17 噛み付くようなキス

※この話は「20.振り向いたその先」の前に当たります。

 

 ルークにガウリイの想いを諭されてから、あたしは気づくとガウリイのことを見てることが多くなった。
 見れば見るほど、やたら頬が熱くなってくるくらい、ガウリイの視線は想いが込められている。
 よくまあ、あたしはこんな視線を受けながら平気でいたもんだわ、と今になって何も知らなかった頃を振り返る。
 それと反対に、ガウリイを見ると自分の胸が高鳴ることにも気づいた。
 明らかに、あたしはガウリイを意識し始めていた。
 けれど。

 ミリーナの死。
 ルークの失踪。
 そして魔王となったルークとの再会と戦い。

 ガウリイとの関係は、ルークの死で止まったままだった。
 あまりにも悲しいことを経験したせいだろうか、それともルークに遠慮してしまっているのか、良く分からない。ただ、少し放心してしまっているのは事実だ。
 それにガウリイ自身、気になる発言をしたにも関わらず、最後には『食欲』で締めくくって、何事もなかったように旅をしている。

 ……って、今あることに気づいて、ちょっとムカついたんだけど。
 ルークの言葉を借りれば、ガウリイは未来をあたしに選ばせるようにと気遣ってくれた。
 でも、それって裏を返せば、『好き』という告白は、あたしのほうからしなければ前に進まないってこと!?
 だってゼフィーリアに向けて旅立ってから、もう十日以上経っている。そろそろ心の整理ができたって思わないの?

 ………………………………………………
 ………………………………………………
 ………………………………………………思ってないな、多分。

 ふっ、いいわよ。
 あんたがその気なら、あたしのほうから告白ってヤツをしてやろうじゃない!

 

 ***

 

 今日も一日ゼフィーリアに向かって歩いた。
 ゼフィーリアまであと数日しかないのは分かっている。けれど、どう切り出していいか分からない。

「はあ……」

 気がつくと、ため息が一つこぼれていた。
 そういえば、ばあちゃんが一つため息をつくと、幸せが一つ逃げていくって言ってたな。となると、オレは自分から幸せってヤツを逃がしているんだろうか? 宿のベッドに座り込んで、ボーっとそんなことを考えた。
 宿は比較的新しい建物で、室内も小奇麗な部屋だった。テーブルに一輪挿しなどを置いている辺り、客に対しての気遣いを感じられる宿だ。それに夕食の料理もおいしかった。
 リナに言わせると、これでこの金額は嬉しいと喜んでいたから、きっと安いほうなんだろう。

 ……って、そうじゃないだろう!?
 現実逃避に宿の評価をしてどうする? 今はリナにどうやって告白しようかって考えていたんだろうが!
 せめて……せめてリナの実家に着く前に、今の関係を進めておきたいのに!

「でも、それが一番難しいんだよなぁ」

 オレは額に手をやって、もう一度深くため息をついてしまった。
 どうやったら、あのリナが照れて逃げないように告白できるんだろうか。オレのもともとないに等しい頭では、そんな高等な技術(?)は思いつかない。
 ストレートに好きって言えば、呪文で吹き飛ばされるか、よくて慌てて熱を測られるか。
 かといって、からめ手――なんて高等な技をオレができるわけもなく。また、そういったことに鈍いリナが気づくわけもなく。
 そうしてぐるぐる悩んでしまうわけだ。
 ベッドの上で胡坐を組んで腕を組んで、うーん……と唸っていると、扉を叩く音が聞こえる。それから――

「ガウリイ、いる?」
「り、リナ!?」

 噂をすれば影って本当なんだな、と思いつつ、オレはびっくりしてリナの名を口にした。

「そう、ちょっと話があるんだけどいい?」
「あ、ああ」

 オレはベッドから降りて、部屋の扉を開けに向かった。
 その間、やっぱりオレは男として見られていないんだ、と改めて思い知らされる。だって、もうメシを食ってから三時間くらい経ってるんだぞ。夜だぞ、夜。もう外は真っ暗だ。
 普通だったらこんな時間に何も考えずに尋ねて来れないだろう。でもそれができるのは、オレを男として意識してないということだ。
 ……って、告白しようかと考えているのに、こういう行動をされたら悲しいなぁ。

「なんだ?」

 扉を開けながら、なるべく悲壮感を出さずに尋ねる。
 リナは宿のパジャマを着て、宿の廊下に立っていた。オレが頭を抱えたくなったのが分かるだろうか。
 けどリナはそんなことはぜんぜん気にしてない感じで、オレの部屋にするりと入り込んでくる。

「ちょっと話があってさぁ。ほら、あたしってば思いたったら即実行ってタイプでしょ。そう思ったらいてもたってもいられなくって」
「……そう言うけどな。もう少し時間を考えろよ。こんな時間に男の部屋を訪ねるのは感心しないぞ」

 それとなく、自分は男だとアピールして見るが、リナはクスッと笑っただけだった。
 だいたいリナの思いついたことってなんなんだ?
 こんな時間に言ってくるってのは、やっぱり恒例(?)の盗賊いじめなんだろうか。そうだとしたら気を引き締めなければ、リナのことだ『眠りスリーピング』などで不意打ちを食らってしまう。
 オレはとっさに身構えた。すると、リナは「ああ、別に盗賊いじめに行きたくて来たわけじゃないのよ」と笑う。
 だったらなんなんだろう?

