相棒関係迷走注意報 1

 日が暮れて夜になると食堂は一番繁盛する時になる。旅なれた一組の男女が立ち寄った店も例に漏れず繁盛していた。
 二人はとりあえず、とメニューにある料理を全部注文し、来るたびにものすごいスピードで平らげて、テーブルの端に皿の山を作った。周りに座った人はそのすごさに圧倒したが、すぐに気を取り直し、そのことは見なかったことにして食事と歓談に戻る。
 皆、問題の一角は極力見ないようにして、努めてにこやかに食事をしたのは、もしかしたら本能的なものかもしれない。

 それもそのはず、その二人は男のほうは光の剣の勇者の末裔として恥ずかしくない剣技を持つ男、ガウリイ=ガブリエフ。
 小柄な少女は『盗賊殺しロバーズ・キラー』だの、『どらまた』だの、数多のニつ名をほしいままにしているリナ=インバースだった。
 もちろん彼らを見てその二人だと推測する者はいない。それでもただの食事だというのに、戦場にいるような不穏な空気を発している二人に警戒するのは、もう本能としかいいようがないだろう。

「なぁ、後どれくらいでゼフィーリアに着くんだ?」
「そうねえ……何事もなければあと十日弱ってところかしら」
「十日かぁ」
「そう、十日。何事もなければね。でも、ものには何でもアクシデントってーもんがあるから。こんな風にね、――ていっ!!」

 いたって普通の会話だったはずなのに、リナは語尾に剣呑な雰囲気を漂わせ、そして、すかさず護りの薄いポークソテーに一筋の閃光と共にフォークを走らせた。
 何事もなければフォークはポークソテーの真ん中に命中し、後は引いてリナの口に入るだけだったはずだ。
 そう、何事もなければ。

「そうだな。物事にはいろいろアクシデントってやつがあるからな」

 ギギギ……とフォークを止めるナイフがせめぎ合い、不快な金属音を発している。
 周囲からは、またか……というような表情が見て取れる。すでに数度同じことを繰り返している二人は、周囲にとってははた迷惑な存在だった。
 たくさん食べるのはかまわない。食事量は個人差があるし、店の売り上げにも貢献する。
 が、こんなやり取りをするのなら、それらをすべて食べて、早く立ち去ってほしいというのが、周囲の気持ちだろう。
 こんな物騒な雰囲気を醸しだされては満足に食べ物が喉を通らない。この店自慢の『肉団子のホワイトシチュー』も『若鶏のガーリックソテー』も今日やっと仕入れて本日の特別メニューになっている『新鮮にゃらにゃら踊り食い』も、どれも美味しさは半減していた。
 あるテーブルでは二人の様子に見入ってしまい、生きたにゃらにゃらがテーブルの皿から体をうねらせて逃げようとしてた。

「いい加減、諦めたらどうだ?」
「何を、よ? あたしの辞書に『諦める』なんて言葉はないわ!」

 いまだナイフとフォークの戦いを繰り広げる二人は、そんな周囲の思惑にはまったく気づかなかった。
 しかしリナのほうは所詮女の力、しばらくすると攻める力は落ちてくる。なんとか早急に手立てを考えなければ、と思い、テーブルを抑えていた左手も参戦させる。
 けれどガウリイのほうがいち早く察し、空いている右手のフォークでポークソテーをぶっさし、口に放り込んだ。

「ああああっ!?!?」
「もぐもぐ……まぁ、辞書には単語が多いほうがいいさ。これでリナの辞書にも『諦める』って単語が増えただろ」

 口いっぱい頬張りながら、ガウリイはご満悦な顔でリナに向かって言った。
 リナはポークソテーがガウリイの胃袋に収まるのを、悔しそうな表情で見つめている。

「くぬぅ……くらげのあんたに単語が多いほうがいい、とか言われたくないわよ!! この脳みそヨーグルト男がっ!」
「そう言われてもなあ。もともとこれはオレが頼んだほうのメニューだし」
「うっさい! 支払いは全部あたしがしてるのよ!!」
「それ、オレの金だって入ってるだろー。この間の依頼料だってリナが独り占めしたじゃんか」
「そういうのはさくっと忘れるの! くらげの癖に、どうしていらんことばかり覚えてるかな!?」

