なぜだろう。あれだけ皆から離れなければと焦っていたのに、全ての思いを吐き出したら、なぜかとても落ち着いた気持ちになれた。
「でも、現にガウリイ様はリナさんのことを……」
「……それは……」
「知ってます? リナさん。ガウリイ様がサイラーグにいた二年間、わたくし達はそういう関係は一切ありませんでしたのよ」
「え……?」
再会した日にいきなりキスされたリナは、ガウリイに向かってシルフィールを抱いたくせに、というようなことを口走ったことがある。だけど、ガウリイはそれを否定しなかった。
だから、シルフィールが恥ずかしそうな表情で言うのを聞いて、信じられない気分だった。
彼とて健全な男だ。女を欲しいという時だってあるだろう。ましてや、リナはシルフィールたちと会うまで、何度も彼に求められた。
「う、そ……」
「本当です。わたくしが女として魅力がないのかしら、と思ったことも何度もありましたわ。でも違います。きっとガウリイ様は、自分の思いを封じられていても、どこかで忘れていなかったんだと思います。自分が愛しいと思う人が誰なのか……」
「そんな……あの封印はそう簡単に破れるものじゃないわ」
「でも、リナさんと一度再会しただけですぐに綻びましたわ」
シルフィールは、悔しいけれど――と少し悲しそうな笑みを浮かべた。
その表情を見て、リナの胸はちくちく痛んだけど、同時に嬉しさも感じてしまった。
「ですから、お願いです。ガウリイ様にも選択する機会を与えてください」
真剣な表情に戻ったシルフィールに、リナは自分ではシルフィールを説得することはできないと思い、しばらくした後、静かに小さく頷いた。
シルフィールはそれを見て嬉しそうな表情を浮かべ、リナの手を取って街へと戻ったのだった。
***
宿に戻ると、リナはシルフィールに少し待って欲しいといい、カウンタに向かった。店主と何か軽く話した後、何かを受け取るとシルフィールの元へと戻ってくる。
その後、二人はそのまま三人が待つ部屋と向かった。
扉をノックしてから開けると、三人がいっせいに顔を上げた。そして、そこにシルフィールだけでなく、リナの姿を見つけて安堵した。
「リナ、オレは……」
「シルフィールに――」
「リナ?」
リナは言い難そうに口を開いた後、息を吸い込んで、もう一度最初から話しだした。
「シルフィールに言われたわ。ガウリイにも選択させて欲しいって」
「リナ」
「最初に言っておくわ。ゼロスの言ったことは嘘じゃない。だからあたしは皆から離れたほうがいいと思った」
ポツリポツリと語っていくリナに、周りは急かさずに聞くことにした。
もとより問題なのはガウリイがどうするかであり、ゼルガディス、アメリアの二人は見守るしかない。二人はガウリイとリナを交互に見詰めた。
「だから二年前ゼロスの誘いに乗ったわ。あの時のあたしにはゼロスを相手にする力も、自分だけであんたの記憶操作をすることもできなかった。あたしは、あんたを巻き添えにしたくなかった……」
「リナ……すまん。オレは何も気づかなかったんだな…」
「ううん。ガウリイが悪いんじゃない。でも、ガウリイに相談するのも怖かった。だから一人で消えたほうがいいと思った」
リナは二年前の心情を語った。
そして、どうしてガウリイに相談もせずに消えたのは、混沌という糸で繋がっていて、自分が側にいれば、その影響を受ける可能性が高いということも説明した。
また、冥王の件から二年前まで、魔王の欠片が目覚めたりして力が活性化していたこと。
そのためこの世界にはいつもより力が満ちていて、思ったより自分の力が増すのが早かったから――ということまで。
「だから、力の制御もうまくできなくて……確かに純粋に力だけで言えばゼロスを凌ぐかもしれない。だけど制御できなくて暴走する可能性が高いのよ。だからガウリイと再会した後、ガウリイをこれ以上刺激しないようにと離れようと思ったの」
「そうだったのか……」
「近くにいればいるほど、ガウリイも影響が出る可能性が高くなる。早く離れなければ――ってそれだけしか考えてなかった……」
シルフィールはリナから全てを聞いていたため、思ったよりも穏やかな気持ちでそれを聞いていた。
ゼルガディスとアメリアは、リナの説明を聞いて、やっとリナらしくない行動の理由が分かった。
すべてガウリイのためだったのだ。彼が人として生きていくために――
「でも、シルフィールにそれでもあんたにだって選択させたほうがいいって言われて……。だから聞くわ。ガウリイはどうしたいのか。あんたはあたしが消えたら死ぬとまで言った。でも、この理由を聞いてもまだそう言える?」
「リナ、オレは……」
とまどいながら言いかけたガウリイを、手を上げて制した。
「すぐに答えなくていいわ。二階に部屋を取ったの、一番奥の右側の部屋よ。今日一晩そこにいるわ」
「リナ?」
「もし……もし今の話を聞いても、それでも側にいてくれるって言うなら、この部屋に来て。でも、少しでも迷っていたり、人として生きて生きたいと思うなら、この部屋から出ないで。明日の朝には宿を出るわ」
この時になって、シルフィールは宿に戻ってすぐのことを思いだした。
が、シルフィールは口を挟まなかった。
これはリナが妥協して出した提案であり、また、選ぶのはガウリイ自身なのだから、と。
そんなシルフィールの心情を察したのか、リナはシルフィールの方に視線をやった。
考えてみれば、シルフィールには酷なことをしたと、改めて後悔する。
けれど、ここまで来たらもうガウリイの選択に任せるしかない。
「よく考えて。人として生きていくことを選んだならいいけど、もしあたしのところに来てくれるとしたら……その時になって後悔しても、もう後戻りはできないから……」
リナはぎこちない笑みを浮かべると、皆に背を向けた。
入口の扉に向かい、扉に手をかけた時点で、何かを思い出したように顔を上げ、振り返らずに喋りだした。
「一つ言い忘れてたことがあったわ。混沌という目に見えないもので、ガウリイとあたしは繋がっているところがある。だからこそ、余計に惹かれるところがあるの」
「どういうことだ?」
「普通の人のように、ただ好きという感情だけでなく、混沌という引力で引き合うの。少なくとも、あの影響を受けているのは他にいない以上、ガウリイはあたしを、あたしはガウリイを――好きという感情以上に思ってしまう」
ドアノブに手をかけたまま、リナは一切ガウリイのほうを見ない。そのため、どんな表情をしているのか、四人には不明だった。
「普通に考えれば、離れたら死ぬって脅すのって異常よね? でも引き合う以上、そういう気持ちは側にいればいるほど高まってしまうようだわ。でも、離れればその気持ちも落ち着いてくと……思う。それだけ自分の中にある混沌の痕跡に影響されてるってことも踏まえて考えて欲しいの」
リナは言いたいことは全て言ったのか、一息つくと扉を開けて部屋から出ていった。
残された四人はそれぞれ神妙な面持ちで、ゆっくりと閉じられる扉を見詰めていた。