CALL 3

CALL お話

「ガウリイ!」

 道路の向こうから声をかける彼女。オレは車が来ないのを見計らって道路を横断し彼女の元へと向かう。
 一睡もしていない身には辛かったが、それでも彼女と会えるとそんな辛さも吹き飛んでしまう。

「……っ」

 名前を呼びたくて呼べないもどかしさに、彼女を抱きしめる腕に力がこもった。

「ガウリイ、痛い……よ?」
 抱きしめる力が強かったのか、彼女が苦しげにぽそりと呟く。オレは慌てて彼女を抱きしめる腕を緩めた。

「今日は何する?」
「……」
「なぁ」

 約束は約束でも別に思い出せなくてもいいやと思ってる。
 今目の前に彼女がいて、その彼女があの女性の言うように、いなくなってしまうなど微塵にも思わなかった。
 そう、この瞬間まで――

「今日は約束の日ね。ガウリイ」

 彼女がオレを見上げそう呟いた。

「ああ。それよりも……」
「ガウリイ、あたしの名前を呼んで?」

 切なさそうな彼女の顔。何でそんなにこだわるんだ?

「ガウリイ……」
「いや、それよりもどこ行く?」

 オレは無意識にその話からそらそうとした。
 オレはいまだに彼女の名前を思い出せない。
 まだ今日という日が残っているのなら、せめてギリギリまで待ってほしい。
 それよりも、もっと楽しいときを共有したい。こんな焦燥感に駆られるような気持ちになるよりも。
 そんなオレの気持ちに気づかないのか、彼女を見下ろすと潤んだ瞳でこちらを見て。

「お願い、ガウリイ……」
「なあ、別に思い出さなくても教えてくれればいいんじゃないのか?」

 そうだよ。彼女が一言名乗ってくれるだけでいい。
 だけど、彼女はオレの言葉に頭を横に振った。

「ダメ。約束なの。ガウリイが思い出してくれなければダメ、だから――」
「約束?」

 その言葉にオレはどきりとした。
『約束』という言葉が昨日の女性の言葉と重なる。

『早くしないと大切なものを全て失うわよ?』

 まさか……そんなこと。彼女は目の前にいるじゃないか。

「約束だから、詳しくは言えないけど……ガウリイが思い出さなければ、もう一緒にいられない」
「ダメだっ! そんなのっ!!!」

 彼女の言葉にオレは慌てて、彼女を抱きしめる。
 そこから感じる温もりは、確かにそこに彼女が存在することを示してる。
 その存在が消える?

「だったら名前……呼んで。ガウリイ…」
「な……っ」

 なんて言っていいのか分からない。
 オレはいまだに彼女の名を思い出せず、彼女を悲しませている。
 でもダメなんだ。彼女の名が出そうで出てこない。もどかしいのに。ひどくもどかしいのに。

「もうすぐ……時間だわ」
「?」
「もうすぐ、さよならしなければならないの。それまでの約束だから……」
「イヤだっ!」

 どこにも行かせない。こうやって抱きしめて、離れないようにしていれば大丈夫だ。それまで絶対に離さない。
 オレはそう思って彼女をきつく抱きしめていた。

「ガウリイ……」

 彼女がオレの名を呼ぶと共に、背伸びをして……気がつくと唇に彼女の唇の感触。そして珍しく彼女の方から積極的に舌を絡ませてくる。
 互いが互いを貪るような激しいキスのあと、離れた時に見たのは彼女の涙。
 胸が痛くなった。
 滅多に泣かない……がこんな風に泣くなんて――

「ねえ、ガウリイ」
「……」
「人は生きていくのが辛くなる時もあるわ。でもそればかりじゃないと思うの。楽しいことだってある。だから……だから精一杯生きて……」
「リッ…」
「ずっと見てる。ガウリイを、ガウリイだけを……。だけど約束だから……」

 透けてる!?
 生きろと諭す彼女の体が、言葉を紡ぐたび、その存在感が希薄になっていく。
 彼女の輪郭が薄れ彼女の体が透けて向こう側が見え始める。
 なんでっ何で消えるんだ!?

「待ってくれっ!」
「好きよ、ガウリイ。ずっと……」
「イヤだ! 行かないでくれっ!!」
「……生きて、幸せに――」

 それだけ言うと彼女はオレの腕の中からその存在が消えてしまった。
 腕の中にはもう彼女の存在はない。

『ガウリイ!』

 オレの名を呼んで、柔らかい癖のある髪をなびかせくるんと振り返る。

『いつまで側にいてくれるの?』
『うーん…一生か?』

 聞いている彼女の気持ちを知りつつも、はぐらかすように答えた。
 あのころは、生きるために必死だったから、人生を決めてしまうようなことはしたくないと。
 でも。

『あたしは世界よりガウリイを選ぶっ! 力を貸して! ガウリイ!!』

 行くな行くな行くなっ!!!

