それから二年後、青く晴れ渡った空に教会の鐘の音が響いていた。
礼服を着た人たちが教会の中に次々と入っていく。どうやら結婚式が行われるようだ。もうすぐ式が始まるのか、参列者たちはそれぞれ席に座り始める。
そんな中、一人の女性が花嫁の控えの間を尋ねた。
「結婚おめでとう、シルフィール」
座っていた花嫁はもうすぐ来る新郎を待ちながら、今までのことを思い出していたのか、かけられた言葉にはっとして顔を上げた。
そして鏡越しに映った姿に、思わず立ち上がった。
「リナさん……!」
「結婚おめでとう。シルフィール」
「来て……下さったんですね」
シルフィールは嬉しそうに言うと、リナは照れくさそうに頷いた。
一年半前、ゼルガディスとアメリアの結婚式以降、もう彼らの前に姿を現すのはやめようと思っていた。けれど、風の便りにシルフィールが結婚するというのを聞いて、リナたちはサイラーグまで訪れた。
二年前にはシルフィールに世話になったため、結婚すると聞いて直接お祝いの言葉を贈りたかったのだ。
「シルフィールには、さんざん世話になったもの。だから直接おめでとうって言いたかったの」
「ありがとうございます。リナさん」
本当は『おめでとう』という言葉だけでは括れないほど、シルフィールが結婚するのが嬉しい。シルフィールの想いも知っていただけに、幸せになって欲しいと思っていた。
けれどその気持ちをうまく言葉に表すのが難しくて、二人はありきたりのやり取りをした。
そこへ入口の扉を叩く音が聞こえた。
「シルフィール、そろそろだよ」
「アベル」
入口にはくるくると癖の強い茶色い巻き毛に、平均よりやや高い身長。整っているけれど、年よりも若く見えるだろう顔立ち。優しく暖かな雰囲気を持つ人だった。
白いタキシードに身を包んでいるので新郎だと分かる。
「悪いけれど、リナさんと少し話をしたいんです。少しだけ遅れてもいいかしら?」
「少しくらいなら大丈夫だろう。ああ、よく言っていたリナさんだね。僕はアベル=クロフトといいます。よろしく」
「あ、はじめまして、リナと言います。今日はお二人ともおめでとうございます」
「ありがとう。それじゃあ僕がいると話しづらいこともあるだろうから、隣の部屋で待っているよ」
「ええ、アベル」
アベルは人懐こい笑みを浮かべると、リナに礼をして出ていった。
優しそうな彼に、リナはいい人だと思った。
「優しそうな人ね」
「ええ。優しくていい人ですわ」
「ノロケ?」
「そういうわけでは。リナさんが聞いたんですよ?」
「そうだったわね」
シルフィールは苦笑しながら答えた後、黙ってしまったため、リナも何を言っていいものか迷った。
けれどこの沈黙は重苦しいという雰囲気ではない。リナも一瞬困った表情をした後は、穏やかな表情に変わった。
これも、あの時、シルフィールが頑張ってくれたおかげだ。
「彼……アベルと――」
「ん?」
「たくさん子どもが欲しいね、って話をよくするんです」
「は!?」
いきなり脈絡もなく子どもの話をされて、リナは戸惑った。
シルフィールはそれを見てくすっと笑う。
「アベルはこの町の生まれではないんですけれど、彼も肉親がいないんです」
「そう……」
「わたくしもお父様はもういませんし、だからたくさん家族が欲しいねって話をするんです」
「シルフィール……」
そうだ。シルフィールの父親は、コピーレゾとの戦いの時に亡くなってしまったのだと思い出した。
またそれに一役かっていたため、リナはどう答えていいか分からない。
「別にリナさんを責めているわけではないんですよ? ただ……ただガウリイ様と二年間暮らしましたけど、ガウリイ様とは一度もそんな話をしたことがなかったんです」
静かな笑みを浮かべるシルフィールは、リナを責めているように見えなかった。
そのことにリナは少しだけほっとする。
「わたくしも側にいてくれるだけでも良かったから、わたくしも口に出したことがありませんでしたし。でもアベルとはそういった話をいろいろできるんです。子どもは何人欲しいとか、最初は男の子がいいとか……」