 たかがポークソテー、されどポークソテー。
 二人にとっては食べ物は、恐ろしい争いに発展してもおかしくないものなのだ。
 周囲の人間はこれ以上発展しないよう――口だけでなく、手が出る争いである――心の中でそれぞれ祈った。
 同じ時間に同じ食堂に居合わせたのが彼らの運の尽きといえよう。とはいえ、運は底をついてしまえばそれより下がることはない。上がるだけだ。
 彼は早めに食事を終えて食堂を出て、運気の上昇を願う以外道はなかった。

 

 ***

 

 そんな周囲から少し外れて、壁際に座り酒と摘みを口にしていた者たちがいた。
 彼らは二人ともテーブルの横に剣を置いてあることから、剣士なのだろうと推測できる。
 ここはちょうど領主のいる町のため、領主お抱えの剣士か、流れの傭兵か――おそらく彼らは後者のほうだろう。
 着ている服装がラフな格好で、旅慣れている感じだった。

「ねえ、あれ」
「なんだ」
「あそこの注目の的になってる二人だけどさ……」

 二人のうち、若い方――亜麻色の少し癖毛の髪を無造作に一つに束ねている顔立ちの整った青年は、騒ぎの元であるリナとガウリイのテーブルを指差した。
 もう一人の連れより年上で黒髪の短い髪に短くひげを生やした体格のいい男は、相方が指差した方向を眺めた。

「あっれえ? あいつぁガウリイじゃねえか」
「だよね。ガウリイだよね」
「なんか、おチビさん連れて……あいつ好みが変わったのか?」

 リナが聞いたら問答無用で『竜破斬ドラグ・スレイブ』ものの発言をかます男に、青年のほうはにこにこしながら「そうだね」と答えた。

「まあ、ガウリイはおばあちゃんによく『女子どもは大事にしろ』って、言われ続けていたらしいしね」
「ってことは、あのお嬢ちゃんはあいつの好意で面倒見てもらってるのかね?」
「さあ? その割にはあのもガウリイに食ってかかってて対等っぽいし。それにさ、ガウリイの顔が前と違うと思わない?」

 どうやら二人はガウリイのことを知っているらしく、騒動の元を眺めながら推測を始めた。
 実はこの二人、ガウリイがリナと出会う前に傭兵として同じ仕事している間、仲が良かった人物である。
 名前は青年のほうがアルベルト、中年――というと「失礼な!」と返ってきそうな微妙な年のほうはヒューという名だった。

「ね、面白そうだから賭けない?」
「何をだ?」
「あの娘がガウリイのなんなのか」
「…………。お前やっぱり趣味いいなぁ。おし、面白そうだ」

 ヒューはアルベルトの提案に乗ると、もう一度件の二人をじっと見つめた。

「そうだな……あのやり取りを見るとどうしても恋仲とは思えないな。良くて旅の友、場合によっては依頼か何かで面倒を見てる……かな?」

 ガウリイに食ってかかるところなどを見ると、依頼主というほうが強そうかもしれない。
 あのガウリイをスリッパで殴る様――先ほど頭にきたリナが懐に収めていたスリッパで思い切り殴るシーンがあった――などを見ると、気の強い世間知らずのお嬢ちゃんが、ガウリイに旅の護衛か何かを頼んだのかもしれない。

「よし! 俺は依頼主に銀貨五枚だ」
「そう? じゃあ、僕はガウリイの想い人……に、銀貨十枚」
「……太っ腹だな」
「ん、なんとなくね。でもまぁ……まだできてはいなさそうで微妙だから『恋人』じゃなくて『想い人』に、ね」

 アルベルトの賭けの内容はかなり曖昧だった。
 ヒューはそれに対して目を眇めた。

「また何でもありなのに賭けやがって……ま、とりあえず話しかけないと始まらねぇな」
「大丈夫じゃない。どうも気づいてるみたいだし。ま、あのガウリイが僕たちのことを素直に思い出してくれるかは不明だけどね」

 気配に聡いガウリイは、すでにこちらの興味津々の視線に気づいていた。連れの少女に気づかれないようこちらを何度も見ている。
 けれど、その視線には警戒心を含んでいて、とても旧友に向けるものではない。
 アルベルトは一つため息をつくとおもむろに席を立った。

「忘れてるみたいだから、やっぱり話しかけないとね」

 

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