「リナアアアアアアアアアアッ!!!」

 瞬時によみがえる記憶。
 ずっと側にいた心から愛した少女。

『リナ』

 思い出してももう遅い。
 リナは……リナは消えてしまった。
 オレを一人残して。

 オレは……オレは思い出すのが遅かったんだ。

 

 ***

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポン!
 ドンドンドンドンドン!!

「コラアッ出て来い! いるのはわかってるんだぞおおおおおぉっ!!」

 扉の向こうで声がした。ルークだ。

「いい加減しろおおおっ!!」
「ルーク、少し抑えて……。ガウリイさん、皆さんも心配しています。顔くらい出してください」

 ついでミリーナの声もした。
 だが、オレは返事をしなかった。すると、

「けっ! また来るぞ! 行こうぜ、ミリーナ」

 その言葉とともに人の気配が玄関から消えた。
 それにしても、まるでセリフが町金みたいだな――と考え、借金取りに来られたほうがまだましだと改めて思った。
 心配してくれる彼らに、応えられそうにない。
 それなら、町金のような相手を心配する気持ちのない相手のほうがずっと楽だ。

 数日前、リナはオレの目の前で姿を消した。
 あれからオレはどうやって家に帰ったのかもわからないほど記憶があやふやで、そして、ベッドに横になり久しぶりに泣いた。
 こんなに泣いたのは、たぶん子供の頃……少なくとも小学校に入る前だろうとぼんやり思った。
 だが、いくら泣いてもリナが戻ってくるわけでもなく、あとは抜け殻のようになったオレが残った。
 メシを食う気も、かといって何かをする気にもならない。
 また、いっそ死んでしまおうかとも思ったが、最後のリナの言葉が邪魔をして死ぬことができなかった。

『人は生きていくのが辛くなる時もあるわ。でもそればかりじゃないと思うの。楽しいことだってある。だから……だから精一杯生きて……』

 この言葉のために、オレは死んでリナの元へ行くこともできない。
 だけど、このまま生きていくには失ったものは大きかった。

 オレはリナの名と共に自分の過去を取り戻した時に、どうしてこうなったかを悟った。
 そして、それを招いたのも自分自身の至らなさから――というのが無性に辛かった。
 リナは昔、禁呪を使った。魔族に捕まったオレのために。そして、それはリナを縛り、深い闇の底の囚われ人になった。
 原因を作ったオレがのうのうと生きて死に、転生を繰り返す中で、リナだけが闇に囚われた存在だったんだ。
 だから、いくら生まれ変わろうとも、リナに出会うことはなかった。
 ただの一度たりとも。

 だけど、なぜか今回は会えた。ただし期限付きで。
 そしてその後、現れたあの黒衣の美人。あれはきっと――リナを捕らえている存在。
 でも、約束とは何だろう?
 ただ、オレはリナと彼女が交わした約束の期限に間に合わず、リナを失ってしまったことだけは確かだった。
 それなのに、死ねないんだ。リナの残した最後の言葉のせいで。
 そうして、ただ時間を重ね、時だけが過ぎた。

 ピンポンピンポンピンポンピンポン……
 ドンドンドン!!

 なんだ。またルークか?
 といってもすでにルークも見放して、最近でもう来なかったのに。
 いっそこのまま餓死にでもなったらそれはそれで良かったのだが、それでもまだ死ぬことはできなかった。
 そんな中、久しぶりに玄関を叩く音が聞こえた。

「ちょっと! いるんでしょ! 挨拶に来たんだから顔くらい見せなさいよっ!! 人が引越しの挨拶に来たってのにっ!! 聞ーてるのっ!?」

 この声っ!!
 聞こえた声は紛れもないリナの声。
 なぜだなぜだなぜだ?
 答えなんかわからない。ただ夢ではないようにとオレは慌てて玄関へ走った。息を吸って、そして静かに扉を開ける。
 扉を開けるときは緊張した。もしこれで違っていたら、本当に立ち直れない。

「やっと、出てきたわね!」

 膨れっ面をして文句を言うのは紛れもないリナで――

「リナ?」
「そうよ」
「なんで……」

 これは都合のいい夢ではないかと……そう思わずにいられない。
 手を伸ばしたら消えてしまううたかたの夢――

「んーちょっと……ね。出血大サービスよ♪ だって」
「出血大サービス?」

 オレのそんな危惧をよそに、リナは手を伸ばしオレに触れる。

「そ。ぎりぎりであたしの勝ち。だから、アンタの側に行ってもいいんだって」
「……」

 何がどうなってるんだ?

「ね。とりあえず中に入れて。ついでに何か食べ物出してくれると嬉しいんだけど、引越しでお腹すいちゃっててさあ」
「あ、ああ。どうぞ」

 オレは慌ててリナを部屋に招き入れた。
 そして、お腹がすいたとのたまうリナに、オレは簡単な食事を作る羽目になり、慌ててあるもので適当にこしらえた。
 その間、リナはソファに座ってあたりをきょろきょろと見回している。

「ホラ」

 そんなリナにオレは携帯用にと置いてあったパスタをゆでて、多少の具をいれ、ケチャップで味付けをして出した。

「うひゃー美味しそう。いっただっきまーす♪」
「なあ、どういうことか説明してくれるか?」

 そして、それを美味しそうに食べる。その姿は紛れもないリナだった。
 確かオレは約束に間に合わなかったのではないのか?

