれから二年経って、少しはその想いが変わっているかな、って半分期待、半分確認しながら姉ちゃんみたいな格好をしてガウリイの前に出た。
結果は……惨敗だったけど。
姉ちゃんに似ているあたしを見て驚いた顔。
でもって、その後は付き合っていた時には見せてくれなかった大人の男のガウリイがいた。
そんな顔で女の人に話しかけるの?
そんな風に女の人を口説くの?
あんな風に激しく女の人を抱くの?
湧き出てくる疑問は尽きず、出た答えは、こんな馬鹿なことしなければ良かったということだけ。
自分と付き合っていた時には見れなかったガウリイを見て、自分がとことん子ども扱いされていたことに気づいた。
そんな風に惨めになる反面、また会いたいと言われると断れない自分がいた。
悔しいけれど、まだガウリイのことを忘れてないんだと改めて思い知らされただけだった気がする。
だから身代わりでもいい。また会いたかった。自分と付き合っていた時には見れなかったガウリイをもっと見たいと思ったから。
なのに、知れば知るほど辛くなっていく。
結局、他に好きな人ができたって理由でもう会わないなんて急に言われて――それでも最後は意地でもあっさりと終わりにしたかったのに、なぜかガウリイにあたしだって事がばれてしまって、慌ててガウリイの前から逃げた。
――さすがにもう会えないわね。だいたいどんな顔して会えばいいのよ? 何もなかったようになんて、ぜったい無理に決まってる……
なんてシリアスな雰囲気で浸っていると、こんな時でもお腹が空いたとあたしのお腹は主張を始めた。
仕方なくもぞもぞとベッドから這い出て、そのままキッチンへと行って冷蔵庫を開ける。いくつかすぐに食べれそうな物を取り出して、それと買い置きしておいたパンを袋から取り出した。
冷たいものばかりだけど、とりあえずこれで空腹をしのごう。そう思ってパンに齧りついた。
それにしても、気持ち的には絶望の淵に立っているのに、体というものは自然の要求をするものだと感心してしまう。
考えてみれば、昨日は客の入りが良くて、自分もしっかりご飯を食べる暇はなかったし、店を閉めたらほんの少しの変装を施してすぐに出てしまったから、半日以上きちんとした食事をしていないことになる。
ああ、そうなると、やっぱりお腹が空腹を訴えてもおかしくないか。
結局、食べられそうなものはほとんど食べて、少しだけ気分が上昇した。
どちらにせよ、ここにいるとガウリイが来そうなんで、何か対策を考えなければと考えた。
店のことについては姉ちゃんにすでに話してある。後は新しい場所を探して引っ越して、ガウリイに会わないようにするだけだ。
するべきことを頭の中で優先順位をつけていると、突然玄関のチャイムが数回鳴った。
もしかしてガウリイ!? と驚いたけれど、その後鍵を開ける音がしたため、姉ちゃんかなと思い直す。そのため入り口を確認しないで、使った食器の片づけをはじめた。
入ってきた人物は静かに扉を閉めると、無言のまま靴を脱いで入ってくる。
姉ちゃんだとしても、今真正面から姉ちゃんを見たら、また泣いてしまいそうだったので、シンクに放り込んだ食器を洗いつつ、後ろ向きで入ってきた人物に声をかけた。
「姉ちゃん? 昨日は急にごめんなさい。だけど、我が儘を言うのはこれだけにす……」
全てを言い終わる前に、入ってきた人物に後ろから急に抱きしめられる。
ただそれだけで、後ろにいる人物が分かってしまい、声が震えた。
「なんで……来た、の……?」
「……」
黙ったまま後ろから抱きしめているガウリイ。
ただ黙っているのが不安でたまらなくて、ガウリイの腕をぎゅっと掴む。
するとガウリイは小さく「ごめん……」と呟いた。
「どうして謝るの?」
「リナをいっぱい悲しませた」
「なんでそう思うの?」
「オレが自分の気持ちをちゃんと自覚しなかったから……」
気持ちを自覚――それで昨日のガウリイのことを思い出す。『好きな人がいる』ガウリイはそう言ってた。だから、『ルビィ』とも会わないって。
なのに、なんでガウリイはあたしのところに来たんだろう。鍵を開けて入ってきたということは、姉ちゃんから鍵を受け取っているはずだ。
そこまでするほど、あたしを傷つけたと思ったし、またきちんと他の人が好きだと言いたかったんだろうか?
