リナはシルフィールが出ていった後、頬に流れた涙をふき取ると、外で待っているガウリイのところへと向かった。
本当なら、そっと一言だけお祝いを言って消えるつもりだったのに、シルフィールの思いを聞いてそれができなくなった。そんなことをしたら、シルフィールに失礼な気がしたからだ。
「ガウリイ」
「リナ。話は終わったか?」
「うん」
「泣いた……のか?」
ガウリイはリナの目が赤いことに気づき、頬にそっと触れた。
リナは恥ずかしそうに「ちょっと……」と呟く。
そのとき、教会の中から参列者たちが次々と立ち上がる音がした。きっとシルフィールとアベルが式に登場したのだろう。
「もう、行くか?」
「ううん、式を見ていきましょう」
「ん? ああいいけど」
ガウリイは先に歩き出したリナの後を追うように教会の中に入った。
席には座らずに、後ろのほうから二人で立って式を見ている。ちょうど二人は神父に「病めるときも……」と問われている時だった。
「あたし……ね」
「ん?」
「シルフィールの想いって、すごいなって思ったの」
「何があったんだ?」
「シルフィールは過去を引きずらずに、ちゃんと前を見て歩いてるのね。それにあたしたちのことも考えてくれていて……」
前を、というところがガウリイは頷いた。
ガウリイもシルフィールの想いを知っていたけれど、それに答えられないからと黙っていた。
だからこうして彼女が他の人と幸せになるのは嬉しかった。おめでとうと言いたい。そしてシルフィールと一緒になってくれる男性にありがとうと言いたい。
リナはガウリイを見上げると、明るい口調で話しだす。
「シルフィールってば、たくさん子どもが欲しいんだって」
「ぶっ……、なんつー話をしてんだか……」
「なによ、あんただってそういうことしてるんだし。シルフィールなんて結婚するんだから当たり前でしょ?」
「……そりゃそうだけど……」
子どもの前に作る行為のほうを先に連想してしまったガウリイは、リナにそう返されて黙るしかなかった。
頬を赤く染めて、恥ずかしさに手で口元を覆う。
その間も式は滞りなく進んでいて、二人は互いに誓うと用意された指輪の交換をはじめる。
「ガウリイの馬鹿。話がそれちゃったじゃない」
「だって……なあ。いきなりそんな話されちゃ」
「話を戻すけど、シルフィールはあたしたちに休める場所を提供したいって」
「シルフィールが?」
「うん。自分がいなくなっても自分の血を引くものが迎えるから、休むために来てくれって。それを聞いたら、もう……会わないようにしようって気持ち、どこかへ吹っ飛んじゃった」
魔族はゼロスのこともあり、その時が来るまで干渉する気はなさそうだが、神族がどうでるか分からない。
もしそうなった時に大事な友に迷惑をかけたくない。
不老不死になり人が持てる力を凌駕する力を持った自分たちは、他の人にとってトラブルの種でしかない――そう思っていた。
それでも二人を受け入れようというシルフィールの気持ちを知って、その優しさを裏切りたくないと思った。
「シルフィールは強いね」
「ああ、そうだな」
「いっぱい辛いことがあったから幸せになって欲しい」
「もちろんだ」
「でも、そのシルフィールの幸せになる中に、あたしたちも入っているんだよね」
「リナ?」
「だから……あたしたちも幸せにならなくちゃね。シルフィールが幸せにだと思えるように……」
(もう少し前向きになってみよう。昔みたいに。ガウリイが隣にいて、仲間と仲良く騒いで――)
自分が持つ力を自覚した時から無意識に築き上げた仲間への壁。それはガウリイが側にいても完全に無くなっていなかった。
けれど今、それが音を立てて崩れていくのを感じていた。
「じゃあ幸せになるのにまずはどうする?」
「そうね。まずはこの後のパーティで食べるだけ食べて騒ぐのよ!」
右手で握り拳を作って断言すると、ガウリイがふーっとため息をつく。
「……ひんしゅく買わない程度にな」
「うっさい。で、その後はまたおいしいもんを食べにいく!」
「それじゃ、いつもと変わらないじゃないか」
「いいの! それが幸せってもんなんだから!!」
「小さな幸せだなー」
「だからうっさいってば。じゃあガウリイの幸せってなんなのよ?」
いちいち突っ込みを入れるガウリイに、リナはぷちっと切れた。怒った顔でガウリイを指差して尋ねる。
いきなり矛先をこちらに向けられて、ガウリイはうーん……と考える。
「そうだな。まずリナがいること……かな」
「は?」
「リナを見てると元気になるし」
「むう……。そういえばあんたってば二年前は一時別人だったわね。「誰よ、こいつ?」って感じだったし。いつの間にか、のほほんキャラに戻っちゃったけど」
「お前さんが逃げるからだろー。逃げられると追いたくなるのが人間の性分だし。でも今はちゃんと隣にいるからな。逃げられる心配もないし」
「なによ、それ」