「あ! ワイン発見! ちょっと頂戴」
「あ、こら!」

 リナはベッドのサイドテーブルに置いてあった、ワインに目をつけると、すかさずベッドに行って、飲みかけのワイングラスを手に持った。下手に取り上げるとこぼしてベッドが汚れそうだったので、オレは仕方なく止めることをしなかった。
 ベッドの上で嬉しそうにワインを飲むリナの姿を見ながら、呆れと怒りを含みながら、ベッドの脇にどすっと腰を下ろした。

「どうでもいいけど、それ飲んだら帰れよ」
「んー」

 すでにリナの頭から話したいことは消えているようだ。ワイングラスを両手で持って、楽しそうにちびちびとワインを飲んでいる。
 でもそれはオレがさっきまで飲んでいたのなんだけどな。回し飲みとか、女の子は結構気にしそうなのに、リナは平気なんだろうか。
 そんなことを思っていると、リナは半分くらい飲んだところでワイングラスをテーブルに戻した。

「全部飲んじゃうと、あんたに悪いもんね」
「飲みかけに勝手に手をつけるのは悪くないのかよ?」
「悪くない。あたしに内緒でこっそり飲んでいたんだから自業自得よ」
「おいおい。だいたい何しに来たんだよ?」
「ああ、そうだったわ。決着を付けに来たんだっけ」
「決着?」
「そ」

 決着ってなんだ? オレ、リナとケンカするようなことしていたっけか? まぁ、オレの記憶力はあんまり当てにできないし。
 オレがおたおたしていると、リナはこっちを向いて、表情を引き締めた。

「リナ?」
「いい、一回しか言わないからね」
「は?」
「あたし、あんたが好きよ!」
「り、リナ!?」

 ビシッと指さされて、思わず目が点になってしまう。
 それにしても、いきなりこいつは何言ってるんだ? そんな決闘をしに来たような睨み付けるような表情で、好き!?
 告白ってヤツは、もう少し恥じらいとか、甘い感じがしないか?

「ああ、もう! 本当にあんたってばくらげね! だからこういうことよ!!」

 リナはきょとんとしているオレの胸ぐらを捕まえて、自分のほうへと引き寄せる。
 バランスを崩してリナのほうに体が傾くと、リナの顔が近づいて、そして――自分の唇にリナの唇が重なった。

「り……」

 びっくりした、なんてもんじゃない。ムードもへったくれもないけれど、リナの本気の言葉。
 そして、リナからのキス。

「おまっ、どこでこんなこと覚えたんだよ!?」

 リナからのキスは触れるだけで終わらなかった。
 もちろん慣れてないから、技巧などあるわけもなく、ただオレは驚いただけだったが、それでもリナがこんなキスをしてくるなんて思わなかった。
 真っ赤になりながらも、オレに一矢報いたという思いがあるのか、満足してオレから少し離れる。

「ふんっ、どこだっていいでしょ。びっくりした?」
「ああ……確かにびっくりしたな、リナがこんなことできるなんて……」
「あたしを子どもだと思って甘く見ていた仕返しよ」
「仕返し……か?」
「ざまーみろ」

 確かにリナを子どもだと思っていた(特に恋愛面では)オレにとっては衝撃的だ。
 けど、反対にこんなキスをしたことがあるのかという疑問と嫉妬も生まれる。

「まあ、やられた感はあるけど……『告白』されたならちゃんと『お返事』しないとな」
「がう……?」

 自分が想いを告げる前にやられた、と思うのもあるが、それよりも嬉しさが勝った。
 にやりと笑って今度はオレがリナを引き寄せると、耳元で「好きだ」と囁き返した。
 そして頬を染めたリナに、お返しにとばかりに今度はこちらから小さな唇を奪う。遠慮なく舌をもぐりこませ、深く深く口付けた。

「なあ、お前さんオレ以外とキスしたことあるのか?」
「ないけど……どうして?」
「いや、告白してくれた時にしたヤツ。リナからしてくれるとしたら、口にチュって程度だと思ってたから」
「……へ!?」

 なんでか分からないが、リナの表情が『はぁ?』という顔になった。
 しかし、聞きたいのはこっちのほうだ。

「だから、なんであんなキスしてくれたのかなって。初めてなのに」
「だって……好きな人とするキスってああいう風にするって聞いたんだもん」
「確かにそうだけど、リナのような初心者じゃ、普通軽く触れる程度から始めないか?」
「えええ!? だってあたしそう聞いたんだもん!」

 えっと、もしかしてリナは噂話を元にあんなキスをしたんだろうか?
 食堂や公園などで聞く女たちの恋愛話なら、恋人前提だからそういうキスの話になるだろうが、いきなりこれじゃあ。
 とはいえ、あんまり初心者は――とか言うと、リナのことだから子ども扱いするなと怒りそうだし、なにより次のステップに行くのが遅くなるか。
 オレはそんなことを考えつつ、リナにはこう言っておいた。

「とりあえず、そういうことをする時はもう少し色気のある顔にしてくれよな。怒ったような表情で噛み付くようなキスじゃなくて」

 

 

20の「振り向いたその先」の間に入る告白シーンになります。
しかしガウさん、最初はへたれてるのに最後は黒いよ(笑)
ってか、どっちかというとリナ×ガウリイ?

目次