「べ、別に誰かを好きになるのは悪いことじゃないわ。あんたがくらげ並みの頭しかないのだって分かってるし。それに……それよりも好きな人ができたなら、早くその人のところへと行ってあげなさいよ」
わざわざこんなところまで来ないで。
二年経っても忘れられないのに、こんなところまで来てくれたら、また期待してしまう。
だから、お願い。一言別れの言葉を言って、この部屋から立ち去って。
「ああ、だから来た。オレが……オレが好きなのはリナなんだ」
「…………え?」
頭の中が真っ白になった気がした。
何も考えられなくて、でも胸の鼓動だけは誰よりも激しくて。
「ごめん。ずっと気づかなかった。リナの側が居心地良くて、だから本当に一番好きなのが誰なのか、少し前まで分からなかったんだ」
「うそ……」
「嘘じゃない」
「だって好きな人がいるって……」
「それは、リナが好きだってことに改めて気づいたから」
「うそよぉ……」
「嘘じゃない」
欲しかった言葉なのに、なぜか現実味がなくて、「嘘」とばかり繰り返してしまう。
そのたびにガウリイは否定して、あたしをきつく抱きしめた。
「ガウリイにとって、あたしは子どもじゃなかったの?」
「は?」
「だって付き合っていた頃に、あんなガウリイ見たことなかった……」
「あんなって?」
「知らない人のような男の人の顔。女の人を口説くということ。……なにより、あんな風に情熱的に求められたことなんてなかったもの……」
「それは……」
付き合っていた頃では見たことのないガウリイが、『ルビィ』としていた時には見ることができた。
あたしじゃ、『リナ』じゃ駄目なんだ、と思った。ガウリイにとって、やっぱり『リナ』は手のかかる子どもでしかない――そう言われた気がした。
「確かに付き合っていた頃は、あんな風な自分を見せたことがなかったかな」
「……」
「でも、あのまま付き合っていたら、多分きっと、いつか見せてたと思う」
「気休めの……嘘、言わないで。あんたにとってあたしは子どもでしかないくせに!」
「違う。……いや、確かにそう思っているところもあった」
「……」
「でも年が経てばリナだって大人になっていくし、見てるオレのほうだって変わっていく。それに、なにより大事にしたかったんだ」
「え?」
大事にしたかった? どういうこと?
「ガウリイ、それってどういう……」
気になって振り向くと、いつになく真剣なガウリイの顔に出会う。
ルビィとして会っていた時のガウリイのような男の顔で、でも、それとはまた少し違う真剣で切羽詰った顔。
初めて見る顔、だ。
「確かに付き合い始めた頃、リナはまだ子どもだと思っていた。だから関係が少しだけ進んでも、男の部分を見せるのがなんとなく怖かった。でもリナは少しずつ変わっていっていたし、本当に何もなければ少しずつ関係も変わっていったと思う」
「なによそれ……だってガウリイは……ガウリイは姉ちゃんが……」
「それが、な」
「なに?」
真剣な表情から照れくさそうな表情へと変わっていく。
少し間を置いた後、ガウリイはポツリと爆弾発言をしてくれた。
「この間ルークに言われてやっと気づいたんだけど、オレ、ルナさんに対しての気持ちは憧れとか緊張するから意識するんであって、好きなのはリナだろって気づかされたんだ。逆にリナといると楽しくて、でも居心地良くて、ドキドキする気持ちがあまりなくて。だから、自分の気持ちがいまいち掴めてなかったみたいで――」
……………………………………………………
……………………………………………………今、何、言われ……た?
ガウリイの言葉の意味がすぐに理解できずに、ぼけっとした顔をしていると、ガウリイは再度、「ずっと好きだったし、別れたくなかった」と告げる。
「うそっ!?」
「……いや、ホント。ルークに突っ込まれるまで気づかなかったなんて鈍すぎだけどな」
「鈍すぎなんてもんじゃないわよっ! じゃあ、あたしがさんざん悩んだのは!?」
「……すまんっ!」
なによなによ。あたしがさんざん悩んでいたのはなんだったのよ?