「シルフィール……」
「思えばガウリイ様に対して、どこか緊張していたのかもしれません。よく見られたいために、自分の気持ちを言わずに我慢して、物分りのいい女性を演じていたような気がします」
シルフィールは最初はそのことに気づかなかったが、アベルと出会ってからそう思うようになっていた。
ガウリイを好きだという気持ちは変わらずあるけれど、それは憧れも混ざっているかもしれないと。
シルフィールはブーケを台の上から取ると、それを両手で握り締めた。
「アベルとはそんな風に思わないで一緒にいられるんです。そしてあの人と一緒に年を重ね、家族としてずっと側にいたいとも」
「そう。いい人なのね」
「はい」
シルフィールは嬉しそうにリナに微笑んで返した。
純白のその花嫁衣装は、シルフィールの心のようで、リナはとても綺麗だと思った。
「すみません。そろそろ行かなければ」
「そうね。皆を待たせちゃ悪いわね」
「今はゆっくりできないので、式の後にでもまたお話しましょう」
シルフィールはドレスの裾を捌きながら、入り口へと向かって歩き出した。
リナは少し間をおいた後、「そうね」と返した。
(ごめん。でも、もう皆には会わないつもりだから――)
心の中でシルフィールに謝りながら、リナはそのままシルフィールの後姿を見送ろうとした。
けれど――
「リナさん、ガウリイ様と遊びに来てくださいね」
シルフィールはなにかを思い出したかのように、入り口のところで後ろを振り返ってリナを見る。
けれどリナはシルフィールの言葉に応じられないため、正視できなくて視線を逸らした。
それを見てシルフィールは首を左右に振った。
「遊びに……いえ、心と体を休めるつもりで来てください。その時にはわたくしとアベル、そして子どもたちが迎えますわ」
「でも……」
「リナさんたちと縁を切りたくないですし、永遠に近い時を生きるには休息する場所も必要ですわ。その場所としてうちに来てください」
「でも、迷惑がかかるわ」
「かかるかもしれないし、かからないかもしれない……誰にも未来は分かりませんよ」
シルフィールは頑としてリナの言い分を聞かなかった。
ここで引いたらリナたちと生きている間に会えなくなると思ったからだ。
それに先ほど言ったように、不老不死ということで一箇所に留まれない二人の休息の場所になりたいと思った。
「そんなに悲観的に考えなくてもいいと思いますわ」
「そう言われても……ね」
「それにリナさんたちとは縁を切りたくないくらい大事な仲間です。多分それはゼルガディスさんもアメリアさんも同じ……。だからわたくしたちの思いも汲んでください」
晴れやかなシルフィールの表情に、リナは小さな声で「シルフィール……」と呟いただけだった。
二年前と同じで、シルフィールの言葉はリナの心の中に染み入ってくる。
「生きている限り、お二人と付き合っていきたいと思ってますわ。リナさんたちとの思い出はそれだけ深いんです」
「それはあたしも皆のことを思っているわ。でもだから……」
「それにリナさんたちがいつでも来てくれれば、もしわたくしがいなくなっても、わたくしの血を引くものがリナさんたちを迎えるでしょう。そうして、ずっと続いていきますわ。遠い未来も、ずっと一緒にいられる……だからいつでも来てくださいね」
リナたちの未来を案じて、先のことまで考えて気遣うシルフィールに、自分のこだわりは自分のためであって、四年前と同じように相手のことを気遣うことを忘れていたことに気づいた。
迷惑はかけたくないと思うけれど、相手の気持ちも無視してはいけないものだと。
「ありがとう……シルフィール……」
そう思うと、リナは自然と口からお礼の言葉がこぼれていた。
シルフィールはその一言を聞くと微笑んで、「それではまた後で」と答え、アベルの待つ隣の部屋へと向かった。
リナは残された部屋で柄にもなく目頭が熱くなった。
「ありがとう、シルフィール。ありがとう……」