リナは呆れてガウリイをさしていた指を下ろした。
それと同時にシルフィールの結婚式も終わったらしく、皆が一斉に拍手を始める。慌てて二人は皆に倣って手を叩いた。
「とりあえず二人で旅しておいしいもん食って、でもってサイラーグやセイルーンに顔を出すって感じかな」
「それじゃ、あたしが言ったのと変わらないじゃない」
「そうか?」
「そうよ、このくらげっ! ……ま、いいわ。みんなのところに行きましょ」
結局二人とも同じ意見なのだと分かり、半分呆れを含んだ顔でガウリイを促した。
二人はシルフィールたちを囲んだ輪の中に入り、皆と一緒に彼らに祝福の言葉を贈った。
その後、参列者たちでパーティに突入し、夜中騒いですっきりすると、シルフィールとアベル、アメリアとゼルガディスに「ちょくちょく遊びに行くから。絶対おいしいもの用意しておくのよ」と念押しして、二人はまた旅にでた。
それから数年経ってもそれは変わらず、リナたちはシルフィールやアメリアたちのもとへとひょっこり現れては数日のんびりした後、また旅に出る、ということを繰り返す。
彼らもそれを楽しみにしているようで、リナたちが語る新しい話に耳を傾けた。
それはシルフィールが言ったように、彼らの子孫になってからも変わらず続いている。
旅をしている二人に暗い雰囲気はなく、今日も笑いながら旅を続けていた。
「ね、そろそろエミリアのところに行ってみましょうよ」
「エミリアんとこか?」
「そ。前に神聖魔法を教えてくれって言われててさ。あの娘のことだから、そろそろ行かないとまた魔道士協会通して何言われることか……」
リナは言いながらその時のことを思い出したのか、うんざりしたような顔で力なく「ははは……」と笑った。
「あの時の騒動はすごかったな。さすがセイルーン王家……」
「おおっ! さすがにガウリイもあれは覚えてるのね」
「ああ、あれだけすごければな。それにしてもリナが外で覚えた神聖魔法の話するからだろう。あっちじゃまだ使えるやつ少ないし」
「まあ言っちゃったもんは仕方ない。それに「セイルーンの巫女として神聖魔法を知る必要があります!」とか言われると断れなくてねぇ」
エミリアというのはアメリアの孫だ。その魔力容量の大きさに将来有望視されている、セイルーンの第三王女。現在は十三歳で、最初に会った頃のアメリアより少し小さいくらいだろうか。
アメリアのように熱血するところがあって、リナたちが行くと大きな目を輝かせて話を聞く。それがかわいらしくて、つい口を滑らせた結果がそれだった。
確かその前は『竜破斬』を教えろとしつこく言ってきて、旅に消えたリナを探すために魔道士協会を巻き込んでひと騒動を起こしたこともある。
まるで誰かさんを思い出せるよなぁ、とガウリイも苦笑したのを覚えていた。
「まあ、前に行ったのはいつだっけ? そう何回も行くと悪いけど、そろそろいいんじゃないか?」
「でしょ。そろそろ王室御用達のおいしいものたくさん食べたいし」
「そうだな」
「じゃ、決定。ということでセイルーンへと向かうわよ!」
「おう!」
そして二人はまた歩き出す。
リナの力もガウリイが半分受け持ち、また世界に満ちていた力も今は薄れてきている。
最近は前のように魔族が暗躍することも少なく、神族もそのためあえて動かなかったためだ。
おかげでリナたちの力は安定して、今は穏やかな時を過ごしている。
この世界が紅に染まるのは、まだ遠い先のことだろう――
テーマ:『明るく生きる永遠?』
最初、予定ではガウリイは一度死ぬはずでした。
でも、スレイヤーズは生き返るというのが基本的にないですし、自分が生き返りネタは好きではないんで。(転生とかして生まれ変わっちゃうのはいいんだけど)
でもガウリイを何とかするために、それに代わるもので『回復』ではどうしようもない怪我をすること――になりました。
……ええと、どちらにしろガウリイ悲惨?
というのは置いておいて、そうしないと、話の途中でシルフィールのセリフにもあったように、あのままだとガウリイさんいつになったらリナと同じになるか分からなかったんで。
30代くらいならいいけど、おじいちゃんになっちゃってからじゃまずいだろう、と。
あと、目指してみたのは 『明るく生きる永遠』
2人でならなんとかなるだろうけど、仲間がいればなおいいだろう、ということで、シルフィールたちとは縁を切らないようにしてみました。
結局2人の力はいつか暴走してしまうかもしれないということで、問題は残ってるんですが、そんな先のことは知ったことじゃないでしょうし。
なんとなく最後のシーンを書いていて思い出したのが、漫画の「封神演義」の太公望でした。
多分あんな感じに周りを巻き込みつつ、楽しくどこかで生きているんだろうなあ、という感じで。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
2006.2.5 ひろね