それに……
「それに、あんた好きな人がいるって!」
「だからさっきも言ったように、リナが好きだって改めて気づいたから……」
「そんな……そんな……」
「でも、それに気づかせてくれたのはルビィ――リナだ」
「え……?」
「ルビィの存在がなかったら、オレはまだルナさんのことを恋だと勘違いしたままでいたかもしれない。それを気づかせてくれたのがルビィだったんだ。ルビィを通して、オレが誰を見ているのか分かった。最初はルビィがルナさんに見えていたのに、二度目に会った時にはルビィからリナを見つけた」
あたしがガウリイの言っていることが信じられなくて、ただ頭を横に振るだけだった。
嬉しいことなのに、なぜか思考がついていかない。現実味がない。
「好きだ――」
ガウリイは、硬直したままいるあたしの頬に手を添えて、顔中にいくつかのキスを降らせた。
瞼に、頬に、額に、そして唇に触れて――深い、深いキス。
それはいつもと違って性急で追われるような感じだった。余裕というものが感じられない。前に付き合っていた時のキスは、いつも優しくて慣れないあたしでも大丈夫なようにしてくれてたのに。
びっくりして逃げようと思ったのに、背中に回された腕はびくともしなくて、あたしはただガウリイを受け入れるしかなかった。
時折試すように少し離れる時、小さなうめき声を出すのが精一杯で、唇が完全に離れた時にはもう力が入らなかった。
「ばかぁ、こんなキス知らない……」
「リナが望んだから」
「……そんなこと、ない、もん……」
「ある。それにオレももう大人だなんて演じてられない。それでなくても、ルビィであった時に化けの皮なんて剥がれていたしな」
「……なによそれ」
「リナは子どもじゃない。オレにとっては好きな女だよ」
真正面から言われると、どこにも逃げようがない。
けれど、ずっと待っていた言葉はすごく恥ずかしいもので、顔が熱くなっていくのが分かる。
どうしよう。すごく嬉しいのに、すごく恥ずかしい。
「リナ……」
ああ、でもなんていうか……ガウリイは男のフェロモンってやつを全開で、このままいくとなし崩しにこのままいってしまいそう。
それだけ、ガウリイがルビィの時と同じように自分を男だと主張しているのが、すごく嬉しい。
でも、なんていうか、あたしにだって意地というか、そんなものがある。
あそこまでしたんだから、少しぐらい焦らしてもいいと思わない?
「……たっ」
すかさず近くにあったトレイを掴んで、ガウリイとあたしの顔の間に挟む。咄嗟のことでガウリイは対応できずに、トレイと熱烈なキスを交わす羽目になった。
「…………リナ、いくらなんでも酷くないか」
「酷いのはどっちよ!?」
「それは……」
「人をさんざん悩ませて! 付き合った時も入れたら、三年よ、三年!! このままなし崩しにしようなんてそうはいかないわっ!」
「えーと……それについては、ホント謝ることしかできないんだけど……」
「そう? 本当にあたしのことが好きなら言葉でもちゃんと示してね。あたしが不安にならないように。ということで、しばらくそういうことはお預けね♪」
明るく楽しく最終宣告を告げるあたしに、ガウリイが深く頭を下げてがっかりする。
うーん、まあ本当ならここで……となるんだろうけどね。
辛かった二年前、忘れられなかった二年間のツケは払ってもらいましょうっと。
「さて、気分はすっきりしたことだし、遅くなったけどお店を始めますか」
「リナ……」
「ほらほら、遅くなったんだからあんたも手伝うの!」
「……」
こんな切り替えしにあうなんて思わなかったらしくて、ショックを受けて放心しているガウリイは、今まで見たことないくらいかわいらしい感じだ。
それにしても、苛めてかわいくなるなんて癖になるかもしれない。だってこんなガウリイを知っているのはあたしだけだろう。
ほんのちょっぴりお情けの気分で、ガウリイの髪を掴むとそのまま引き寄せる。イタタ……というのはこの際気にしない。
ちゅっ、と軽く音を立てて唇と唇が触れ合う。
そしてすぐさま離れて。
「……好き、よ。こんなことするのはガウリイだけだからね!」
早口で言い放って、そのまま玄関へと向かう。恥ずかしくてガウリイの顔なんか見れない。
面と向かって好きというのはかなりの度胸と根性(?)が必要だわ。
でもガウリイは何度か言ってくれたのを思い出して、あたしはガウリイに背を向けたまま、秘かに顔が綻ばせた。
続けようか迷ったんですが、リナ側で書きたかったので選択お題を一つお借りしました。
ガウリイ一人称では分からなかったことなどを、これで入れられて良かったです。
その後ガウリイの逆襲?ができたかどうかはご想像で。
そういえば、この話のテーマは『一度別れた二人』と『他の女性との間で揺れ動くガウリイの心』というのでした。
ガウリナを書いていると、気持ちの批准で、リナが鈍い分、ガウリイ→リナのほうがどうしても多くなるので、ガウリイがリナと他の女性を比べて迷ってしまうという浮気心満載(?)なのを書いてみたかった――というのが元でした。
サブタイトルは、お題と同じく「creap」様よりお借りしました。