紅 26

 ゼロスを滅ぼし当面魔族からの干渉もないだろうということで、結局この町でそれぞれ別れることになった。
 シルフィールはサイラーグへと戻り、アメリアはゼルガディスとセイルーンへ戻るという。リナとガウリイは、リナの家族には話をしたほうがいいというガウリイの説得で、ゼフィーリアへと向かうことになった。
 宿は久しぶりだからと、男性陣と女性陣に分かれて部屋を取った。

「体の調子はどうだ?」
「ん、ああ。特に変わったことはないさ」
「そうか」

 服を着替えながらゼルガディスはガウリイの体調を尋ねたが、特に問題はないらしい。
 老いに関しても数年経たなければ分からないだろうし、治癒力に関してもその時になって見なければ分からない。
 着替えた服を畳み荷物の中へと入れているガウリイを見て、ゼルガディスは尋ねた。

「後悔はしてないのか?」

 不老不死――権力者などはいつまでも自分の富が続くようにと不老不死を願う人もいる。けれどガウリイやリナはあくまで人間であることをよしとして、不老不死を望んだことはなかった。
 そんな彼は不老不死についてどう思うのだろうか――ゼルガディスは気になって問いかけた。

「してない、かな。人間として生まれたことに不満はなかったと思うし、いつかは死ぬもんだと思ってた。でもそんな漠然とした思いより、もっと大事なものができたからな」
「リナ、か」
「自分でもなんでかなって思うけどな。最初は目が離せない子どもでしかなかったのに。それにあいつといるとトラブルばかりだってのにさ。でも……それ以上に惹かれてしまったんだなぁ。あいつの強いところ弱いところに……」
「強さと弱さか」
「ああ」

 ガウリイはリナを良い意味でも悪い意味でも人間だと思う。生きることに貪欲で、生きるためなら相手の命を奪うこともする。
 それがいいとは言わないが、この世界では生きたいという欲望がある限り仕方ないものだと思っている。
 また相手と戦うときには、そこに崇高な意思はなく、自分とそして誰かのためだった。自分が自分らしく生きるために、というのがリナの戦う理由だ。

「あいつは強い。オレが保護者としてついていなくても生きていける――一緒にいながら頭の片隅ではどこかでそんなことを考えていた」
「それは分かる。リナは確かに強い。魔道士としての力も、そしてその意思も」

 ゼルガディスは剣をベッドの脇に置き、どすっとベッドに腰掛けた。
 このあと食事に行く予定だったが、女性陣もいろいろと話をしているだろうと思ったのと、ガウリイの話をゆっくり聞こうと思ったのだ。
 ガウリイも目線を合わせるために同じように隣のベッドに腰掛けた。

「でもな……二年前、ルーク――あ、ゼルたちと別れてから会ったやつなんだけどさ。そいつが好きだった女性を亡くしてしまって……それにあいつは魔王の欠片だったんだ」
「魔王の? というとお前たちはレゾだけじゃなく他の魔王の欠片にも遭遇したのか?」
「ああ」

 信じられない――とゼルガディスは思った。
 人間が相手にするには大きすぎる相手だ。それを一度は倒しているが、二度も倒すなどとてもではないが信じられなかった。
 それを察したのか、ガウリイはゼルガディスにルークのことを説明した。
 彼は自分たちの手でミリーナの後を追いたかったのだと。運よく倒せたのは魔王の意思だけでなく、ルークの意思があったためだと思うと付け加えた。

「その後……リナが泣いたんだ」

 淡々とした説明の後、ガウリイはポツリと呟いた。

「リナが?」
「ああ、あいつもあれで結構来るところがあったんだろうな。でも初めてリナの弱いところを見た気がした。その時思ったんだ。こいつを支えていける存在になりたいと」
「……」
「あいつは強い分、誰かに頼ることをしない。だから頼らなくてもいいけど、ちょっと疲れたなって思う時に、オレは側にいて肩を貸してやれる存在になろうと思った。あいつが少しでも気を許せる存在に、な。それほど衝撃的だったな。リナが泣くなんてさ」
「なるほど……な」

 ただ強いだけなら、こんなにも側にいたいと思わなかったかもしれない、とガウリイは付け足した。

「まあ二人でいれば、そのルークとやらみたいに悲劇で終わるのも少ないかもしれないな」
「そうだな。ルークもミリーナが側にいる時は本当に幸せそうだったからな。だから失った時に余計辛かったんだろう。……オレはリナをそんな目に遭わせたくない。あのままだったら、リナは周りの人に置き去りにされていくしかなかったからな」
「ああ、そうだな。でもこの後どうするんだ?」
「この後? うーん……そうだな。多分前と変わらないんじゃないか。リナんち行って一応説明して、その後は旅してうまいもん食って、どっかで生きてるさ」
「らしい考えだな」