「あーそのことね」

 そう言って彼女はことの真相を語りだした。

 禁呪『重破斬ギガ・スレイブ』を使った時、リナはオレが無理やり追いかけていったため、金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアの気まぐれで天寿を全うできたが、その後は混沌に眠るという約束をと交わしたらしい。
 そのため、オレだけが何度か転生を繰り返したが、リナは闇の中に囚われていた。
 そして、オレは無意識のうちにリナの元へと行くべく、命を粗末にすることが多かったらしい。そんな様子を闇の中、浅い眠りで見ていたというのだ。
 確かにオレには自殺願望と呼べるものがあり、それについては否定できなかった。
 そして、ずっと何かを求めていたことも。
 そして、今回の転生の時、金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアとある約束(といえば聞こえはいいが、賭けのようなものだ)を交わしたらしい。
 要するに、決められた期間内に、オレがリナの名を思い出すこと。
 リナが賭けに勝てば、リナは晴れて人間として戻れる。
 だけど、オレが名前を思い出せなかった場合は、リナは再び混沌に戻り、眠りにつく。
 というものだったらしい。

「ま、消える直前でも思い出したってことで、ギリギリ及第点をもらったわ」

 リナが苦笑しながらそう言った。

「それなら、何で早く来てくれなかったんだ?」

 そう、もっと早くにわかっていれば、こんなに絶望感は味わわなかったはずだ。

「んー。それについては……ギリギリで思い出してやきもきさせた分、少しいぢめてやろうかと……」

 は?

「リナ?」
「だからね。エル……金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアと二人でさ。そんなに想ってくれてるのに、思い出すのが遅い! ってんで、お仕置き期間を……ってことで」

 ………………

「も、もしかして、オレが絶望に打ちひしがれていたところを……二人で……」
「あ、あはは……えーとぉ」

 オレの問いにリナが冷や汗を頬に一筋たらした。
 ふーん…オレの想いが足りないって言うのか。
 オレは自分でも、自分の目が細まるのが分かった。

「で、オレの想いが足りないだって?」
「んー、違うの?」
「そりゃすぐに思い出せなくて悪かったけどさ。想いの深さは……これでも自信あるんだが?」

 そうさ。記憶がなくてもずっと想っていたんだから。

「でも……ね。あたしだって一時は諦めたくらいだし」
「まぁ……」

 それは認めるが、オレの記憶力のなさはリナだってわかってるだろうに。
 でも想いの深さなら自信はある。そして、それをリナに教えることも。

「とりあえず」
「ん?」
「オレの想いの深さを存分に知ってもらうことにしようか」

 うん。そうだよな。
 リナのいなかった間の絶望感も合わせて、オレの想いを十分伝えなきゃなぁ?

「えーとぉ、それはわかったんだけど……なんで隣に座るかな?」

 そう、さっきまでオレは向かい合わせに座ってスパゲティを食べていたが、その言葉と共に席を立ち、リナの隣に座ったのだった。

「そりゃ、もちろん」

 とさっ、とリナをソファに押し倒し口付ける。
 久しぶりのリナの唇。

「もももも……もしかして……」
「ぴんぽーん」
「いきなりいやあああああっ!!」

 リナの悲鳴をよそにオレは器用にリナの服をはだけさせていく。

「リナにはぜひとも、オレの想いを知ってもらわないとな♪」

 久しぶりにリナの体に触れる。うーん……こりゃ止まらなさそうだな。

「うう……」
「覚悟しろよ、リナ」

 オレの言葉に諦めたのか、抵抗してオレを押しのけようとした手が止まる。

「…………ガウリイ。もう一度、あたしの名前呼んで?」

 先ほどまで嫌がっていたのと打って変わって、真面目にオレの顔を見てリナは言った。

「リナ」
「ガウリイ……」

 オレがリナの名を呼ぶと、嬉しそうに微笑んでオレの首に手を回した。
 嬉しそうに。愛おしそうに。

「リナ、愛してるよ」
「あたしも……」

 オレは愛しい人の名を呼べることの嬉しさを、この時初めて知った。
 愛してるよ。リナ。ずっと一緒に――

 

 

当時を思い出しながら……まあ、お約束(?)のNEXTラストを変えたもの。
設定としては、一応あの時は天寿をまっとうできたけど、それはその時代だけで、後は願いの代償にリナは混沌に眠る。
でもって、ガウさんはそんなリナちゃんを求めて、命を粗末にしてばかりいたため、今回の転生時にリナがエル様と賭けをした。
それは、10日間の間にガウリイがリナの名を思い出すこと。
という感じです。
ガウさんサイドでいったため、説明に難しくて、最終話でどうやって理解させよう(ガウさんにね)かってことに(笑)
んで、考えてこんな感じになりました。