 ガウリイの気負わない口調で、気遣っていつも通りに振舞っているわけでないと分かる。
 ゼルガディスは目の前にいる男の本当の強さは剣の腕よりも、どんな時でも自分を保っていられることなのではないかと思った。

 

 ***

 

 女性陣は装備をはずすとそれぞれベッドへと腰掛けた。
 今日はリナを囲んで話をすると決めたため、窓側からシルフィール、リナ、アメリアの順に寝る場所を決める。
 リナは今日は散々からかわれて終わるのだろうと心の中で思った。それでも、まあ仕方ないかと諦める。

「ねえリナ」
「なに? アメリア」
「思ったんだけど……もしかしてゼルガディスさんを元に戻したのってリナ?」

 アメリアは目の前でリナの力を見た時から疑問に思っていたことを、思い切って尋ねた。
 ゼルガディスが言うには、ある遺跡で急に問いかけられて、その後紅い光に包まれたというのだ。それはまるで先ほどのガウリイのようだと思った。

「んー……まあ」
「なんで? って聞いていい? ゼルガディスさんが戻ったのは最近よね」
「わたくしもそれは知りたいですわ。そもそもゼルガディスさんが元に戻ったのが始まりでしたし」

 シルフィールも気になったのか、身を乗り出すようにしてリナの答えを待った。
 リナは言っていいものかと少し考えたが、アメリアとシルフィールの様子を見ると見逃してはくれそうになく、仕方なくその時のことを語りだした。

「本当に偶然だったのよね」
「偶然?」
「うん。あたしが行っていた遺跡にゼルが来てね。ガウリイがいなかったから何もない感じに会うのには躊躇ったし、それにまだ元の姿に戻ってないようだったから……」

 奇遇ねーなどとゼルガディスと会えば、いくら気軽な感じに話をしてもガウリイはどうした? という質問にあうことは分かりきっていた。
 だからそっと消えようとしたのだが、運悪くゼルガディスのほうが先にリナの存在に気づいてしまった。
 リナはそのまま立ち去ることもできず、声音を変えてゼルガディスに『元の姿に戻りたいか?』と尋ねたのだった。

「まあ、戻し方は内緒にしておくわ。言ったらアメリアに怒られそうだから」
「なによそれ?」
「荒療治だったってこと。失敗したら……冗談じゃすまないから」
「そ、そう。とりあえず聞かないでおくわ。ゼルガディスさんもちゃんと元に戻っているみたいだし」

 リナの様子にアメリアはそれ以上の追求はやめようと思った。
 聞いたらなんとなく怖そうだ。

「でも、まあ……あたしがゼルを元に戻したことから、こんなことになるとは思わなかったわ」
「そうですわね」
「ということは、リナはめいっぱいおっきな墓穴を掘ったのね!」
「おいこら、他に言い方はないんかい!?」

 楽しそうにきっぱり言い切るアメリアの頭に、リナお得意のスリッパが炸裂した。どうやらスリッパはガウリイだけのためにあるのではないらしい。
 シルフィールはくすくすと笑いながら、その様子を見ていた。これで良かったのだとシルフィールは思っている。今は辛いけれど、きっと思い出として語れる日が来るだろうから。
 それよりもリナが一人で生きていくことにならなくて良かったと思える。

(人は一人では生きていけないと思います、リナさん。だからガウリイ様と二人でいつまでもいてください)

 

 ***

 

 次の日の朝を迎え、互いにあいさつを交わして別れる。
 聞けばアメリアとゼルガディスは、すでに父であるフィリオネル王子に認めてもらったという。照れながら「もう少ししたら結婚するんです」という言葉に、リナたちは祝福の言葉を送った。

「リナもガウリイさんも気軽に遊びに来てくださいね。待ってますから」
「ありがと。そのうち行かせてもらうわ。その時はおいしいものをたくさん用意してて頂戴」

 リナはこのまま彼らと付き合うべきではないと思っている。それでも親友の結婚式は見たいと思った。そしてそれを最後に彼らに接触するのを避けようと決めた。
 でもそれを表面には出さずに、アメリアに笑みを浮かべた。別れは最後まで笑みを浮かべて過ごした。
 ゼルガディス、アメリアがセイルーンへ、シルフィールがサイラーグへと去った後に、リナはガウリイにぽつりと言った。

「ね、アメリアたちの結婚式を見たら……結界の外にでも行かない? アメリアたちがあたしたちのことを思い出だと思えるまで……」
「リナ?」
「あんまり関わらないほうがいいと思うのよね。もう、あたしたちとは過ぎていく時間が違うから……」
「リナが……そうしたいなら」

 寂しそうな、でも決意を秘めた表情を見て、ガウリイはリナの頭を撫でた。

 

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